第43話 暖炉
【1】
屋敷に入り皆のいるはずの居間に向かった。
カマンベール子爵家の皆は大概居間に集まっているのだが、特に冬のこの時期は暖房の必要もあるので一緒に過ごすことが普通である。
使用人は厨房のある使用人室に、当主一家は暖炉の有る居間に集まっている。
私は鉱山の状況の報告も兼ねて居間に向かった。
下山してから二日の間、麓の村で子どもたちの看病や管理官のリハビリの手伝い-もちろん早く追い返すために―も頑張って治癒に明け暮れてきたのだ。
取り敢えず報告を済まして今日は休ませて貰おう。
楽しそうなアドルフィーネたちを見て少し寂しくなったのもある。
今頃お母様や父ちゃんやオスカルは冬至祭の準備にかかってるんだろうな。冬至祭は家族がみんな集まってご馳走を囲んで一年の終わりを労う日だけれど今年は…もしかすると当分の間家族一緒に過ごす事は出来ないのかな。
冬至祭迄あと五日。
今から追いかけてエマ姉たちの船に飛び乗ったなら明後日にはゴッダードに着いて…
そんな訳にはゆかないよね。
それにジャンヌも同乗している船に飛び込んだなら私の正体もバレてしまう。
それならば少しでも早くカンボゾーラ子爵家の領城に帰って初めての冬至祭をフィリップやルーシーと祝う方が良いかな。
…新婚の二人には私はお邪魔かもしれないなあ。
それならカマンベール子爵家でとも思うのだけれどやはり何か疎外感を感じてしまうし、気を使わせるのも悪いしなあ。
そんな事を考えながら居間の扉を開くと私の足元目がけて黒い影が飛び込んできた。
「おねーさま!」
叫び声と共に張り付いてきたのはオスカルだった。
驚いて部屋の中を見るとカマンベール子爵が私が口を開く前に立ちあがり近寄って来る。
「おお、セイラ殿。帰られることは判っておったのだが迎えに行けずに失礼致した。それがのう。遠くゴッダードよりライトスミス家のオスカー殿がレイラ殿と長男のオスカル殿を連れて見えられたのでな。なんでもカマンベール子爵領でライトスミス商会の拡大を図るためしばらく彼方に滞在するとの事なのだ。それでつい先ほど、ご挨拶に見えられたのでな。本当にすまなかった」
まくし立てる様にカマンベール子爵様が私に話しかけるのは、クロエに悟られずに状況を説明する為だろう。
それに続いて父ちゃんも立ち上がり私に一礼すると話し出した。
「お久しぶりですセイラ様。この度はお忙しい中押しかけたようで恐縮致します。何か大変な事件が有ったようで」
父ちゃんの目が”また危険な事をしたんだろう”と私に問いかけている。
失敬な! 今回はルークの責任で、私は助けに言っただけだ。
それよりも父ちゃんの他人行儀な言葉遣いに何か家族が遠くなったように思えて少し物悲しくなってしまった。
「今回はルーク伯父上が色々と大変な事になったようですが、どうにか事なきを得ました。簡単なご報告は既に使いの者が行っていると思います。出来れば少々疲れておりますので休ませて頂けないでしょうか。夕食の折に詳細なご報告をさせて頂きます」
「おお、そうですなあ。あちらでの治療に加えてここまでの移動。気が利かぬ事で申し訳けない。二階のいつもの客間をお使いくだされ」
私は抱き上げていたオスカルをゆっくりと下に降ろし頭をなでてあげる。
「オスカル、お姉ちゃんはちょっと疲れたから一休みしてくるわ。起きたら皆といっぱい遊びましょう」
戸惑いながらも頷くオスカルを残して部屋に上がる。あのまま居間に居ると涙がこぼれてしまうからだ。
私の素性をクロエに悟らせる訳には行かない。隠していても口が滑る事はあるから今は知られない方が良いのだ。
そうで無いと学校でいつ綻びが出るか分からないから。
部屋に入ってベッドの上で声を押し殺して暫く泣いた。
いい年の大人が…通算年齢で言えば定年に手が届くおっさんでも辛いものは辛いのだ。
頭ではわかっているのだ、理解はしているのだ、でもやはり感情は未だ十五の小娘のなのだろう。
前世の(俺)ならここまで辛く思う事は無かっただろうが、今の私は知識だけ持っている十五の娘のなのだろう。
知識に感情が裏打ちされていない頭でっかちな自分に今頃気付いた。
多分父ちゃんもお母様も私以上に辛い思いを押し殺して下の居間にいるのだろう。
それなのに私はこの体たらくだ。
前世からずっと私(俺)はこうやって無鉄砲な行動で色々と大切な人達を悲しませてきているのだ。
そんな事をぼんやりと考えながらいつのまにか寝売りに落ちてしまった。
【2】
目を覚ますともう真っ暗になっていた。午後のお茶の時間を過ぎたくらいだろうか。
緯度の高いこの地域では冬は日の暮れるのも早い。ましてや冬至の前だ。
夕食にはまだ時間が有るが少しは頭もスッキリして気持ちも落ち着いたので居間に降りる事にした。
「お爺様、無作法を致しました。少し休ませていただいたので疲れも抜けましたわ。ありがとうございました」
そう言って今に入ると、午後のお茶が終わった所なのだろうかテーブルの上には茶器とポット、そして焼き菓子が置かれたいた。
「それではこちらでお茶をご一緒致しませんか?」
お母様がほほ笑みながらポットを持ち上げる。
「ええ、ご相伴に預かりますわ。でも先ほどのオスカルとの約束が有りますからこちらで頂きましょう」
私は暖炉の前の絨毯の上でルシオの子供のケレスちゃんやルーカス君と遊ぶオスカルの横に腰を下ろした。
「おねえさま。ぼくは、またうさぎさんがほしい」
オスカルが私のスカートのすそを引いておねだりを始めた。去年あげたマジパンを覚えていたようだ。
「それならば今度は一緒に作りましょう。あなたのお母様やお父様の分も一緒にね」
「おねえさまのもぼくがつくる」
いけない! また涙が溢れそうだ。
「それじゃあ、これからお姉さまがお話をしてあげましょう」
そう言ってオスカルを抱き締めた。
お母様が暖かいミルクに甘い砂糖をたっぷり入れて私とオスカルに渡してくれた。
今年の秋に洗礼式を終えたケレスちゃんがお姉さんぶってオスカルのミルクのコップに手を添える。
「ほらほら、ちゃんと持たないとセイラお姉様の服にこぼしてしまうわ」
「なんだよ、オスカルは。ケレスはぼくのおねえちゃんだぞ。まあぼくはオスカルみたいにこぼしたりしないけどな」
オスカルと同い年のルーカス君がオスカルに突っかかりながらもマウントを取ろうとしてくる。
私は微笑みながら三人を暖炉の傍に座らせて話始める。
「三人とも聞いて、冬至祭の前の夜のお話よ。王都にスクルージと言うそれは強欲な商人がいて・・・・・」
そう本当に昔私(俺)が娘の冬海に読み聞かせていたクリスマスの物語を今三人に話始める。
父ちゃんはオスカルを抱え上げると私の隣に座ってオスカルを膝の上に乗せた。お母様はケレスちゃんとルーカス君のミルクを持って私の横に座る。
「そうしてスクルージはその人にこう言ったの。そんな冬至祭おめでとう等とほざいている一銭にもならない役立たずは救貧院に放り込んでしまえば良い。そうすれば無駄に金を使う事など無いのだから・・・・」
夕食が始まるまでの数刻の間私の幸せな時間が続く。
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