第120話 カロライナからの伝令
【1】
カロライナの港から応援の衛士が駆けつけるとすぐに、リオニーは二人の衛士と共に馬を駆った。
大量の負傷者を積んだ馬車はさほど速度は出ていない。
ただ人質のセイラの身を案じるなら強硬な策はとれない。本人もこのままアジアーゴに向かうつもりなのだと言う事は理解している。
リオニーを追いかけて陸続と集まって来る州兵に対して、オーブラック州との州境に展開し逃亡騎士たちを州境に近づけさせないように指示を飛ばすと、ヨンヌ州の州兵及び州都騎士団に向けて応援要請を走らせた。
時間が許す限り敵逃亡騎士団の情報が北部諸州にわたる事を防ぎ、特にアントワネットへの情報を一切断つことだ。
出来るならポワチエ州の州兵をヨンヌ州に入れてヨンヌ州の東端、アルハズ州のマンステール手前まで進ませてそこから北上させるルートを押し付ける事。
ダッレーヴォ州に入ってしまわれれば、安全の担保が著しく低くなる。
リオニーは次々と周辺の関係諸領に伝令を飛ばしながら馬車を追いかけ続けた。
追跡は夜を徹して行われ、いつしかヨンヌ州に入ってヨンヌ州州兵も追跡と牽制に参加していた。
そして次々にもたらされる情報を精査しながら次々に先手を打つ。
ついにヨンヌ州の州都フェルミナから北部州都騎士団宛てに通達が走った事が知らされた。
アルハズ州マンステールの州都騎士団が単独で州境に向かったのだ。
これでアジアーゴに入るまで情報は断たれる。
逃亡騎士団はヨンヌ州の東端に達してそろそろアルハズ州のマンステールの近くに達する。
最後のメッセージを仕込んでアルハズ州の州都騎士団に手渡す頃には夜が明けつつあった。
リオニーは遠めに州境を越えて行く馬車を見送りながら馬の鞍の上で崩れ落ちるように倒れ伏し深い眠りに落ちた。
【2】
ナデテはリオニーと同時に馬を駆り南を目指した。
ポワチエ州の南部に隣接するオーベル州、ロール州を一気に走り抜けた。
次々に馬を変えて夜にはサン・ピエール侯爵家の領するシャトラン州の州都プリーニに辿り着いた。
いきなり飛び込んで来たナデテの報告にサン・ピエール侯爵は顔色を変えた。
「直ぐに声明を出してシャトラン州の兵力でオーブラック州を叩く! オーベル州やロール州もポワチエ州との交易で潤っている筈だ。同調せずとも邪魔をする事は有るまい」
「それは止めた方がいいよー。多分アントワネットの思うつぼだよー」
「どういう事だ? エド殿」
「アントワネットはオーブラック州とポワチエ州の争いに乗じて海軍を潰したいんだよー。獣人属の多い海軍は目障りなんだよー。だから海軍と諍いを起こして獣人属を圧迫して、ポワチエ州の兵力も疲弊させて、エヴェレット王女の婚約を反故にしたいんだよー」
「それは解ったが、ならどうすれば良いのだ。このまま手を拱いている訳には行かぬぞ」
「僕に考えがあるんだー。州兵と州都騎士団を出来る限り招集して直ぐに河船で極秘裏にポワチエ州とオーブラック州の州境に送って欲しいんだよー」
「分かった。すぐに手配しよう。鐘一つ後に出発できるように手配する」
その打ち合わせの直後に書状を乗せた数隻の伝馬船がシャピとカロライナを目指して一気に夜の河を駆け下って行った。
そして数人の騎馬兵を従えたナデテは王都目指して馬を駆っていた。
夜を徹して走り続け王都に到着した頃には次の日の夕刻になっていた。
ゴルゴンゾーラ公爵家の王都邸に走り込んだナデテは一気に状況を説明すると共に関係者の招集を依頼するとその場で眠りについてしまった。
北国の夏至前の日が暮れて夜になる頃には王立学校や高位貴族の関係者が夜に乗じて極秘裏にゴルゴンゾーラ公爵邸に集結しつつあった。
ヨハネス卿やファン卿はもとより王妃殿下の馬車も邸内に入って行った。
「ナデテ! あなたが付いていながら何故セイラ様を!」
ナデタの怒りは半端では無かった。
それに対してナデテも反論する事が出来ないでいた。
