第121話 シャピからの反抗
【1】
シャピで指揮を執っているカロリーヌの元へ襲撃の第一報が入ってほぼ時を置かずに第二方がもたらされた。
州都騎士団と聖堂騎士団に召集をかけていたカロリーヌは、すぐに州都騎士団の一隊をセイラの追跡に向かわせた。
カロリーヌは迷っていた。
今すぐにでもカロライナに向かいポワトー枢機卿の居る別邸の状態を確かめたい、セイラの動向を把握したい。
しかしこの地を離れれば海軍や商船隊の指示に遅れが生じてしまう。
そのジレンマの中でイライラしながら続報を待っていた。
その間にも手を拱いていた訳では無い。
商船団に通達を出して全船指示が有ればすぐに出港できるように布告を出し、武器弾薬の搭載を進めさせている。
「カロリーヌ様、オーブラック商会の荷駄隊が何かできる事は無いでしょうか。こうして手を拱いているのは辛くて」
このところシャピでの交易と物資輸送にかかり切っていたオズマが涙目で言う。
「あなたはあなたが出来る事を、そう食料の調達と銃や弾薬、砲弾そして武具の買い入れもお願いします。お金に糸目はつけませんから、特に北部教導派領に流れそうな武器弾薬はすべて横取りするくらいのつもりで買い漁って下さい」
「オズマお嬢様、北部教皇派領には未だ襲撃の結果は知れていないはず。アントワネット・シェブリは二日前まではまだアリゴの聖堂に居たとの情報が有ります。多分この襲撃の結果を知るためにまだアリゴに滞在しているでしょう。そこからアジアーゴに馬車で移動するなら二日はかかるはず。すぐにヨンヌ州から南の全ての州に向かって買い付けの早馬を走らせます」
「パウロ、宜しく頼みます。現金が足りなければ商会の名前で手形を切って構いません。デ・コース伯爵達が攻めてくれば商会は全て終わるんですから。商会が不渡りを出しても立て直す算段は出来ますが、今セイラ様を失う訳にはいかないのです」
「オズマさん、パウロ。偉そうな事を言って私も覚悟が決まっていなかったわ。私はシャピを動きません。支援してくれる仲間がいる限り、私の居場所はここしか有りません。商船団の皆さん! まずは兵装を整えて食料と兵員を積んだ船から順に五隻をアリゴの東に展開してください。絶対にアジアーゴやハッスル神聖国の船をオーブラック州に通してはなりません!」
「「「「おー!」」」」
「軍装の整った船はどこだ!」
「一番槍はどの船だ」
「野郎ども! 後れを取るな初戦の一番館は俺たちのもんだ」
「バカ野郎! 逸るなクソ野郎が! 兵装も弾薬も十分積み込んで戦える算段を付けてからぬかしやがれ」
「出航前に臨検するからな! 準備不足なら最後尾に振り分けてやり直しだからな!」
商船団の船乗りたちが駆けて行ったその後から三便四便と次々に情報が入り始めた。
「アドルフィーネさんがカロライナに居るようですね。さすがはアドルフィーネさんです。打つ手が早い。聖堂騎士団は悪いですがシャピの港と城塞の警備に全力を傾けて下さい。今から州都騎士団は全て州外に派遣いたします!」
「伯爵閣下の御命令ならば嫌も応も有りませんが、やはりセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様の救出に?」
「いえ、あなた方にはルーション砦に向かって貰います。ナデテさんの情報と海軍の情報を総合するとアルハズ州やダッレーヴォ州のアジアーゴ大聖堂、それだけじゃあなくロワール大聖堂の教導騎士団迄アリゴに派遣されているようです。あなたたちは海軍と共闘して奴らをオーブラック州に釘付けにして下さい」
「しかしそれでは州境の警備が手薄に…」
「アドルフィーネさんから連絡が入りました。ナデテさんがお爺様のサン・ピエール侯爵様に派兵をお願いして下さったようです。州境の警備はそちらが到着しだい州兵と共に対処して頂きます。あなたたちは先手を打って明日の朝にはルーション砦に兵力を集中し、焼かれた城外の街の奪回に動いて下さい」
