第42話 カマンベール領の冬休み

【1】

 どうにか鉱山の事件は一段落した。

 まだ火種は残っているが直接シェブリ伯爵や上級官僚が来れば諦めるだろう。

 諦めてからが勝負どころだ。

 あの地下には絶対有るだろう。蒸気爆発があって更に蒸気が吹いているんだから間違いない。


 何がって? 温泉に決まっているじゃない。

 シェブリ伯爵家が手を引いたら早速ボーリングをして温泉を引いてスパリゾート計画だい!

 ここの領地はビールも沢山作ってるんだよな。

 それに去年樽詰めした蒸留酒も私が二十歳になる頃には第一弾が仕上がっているだろう。

 羊肉にチーズも良い物が出来ている。


 スパリゾートでビールとウィスキーでジンギスカンパーティーって最高じゃない。

 ウィスキーが本格的に出来上がる頃まで内はスパリゾートの実現を目指そう。

 山間から麓を見下ろす露天風呂も作ろう。

 檜風呂と日本酒が有れば言う事無いんだけれどこれは手に入る目途が立たない。檜も麹菌も手に入れる手段が見つからないからなあ。


 しかしカマンベール子爵領って良いものあり過ぎじゃねぇ。

 羨ましい限りだよ。

 それに比べカンボゾーラ子爵領はこれと言ってとるものも無いつまらない領地だよね。北部と西部を結ぶ街道筋に有るのに単なる通過点だし、広い平地は収穫量の低い麦畑が延々と続いている。一部亜麻栽培に手を出して失敗しているし。

 二圃式農業が未だ蔓延っていて三圃式農業への転換も進んでいないんだ。カマンベール子爵領がクローバーの導入で四圃輪栽式農法に転換して収益を上げているのとは大違いだよ。


 これもは領主の経営能力のみならず領民との関係が良好なカマンベール子爵家だからなしえた事ともいえる。

 村ごとで農地を集約して輪番で作付け耕地の順番を決め収益の配分などを行えて来たのはその信頼関係が有ったからだろう。


 今のカンボゾーラ子爵領では村長や地主と小作農や小規模農家との軋轢や対立が有り三圃式農業への転換すらままならない。総ては旧ライオル伯爵家の領地経営の悪弊である。

 三圃式農業に必要な牧畜も個々人が農耕用に数匹程度を個別に管理しているだけで畜産として成り立っていない。

 村長や地主は権利を主張し小規模自作農化や小作農は資金が無い。

 先ずは旧ライオル伯爵家の息のかかった勢力の締め出しから手を付けなければ改革が進まないのだろう。


 麓の村に避難してきた作業員たちもシェブリ伯爵領に帰る事を渋っている者が多数いた。

 シェブリ伯爵領でも状況は似たようなもので特に小作農の現状はひどい物のようだ。カマンベール子爵領への移住を口にする者も何人かいるのだから。

 但し今回は一旦全員を帰らせて作業員たちに春からの運河工事に率先して参加して貰うように働きかけている。

 今回の件で作業員たちとの信頼関係が築けているのだから移住の話しは運河開通後だ。作業員たちにもその件は言い含めて帰って準備をして春に又来るように働きかけている。

 本人たちが納得するならカンボゾーラ建設に迎え入れても良いんだから。


 そうやって裏でコソコソと画策している内に作業員と調査員二人、シェブリ伯爵家管理官二人と武官一人は馬車を連ねて帰領していった。

 四人の子供たちは体調が回復していない事を理由に当面こちらで引き受ける事にして春までには移住の手続きを済ませてしまう事になっている。

 ルークは四人を領主村に受け入れて聖教会工房で学びながら生活させるつもりのようだ。


 領主村は船着き場の終点で今発展が著しい、もう村と言うよりは町と言うべきだろう。だからこの先働き口はいくらでも有るから聖年の年齢まで聖教会に住まわせて工房と教室で面倒を見て自立させるつもりなのだろう。

