第44話 ライトスミス家の団欒

【1】

 夕食の後子供達は寝る為に二階に上がってメイド達が寝かしつけている。

 大人たちはまだ宵のうちなので居間で寛いでいる。温めたワインや秋にカンボゾーラ子爵領で導入した蒸留器で作った薬酒も試飲して貰っている。

 カマンベール子爵領では大量の蒸留アルコールを製造している。それを購入して杜松の実や色々な薬草を漬け込んでカンボゾーラ子爵領で再蒸留させたサンプルである。

 なぜ杜松の実かって? そんなの私が飲みたいからに決まっているじゃない。私が二十歳になる頃にはそこそこ味も整っているんじゃないかしら。

 雪で割ってみんな飲んでいるけれど割と好評だし、酸っぱいリンゴの果汁を加えてみればいけるかも知れない。

 そう提案するとカマンベール子爵がいそいそと厨房に出向いて手ずから摩り下ろしたリンゴ果汁を持ってきて父ちゃんと二人で飲み始めた。


「本当だ、セイラの言う通りこりゃあいけるぜ。お前試飲しただろう」

「そんな訳無いじゃない。でもこれなら樽詰めの蒸留酒が出来上がるまでの間繋ぎで売れるようになるかもね」

 そう言って父ちゃんと皮算用を始めた私にお母様の叱責が飛んだ。

「今はそんな事を話すと気じゃあないでしょう。あなたも酔う前に鉱山の話を聞きましょう」


 お母様の叱責でルーク夫人のメリルさんとルシオ夫人のケリーさん、そしてクロエを交えて六人の前で、現場の後始末に残ったルークやルシオの代わりに状況の報告と交渉の結果を伝えた。


 その後は今後の打ち合わせに終始する。

 もちろん父ちゃんやお母様の意見も踏まえて議論が戦わされた。

「言い切って良いと思いますがあそこからは金は出ないでしょう。あの形状は間違いなく愚者の金黄鉄鉱パイライトで間違いありません。これは私だけでなくシェブリ伯爵家の調査員二人も同じ意見です」

「そうなればシェブリ伯爵家は運河の工事にも難癖を付けて手を引くかもしれんな」

「カンボゾーラ子爵領の進捗は七割、カマンベール子爵領は八割がた進んでいる。春に入れば一気にカマンベール領側だけでも開通させてえなあ。そうすればカンボゾーラ子爵領にまで船が入れられる」

「そうですわね。この際先に総力戦でカンボゾーラ子爵領迄の区間を開通させてしまえば、シェブリ伯爵家が手を引いてもわたくし共ライトスミス商会が北の大河迄の工事を進められますわ」


「でもその様な事をカマンベール子爵家で決めてしまってよいのでしょうか? あちらのフィリップ様の意向はどうなのでしょう」

「それは私が帰領して相談いたします。でもカマンベール子爵領からの河舟を使った流通が出来るならカンボゾーラ子爵領を抜けて西部街道から東部諸州への販路も広げられます。流通のハブになる事も可能ですからそれだけでもメリットは有ります」

 メリルさんの質問に私がカンボゾーラ子爵領としての見解をつたえる。


 こうして議論を重ねている時は昔からのライトスミス家の団欒の雰囲気がよみがえってきた楽しい。

 商談が団欒だなんておかしな話だけれど私には家族の日常なんだと実感する。


「凄いですわね。セイラさんは…。それに比べて私など」

 クロエが自信なさげに口する言葉をお母様が聞き咎める。

「それ話違うわ、クロエ様。こうやって主人たちが商売の方向やアイデアを議論している時、それが可能か見定めるのは会計処理や法律に明るい者たちの役目なのよ。今の話も運河を開通させるだけの費用や資金の調達先が解らなければ机上の空論よ。貴女は王立学校でも法科にも会計科にも明るい。私もそうだけれどルーシーもそうだった。メリル様は代訴人の資格を持っているし弁理士でもあるわ。ケリー様だって経理士で監査員でもあるのよ。こうして実務で領地経営を支えられる者がカマンベール家の女の誉と言えるのだから自信を持ちなさい」


「成れるでしょうか、私なんかに」

「クロエお従姉ねえ様はもっと自信を持つべきです。法学は学校でもトップではないですか。新しく施行された特許法や株式組合法などはライトスミス商会に実務をこなせるものが沢山いるのですから彼女達から聞けば法律の抜け穴も…いえ、領地経営を有利に進める実力が付きますよ」