「了解いたしました、
海上封鎖の五隻が出発してあまり時間差を開けず二百人以上の州都騎士団を乗せた三隻の武装商船がルーション砦に向かった。
【2】
アドルフィーネは二重属性ではあるが取り立てて魔力量が多いわけではない。
熱風魔法は一度に二つの魔法を使うのと同じことなので魔力消費は多いのだが、今日は怒りに任せて高温の熱風魔法を三回も打ち込んでしまったのでほぼ魔力を使い切ってしまっていた。
自分でも冷静さを欠いていたと思うが、やってしまったものは仕方がない。
ルイーズやリオニーやナデテが出立していく様子を忸怩たる思いで見送ったが、すぐに気持ちを切り替えた。
それならばここで自分がやれるべき事をやるまでだ。
ナデテはサン・ピエール侯爵家に派兵の要請を行い、その足で王都目指して王宮での情報収集と裏工作に当たる予定だ。
そのナデテが出立前に残して言った情報が教皇が病気のようでその治癒をセイラにさせようと考えてアジアーゴにやって来たらしいと王宮聖堂からの裏情報を入手していた。
そもそもアントワネットはなぜこんな強硬手段に転じたのだろう。
アドルフィーネはアントワネットは別にペスカトーレ家を立てるつもりは無いと踏んでいる。
教皇も枢機卿も婚約者のジョバンニもすべて使い潰すための道具だろう。彼女はシェブリ伯爵家とその上に君臨する自分の為に行動しているのだと考えている。
本来獣人族との対立を煽って国内に混乱を起こし、第一王子派として勢力の拡大を図ろうとしていたのだろうが、エヴェレット王女の婚約で国王との齟齬が発生してしまったのだ。
そこでポワチエ州とオーブラック州の騒乱を誘導し目障りなシャピとルーション砦の勢力を排除しようとしたのだろう。
シャピと海軍の弱体化を機に、教皇の名でダッレーヴォ州の兵力を動かし北海沿岸を占拠するつもりなのだろう。
アントワネットなら教皇庁を使ってハッスル神聖国を動かしそのまま北海沿岸州と東部諸州の北半分迄占拠させるはずだ。
そして適当な頃合いで教皇を屠り、ペスカトーレ枢機卿を教皇につけてジョバンニの妻としてダッレーヴォ州の実権を握り、祖父のシェブリ大司祭を枢機卿につけて最終的に教皇位までシェブリ伯爵家で簒奪してその上に君臨する。
そんな絵を描いているのでは?
アントワネットの敗因は偶々セイラがアドルフィーネたちを連れてカロライナにいた事。
まあ、愚かなジョバンニが刺客にアジアーゴ大聖堂教導騎士団の鎧の着用を許した事も有るのだが。
だからこう言った計画の裏付け情報や詳細な情報が欲しい。
特に教皇の容態や余命、教皇庁の内情など少しでも奥の情報を今すぐ得たいのだ。
そしてこれらの情報の詳細をセイラに一刻も早く伝えたい。
リオニーに宛てた第一報でナデテの情報は送っている。
多数の重傷者を乗せた馬車の足は遅い。四頭立ての馬車を六頭で引かせているらしくムチャな走行をしているらしいがそれでも十人前後は乗っている筈だ。
少なくともヨンヌ州の外れ迄進むには一昼夜は要するだろう。
ただ教皇庁の内情や教皇の病状に関する情報を得る為には王宮治癒術士団からしか得る方法が思いつかない。
さすがに王都から馬車を追いかけても間に合わないだろう。
何か良い手は無いものか。
アドルフィーネは地図と開いて思いついたように声をあげた。
北部宮廷貴族であるレスターク伯爵領がアルハズ州の南東、ペルラン州の外れににあるのだ。
アドルフィーネは縋る思いで手紙をしたためると、すぐに早馬をレスターク伯爵家に向かって走らせた。
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