 私は個人的にシェブリ伯爵領の救貧院の現状を子供たちから知りたいのだが今はさすがに子供たちの体力回復優先だ。

 他領の内政に手を出すのだから下準備は重要だが焦っても仕方がない。


 子供たちと便乗して私もキャサリンやマイケルとカマンベール子爵家の領館へ戻る事にした。

 領主町で子供たちを降ろして聖教会に向かうと船着き場に定期の河船が着岸しているのが見えた。

 こんな巨大な船は見た事が無いのだろう、子供たちが大はしゃぎで駆け寄って行った。

 いやカタリナもキャサリンも初めて見たようで暫くはポカンと口を開けて見入っていた。


 冬至祭に間に合わせるためにチーズやソーセージや燻製それに樽詰めの蒸留酒も積み込まれいる。

 毛織物の生地や防寒着にコットンの生地も次々に搬入されて、行李に丁寧に入れらたドレスがライトスミス商会員の女性の指示によって次々と…手板を持った修道女に指示を…。


「エマ姉! ジャンヌさん!? こんなところで何してるの?」

「あら、セイラちゃん。これからゴッダードに帰るところよ。ついでに冬至祭に届けるオーダーのドレスの積み込みの手配をしているの」

「それで何故ジャンヌさんが仕事をしてるの?」

「えーっとねえ。この船に同乗した方が早く着くし通り道だから一緒に誘って来たの」


「それと、仕事を手伝わせてるのとは関係ないわよ。説明になってないから」

「だって、お世話になるのは悪いっていうから」

「良いんですよ、セイラさん。私もこんな体験したことが無かったので楽しくて。それにいろんな人と知り合えて」


「それでも聖女様に失礼でしょう。ジャンヌさんも聖教会のお仕事も有るのにちゃんと断って下さい」

「でも、こうやってお手伝いをすれば聖教会教室の子供たちの冬至祭のプレゼントも貰えるんですよ。私のお手伝いでこの領の子供たちに冬至祭の夜はクッキーが一枚づつプレゼントできるんですもの」


 私は連れてきた四人子供を呼び集めて二人の前に連れて行った。

「あなた達、こうして聖女様があなた達に冬至祭のプレゼントをする為にお仕事をお手伝いしてくださっているのよ。さあお礼を言いなさい。そうすれば冬至祭に美味しいプレゼントがもらえるわ」

 カタリナとキャサリンが子供たちを跪かせ二人も並んでジャンヌに聖印を切って頭を下げる。


「聖女様、わたくし共はアナ聖導女様の弟子でカタリナこちらがキャサリン修道女で御座います。新しい治癒技術を確立されたジャンヌ様の事は心から尊敬いたしております」

「年下の私などにそのような例は不要です。一昨日カンボゾーラ領に伺った折にはアナさんともお会いしてお話は聞いています。私もこれからグレンフォードの治癒院に帰ったらアナ聖導女のように治癒士の養成学校を併設しようかと思っているんです」

「ジャンヌさん、それならば水系や風系の治癒士の指導員も派遣していただけないかしら。その代わり数学教室を開く気が有るのなら数学者の講師をカンボゾーラ子爵領から派遣する事が出来るわ。南部と北部で清貧派による医術と数学の高等教育を行う学校を考えませんか?」


「それは素敵な事ですぅー。ジャンヌ様にお教えいただけるなら沢山生徒もいらっしゃいますぅ。治癒院に併設すれば生徒の練習台…ゲフン、実習にもなりますぅ」

「ナデテ! どこから出てきたの?」

 一部本音をこぼしながらナデテが顔を出した。

「私はボードレール枢機卿様に申し出て正式にジャンヌ様の部屋付きメイドに成りましたぁ。これからグレンフォードに向かいますぅ」

「ああ、そうなのね」

 気の毒にジャンヌはエマ姉の糸に絡めとられて抜け出す事は難しいだろう。


「あなたが此処に居るならナデタとは会ったの? リオニーは一緒じゃないの?」

「ナデタはどっちでも良いですぅ。いつでも会えるのでぇ。それにリオニーはこちらに残りますぅ」

「シュナイダー商店のドレスの仕立てが有るのでグレンフォードからお針子を沢山呼んだの。それでリオニーにはそちらをお任せしているの。それじゃあもうすぐ船が出るのでセイラちゃん、新年にまた会いましょうね」

 三人はそのまま乗船して出港して行った。


 私も子供たちをキャサリンとカタリナに預けて聖教会に返して、領主館に向かった。

 驚いた事に領主館の入り口でアドルフィーネが迎えてくれた。

 なんでもカマンベール子爵家でもカンボゾーラ子爵家でも格式に合ったドレスを新調する必要が出来たそうで、シュナイダー商店のお針子に作業をしてもらうのだそうだ。その手伝いでエマ姉と一緒にカマンベール子爵家まで来たという。


 館内に入ると厨房の奥の使用人室から賑やかな楽しそうな声が聞こえてきた。

 そこを覗くとお針子としてリオニーとナデタとアドルフィーネのお母さんが三人呼ばれていて娘たちと楽しそうに歓談している。

 アドルフィーネが少し照れたように私に一礼して部屋に入って行った。

 …エマ姉、なかなかやるじゃない。

 Good Job!!

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