「そうなのでしょうかレイラ様。出来るならその分野でのご指導をいただける方をご紹介いただけないでしょうか」

「それならば実務はリオニーが良く知っていますよ。この冬の間に色々と聞いて見てはいかがですか」


「クロエ様に何を教えてるんだ。抜け穴ってなんだ。お前本音が漏れすぎなんだよ」

 お母様がクロエと話している隙を突いて父ちゃんのゲンコツが私の頭に直撃する。

「イテーなあ。何すんだよう」

 父ちゃんのゲンコツさえも私にはちょっと嬉しかったりする。


【2】

 明日はヴァランセ騎士団長が山から帰ってきてカタリナとキャサリンを連れてカマンベール子爵領を発つ予定だ。

 私も父ちゃんやお母様とオスカルを連れてカンボゾーラ子爵領に帰る事にする。

 そうすれば気兼ねなく冬至祭を迎える事が出来るから。


 そして翌日の午前中にはヴァランセ団長とノルマン副団長が領主館に到着し、ノルマン副団長の馬車にキャサリンとカタリナとウルヴァが、ヴァランセ団長の馬車に私たち家族四人が乗りカマンベール子爵領を出発した。

 アドルフィーネたち母子はカマンベール子爵家の仮縫いが終わってからカンボゾーラ子爵領に来るように指示して、皆で冬至祭をカマンベール子爵領で新年はカンボゾーラ子爵領で過ごして貰う事にした。


 オスカルはまだルーカス君と遊び足りないので少しゴネたがマジパンと領主城の事を聞いて直ぐに機嫌を直した。

 そして領主城に着くと無駄にでかいお城に大はしゃぎで、寒さも気にせず着ぶくれたままウルヴァを連れて城内の探検に行ってしまった。


 私がいない数日の間も色々と有った様で、まずファナが南部の令嬢を引き連れてやって来たそうだ。

 もちろん南部に帰省する為に船を使うつもりで、無駄に広いカンボゾーラ子爵城で前日の宿泊をする為だ。

 腕の良い料理人を連れていたのでその日は珍しい旨い料理を食べられたとフィリップはご満悦でルーシーも我が家の料理人の勉強になったと喜んでいた。


 そして次は聖女ジャンヌの来訪である。

 夏の麻疹禍の時にはカンボゾーラ子爵領内も治癒に回ってくれたおかげで領内の農民からの人気は絶大である。その上領内の聖教会は清貧派に代わっているので聖職者たちも一目会おうと領城に押しかけて来たそうだ。

 そんな領民に嫌な顔一つせず、一日治癒魔術の指導を続けてくれたとアナ聖導女とニワンゴ司祭が語ってくれた。

 私はエマ姉が悪さをしなかっただけでもホッとしているのだけれど、どうもミゲルとパブロが張り付いていた様だ。あとで二人にはボーナスをはずもう。


 そして夕食後のお茶を…一部の人間はジンを…飲みながらカマンベール子爵領の状況を五人で分析を始める。

 もちろんオスカルはウルヴァが寝かしつけている頃だろう。


「やはり金じゃなかったか。しかしいつまでシェブリ伯爵家が気付かずにいてくれるかが問題だな」

「多分そう長くは持たないと思いますわ。夏の異端審問事件でもあの絵図を書いたシェブリ伯爵や大司祭ですもの」

「まあしばらくは可能性は捨てねえと思うけれど期待三分疑い七分で春になって確認が取れれば直ぐに手を引いてくると思うな」

「でも契約の縛りが有りますわ。しばらくは工事を進めない訳にはいかないでしょう」

 フィリップ夫妻や父ちゃんとお母様の議論に私が割って入る。


「だからカマンベール子爵領からの運河だよ。あちらが開通すればこの領城の前からブリー州…いえサンペドロ州まで、そうハウザー王国まで一直線だよ」

「春にでも開通すればマイケルが作らせた中型の河舟を試験運行させてみたいな。平底のなかなか立派な船を造ったんだよ。一度池でも浮かせてみたんだが特に問題なく使えそうなんだ」

 フィリップの言葉に私たちは驚いて顔を向ける。


「もう船を造ったのか? 積み荷はどれくらい詰めるんです」

 父ちゃんが興味深げに質問する。

「もともと鉱山の土砂の運搬用にと考えたから水の入った大樽を二十樽乗せて浮かべて見たが大丈夫だったぞ」

 大樽と言えばほぼ前世のドラム缶位だ。水をいっぱい入れて一樽二百キロ程度。四トンは間違いなく積めると言う事だ。


「それじゃあ先ずはカマンベール子爵領から蒸留酒を仕入れて、ウチで薬酒にして南部に販売するのはどう? 当面の資金稼ぎにもなるし結構売れると思うんだけれど」

「そいつぁー良いな。この酒ならあまり値段も高くねえ。南部だけじゃなくてハウザー王国でも売れるぜ。いっそカマンベール子爵領で薬草だけ放り込んでおけばこちらで蒸留するだけで良いんじゃねえか?」

「父ちゃん、そいつぁ甘いよ。身内でも薬草の配合は秘密だぜ。カンボゾーラ子爵家の秘密のレシピはおいそれと公開できないや」

「そうですわね。セイラの言う通り配合の研究もライトスミス商会に研究員を入れて検討させましょう。これは特許を出すより秘伝として秘匿する方が有利ですわ」

 何か不穏な密談こそがライトスミス一家の団欒の風景なのだ。

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