第41話 鉱脈

【1】

 離れたところで彼らの交渉を見ていた私にノルマン副団長が話しかけてきた。

「本当に金なのでしょうかねセイラ様。見ている限りでは金のようにも見えるのですが」

「さあどうだかしら。火山が有って蒸気が噴出したなら金が出てもおかしくないのだけれどあれが金かどうかは私には分からないわ」

「ハハハ、食えないご令嬢様だ。そうじゃないって気付いていらっしゃるのでしょう」

 私の隣に来た調査員が力無い笑いを交えて疲れた様に言った。


「それはどういう事なんじゃ。その言い草では金では無い様だが」

「金かも知れないわ。でもあの辺り一帯に見えているのはほぼパイライトね。この崖は黄鉄鉱の鉱山みたいね」

「へー、儂は学が無いからわからんがそれは高価な物なのじゃろうか?」

黄鉄鉱パイライト、別名を愚か者の金と言います。あの正方形や八角形の結晶になるんです。アルケミストが硫酸の原料にする位でしょうか。鉄もとれますが粗悪で使い物にはならない」

「おいおい、それじゃああの岩肌は…」

 調査員の言葉に団長と副団長は呆れた様に含み笑いを漏らしている。


 黄鉄鉱は硫黄と鉄の化合物だ。硫酸の原料にはなるが硫黄の完全分離が出来ないので鉄鉱石としては役に立たない。

「今は憶測で物を言っても始まらないわ。その説明でシェブリ伯爵や家令のジョーンズ氏が納得するとも思えないしね」

「ええそうですね。だから報告するのは気が重い。あの文官や下山した管理官たちは金だと言い張るでしょうから」

「まあ、春になったら伯爵達に来てもらうか、全量船で運んで持って帰るかして実際に見せて納得して貰いましょう。ハンマーで叩かせれば納得するんじゃないかしら」

 黄鉄鉱と金とではまるで硬度が違う上に黄鉄鉱は叩くと火花が出るのだ。


「それでも冬の間誰かが監視をしなければいけないいけないでしょう。俺はまっぴらですよ。こんな危ない場所で」

「それならあの文官も下山した管理官たちも引き受けてくれるんじゃないかしら。金だと思っているから」

「まあどうなるにせよ俺はこの仕事は降りさせて貰いたい。一旦報告に戻ってその後は職探しでもしますよ」

 調査員は気が重そうに言った。


【2】

 私たちはルークたちを残して荷物の片付けと昼食の準備にいそしんでいると登山道から人が登って来る気配がした。

 麓から十数人が登ってきたようだ。かなり急いで登ったようで皆息を切らせて喘いでいた。

 先頭にはカマンベール子爵家の武官を従えたルーカスの弟ルシオが、その後ろにマイケルとキャサリン修道女もいる。

 もちろん麓の村の有志達もシャベルや鍬を担いで雪道を続々と昇ってきた。


「セイラ様~、ご無事だったのでしょうか? わたくし心配で本当に何かあってはと思い死にそうでした」

 キャサリン修道女が冬山だというのに汗だくになって私の下に駆けて来て泣き崩れた。

「途中ですごい轟音と地響きがしたので生きた心地がしなかったぞ。それでみんなは大丈夫なのか?」

 ルシオが私たちに問いかけてくる。


「ええ、辛うじてみんな無事です。ただシェブリ伯爵家の文官は救出出来ましたが障害が残るかもしれませんよ。重症の管理官と同じような症状です」

 それを聞いてルシオはへなへなと崩れる様にへたり込んだ。

「その文官には悪いが他のみんな無事でよかった。誰か死ぬ様な事にでもなっていないかと気が気では無かったんだ」


「まあ皆さん。お疲れでしょうから一休みなさってください。セイラお嬢様が美味い昼飯を作ってくれています」

 ノルマン副団長がにこやかに皆に昼食を勧めてシチューを深皿に入れ始めた。

 救助のために登って来た全員が焚火を囲んで座り込んだのを見計らってノルマン副団長が事故の概要を説明し始める。


 文官の救出の途中でガスが噴出した事、救出終了直後に坑道が爆発した事、辺りが吹き飛んで毒性ガスが発生しているので近寄ると危険な事などを簡潔にヤバいところはぼかして説明する。