「お止めなさい二人とも。セイラお嬢様も勝算無くしてその様なまねは致しません。状況を考えてもそれ以上の戦闘になるとナデテ達三人の命はなかったでしょう。ルイーズだって命を落としていたと思います。それはセイラお嬢様の本意ではないはずです。セイラ様の誓いを思い出しなさい。セイラお嬢様はあなたたちの命を守るために役に立つと思われたのだからそうしたのです」
そういうグリンダも唇を血が出るほどに噛みしめていた。
「この差し迫った状況では一刻の猶予もならん。ナデテやリオニーのお陰で多分まだ北部の教皇派には詳細は入っておらん筈じゃ。わたくしたち以外にこの情報を知る者はおらん。この状況で一気に畳みかける良い算段は無いものか」
「母上、ここは軍務卿とストロガノフ近衛騎士団長、そしてエポワス輜重隊長の力を借りてダッレーヴォ州を一気に攻め落とすという事は…」
「それこそ国を割る事になるかしら。国境沿いのハッスル神聖国は直ぐに国境を越えて軍を動かすかしら。そうなれば北東部のハッスル神聖国との国境沿いの諸州は直ぐに呑み込まれてしまう。何より北海沿岸の教皇派州は無条件でハッスル神聖国を受け入れるかしら。当然モン・ドール侯爵家やシェブリ伯爵家は賛同するから、沢山の血が流れる事になるかしら」
ヨアンナの言葉にヨハネス・ゴルゴンゾーラ卿が首肯して続ける。
「多分教皇派の目的はそれで北海沿岸州と東側の国境沿いを侵略することなだろう。ここまで強硬手段に出てくるとなると、ラスカル王家のハウザー王国との融和策を邪魔するために内戦を引き起こしそれに介入するつもりなのだろう。下手に軍を動かせばあちらの思うつぼだ」
「でもこのまま手を拱いていれば『父さん』が…セイラさんが死んでしまう」
「ジャンヌ、少し落ち着くのだわ。ナデテの情報だと教皇は病気で教導派の治癒術士では手に負えない状況だというのだわ。なら命は保証されているという事なのだわ。あの娘の事だから太々しく教皇に交換条件を突き付けていてもおかしくないのだわ」
「それよりも王立学校の夏至祭をどうするかよね。これは大々的に派手にやらないと。もう後三日しか余裕が無いのだもの」
「エマ殿、僕はこの状況で夏至祭などでショーに出る気にはなれないよ。きっとジョン王子殿下もヨアンナ殿も同じ気持ちだと思うんだ」
「そうですよエマさん。『父さん』が囚われているのに…」
「ダメよ! だからこそ絶対にやってもらうわ。王妃殿下、プリーニからアジアーゴに向かう大河沿いの通行を一切遮断して河筋より南に情報が入らない様に封鎖してください。いい事、セイラちゃんは教皇猊下の治療の為に請われてアジアーゴに向かったの。治療と引き換えにエヴェレット王女殿下とリチャード王子殿下の祝福をお願いする為に」
「えっ? いったいどういう事です」
「ジャンヌ、貴女は頭に血が上り過ぎているのだわ。エマは大々的にエヴェレット王女とリチャード王子の婚約を既成事実化してしまって、セイラの拉致を公式の治癒治療という事に変えてしまうつもりなのだわ。そうなれば好意で治療に来たセイラに危害を加える訳には行かないのだわ。セイラに何かあれば非は全て教皇に降りかかるのだから」
「…わかりました。私全力でエヴェレット王女の祝福を行います」
「ああ僕も最高の装いで舞台に上がろう。そうだ、一着と言わず何着も着替えてリチャード殿下と並んで舞台に立つのはどうだろうか」
「余やヴェロニクも全力で支援しよう。祝賀の為に一緒に舞台に立とう。それにファナ殿、初日と二日目の食事会は我らハウザー王国王家で仕切らせてくれまいか」
「いや、それならばわたくしが国王陛下に注進してラスカル王家と合同で仕切るように致そう」
王都内での対応が議論されているうちにド・ヌール夫人がいつの間にか姿を消していたのを誰も気づく事は無かった。
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