 この人は我が騎士団の広報官に向いているなあ。領地に帰れば広報官の役職も付けて頑張って貰おう。


「なあ、セイラさん。それで兄上はあそこで何をしてるんだい?」

 ルシオが私に問いかけてくる。

 ここはルークの交渉が住むまでの間にカマンベール子爵家サイドの考えを擦り合わせておいたほうが良いだろう。


「実はあの坑道から金らしきものが出てる。間違えないで! 金じゃないわよ、金らしいものだからね。私は金じゃ無いと思ってる。これは私だけじゃなくてシェブリ伯爵家の調査員も同じ意見よ」

「それじゃあ金じゃないんだろう?」

「でも事故にあった文官も管理官も金だと思っているの。そう思いたいのだと思うわ。だからあの文官は疑心暗鬼に陥っているのよ。自分たちが下山すると私達が勝手に採掘するんじゃないかとね」

「バカバカしい。我が家の名誉にかけてそんなことなどする訳がないだろう!」

「でもアイツラはそうは思わない。だって立場が逆なら平気でそういう事をする連中なんだもの。信義を守らない連中が自分以外の人間の信義なんて信じないわよ」


「それじゃあ、どうすればいいんだ?」

「私の意見は簡単。春までアイツラにここで監視させておけばいいのよ。登山道からここに入る道を封鎖して、現場が見える位置に雨露をしのげる小屋でも立ててやればどうかしら」

「おいおい、冷たい聖女様だね。あの文官は歩くこともままならないんだろう。この冬を雪山で過ごせるのか?」

「どうかしら? でも命がかかっているなら一生懸命体を動かしてどうにかするんじゃないかしらね」

「せめて麓の村で治療でもさせてやれば…」

「ルシオ叔父上は甘すぎるわよ。あの男がどれ程みんなに迷惑をかけたか知らないからそんなことが言えるのよ。それにカマンベール子爵家がそこまでしてもあいつは感謝なんてしないわ。たぶん今も助けるのが遅いとかルーク伯父上にきっと文句を言っているんだろうと思うわよ」


「儂もお嬢様と同じ意見じゃな。何よりあの文官はここから離れることをよしとはしないじゃろう。無理に連れて降りれば文句をこねて俺等を訴えることもあり得るぞ」

 騎士団長も私の意見に賛同してくれた。

「しかしなあ。放置して死なれても困るしなぁ。村人に頼んで世話係を…」

「それはダメ! 絶対! あいつのワガママにつき合わされてひどい目にあってバカを見るのは村の人達なんだから。それになにか問題が起きれば村の責任にされてしまうわ」


「しかし…」

「気の毒だが、マイルス次席武官殿に泣いてもらう他ないな。一緒に山に残ってもらってあの文官の世話をして貰うよう交渉してくれ。なあ、ルシオ殿」


「えっ! 俺が?」

「そうじゃ。生真面目なルーク殿の事だから安全を優先して全員の下山を主張しておるじゃろう。カマンベール子爵家の負担になってもな。儂が思うにあの文官や管理官にカマンベール子爵家がそこまでしてやる筋合いはないと思う。不名誉かもしれんが兄の顔を潰さずに、ここはスッパリと切り捨てて非情に徹するのはルシオ殿の役目じゃぞ。誹りを受けてもルーク殿は解ってくれるし気もついてくれよう」

「幸いシェブリ伯爵家の武官二人は話のわかる常識人だからきっと悪いようにはならないわ」


「仕方ねえな。俺がスッパリと奴らを切り捨ててやるか。温情のルークの裏には非情のルシオ在りと言わせてやるよ」

 そう言ってルシオはルークたちの交渉の場に歩いていった。


 そして交渉の結果、文官と比較的元気な管理官一人がマイルス次席武官と一緒にこの山に残ることになった。

 残りの二人の管理官は調査員二人とともにシェブリ伯爵領に報告に帰ることになり、もうひとりの武官もそれに同行することになった。

 調査員が管理官と報告の食い違いが出たときの証言に同行を懇願したからだ。


 私達は少々恨めしげなマイルス次席武官と文官の二人を残して一旦下山する事になった。

 当面の食料や薪は十分に残っているしろくに動けない文官がこれ以上余計なことはしないだろう。

 明日には管理官が登ってくるし、この坑道あと一帯は爆発後の吹き上げる蒸気のおかげで山頂にしては温かい。

 凍えることもなくこの冬を越せるだろう。

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