閑話4 それぞれ冬至祭

 ☆

 明日は冬至祭だ。

 今私は厨房でオスカルと生姜をすりおろしている。

 フィリップが大量に生姜を買い込んでいたのだ。一体何の為とは問うまい。

 始めに話を振ったのは私だから。その話の証拠のオスカルも隣に居るし。

 おまけにルーシーの体調不良はつわりのせいらしい。

 …生姜ってそんなに効くものなのか?


 そんな訳で蜂蜜ジンジャークッキーを焼く事にした。

「ウェーン! からいようー!」

「オスカル! つまみ食いをしたわね。さっきも蜂蜜を舐めてたでしょう」

「ぼくしらない」

「それじゃあその手をグーに握ってご覧なさい」

「うわぁーー、オテテがベトベトでイヤだよー!」


 オスカルの手を洗わせてクッキー生地をこねる。

 型抜きがないのでナイフや金串を使って型に抜いてゆく。

「ほら、オスカル。ウサギさんの形だよ。こっちはお星さま」

「ぼくも、ぼくもつくる。おねえさまとおかあさまとおとうさまのおかおをつくるんだ」

 オスカルは茶筒の蓋で抜いた丸い生地に髪の毛や鼻や口や目を貼り付けてみんなの似顔を作っていた。

「それじゃあオスカルのお顔も作らなければね」

「うん、それもつくる。おねえさまにあげる」

「じゃあお姉さまが食べちゃっても良いのかな」

「イヤー! それはイヤー!」


 初めて私(俺)が蜂蜜ジンジャークッキーを作ったのは冬美が十一の時だった。

 妻が死んで翌年そのレシピを二人でなぞって泣きながら作った。

 それから毎年、クリスマスが来ると必ずこのクッキーを焼いた、…俺が死ぬまで。


 そして十六年ぶりにまた弟と一緒にこのクッキーを焼く。

 今度は大切な家族みんなのために、誰一人欠けること無くみんなが幸せで暮らせるように願いを込めて。


 ☆☆

「だから彼は冬至祭の夜のすべて約束を実行しました。そして死んでいなかったティムに取っては第二の父となりました。彼はこの王都にもかつてなかったような善い人間となりました。この世に生きる価値のない種属などいない。 人は誰でも、誰かの重荷を軽くしてあげることができるのですから!」

 ジャンヌの説話にグレンフォード大聖堂に集った信者たちから歓声と感動のどよめきと共に一斉に感謝の聖句が発せられる。


「集まった信者の三割が獣人属なんて。人属と獣人属が仲良くこうして大聖堂に集う事が出来る日が来るとは思いもしませんでした。それに外の広場にまで信者があふれているなどと、いくら冬至祭の礼拝日でも今までには無かった事ですわ」

 ドミニク司祭が涙をぬぐいつつジャンヌに告げる。


「お話が…お話が面白かったのでしょうね。楽しんで聞いて頂けたなら嬉しいです」

「とても寓意を含んで創意に富んだお話ですわ。なによりも身近にあるような人たちの物語ですもの。私も聞き入ってしまいましたわ。ジャンヌ様が作られたのでしょうか?」

「いえ、これはずっと昔に父が…いえ、私が幼い頃に聞かされたお話に色々と脚色をした物語です」

「ああ、ジャンヌ様は幼い頃にご両親とも亡くされたので改心して第二の父になる人の話を…」


「いえそう言う訳では…、でもシャトラン修道女様。人はきっと心を入れ替えられるのです。誰も恨みだけで生きて行く事は出来ないと信じています」

 布教先から帰って来たテレーズ・シャトラン修道女にジャンヌはそう告げる。

「はい、私も南部の聖教会を回って信者の方々と接して獣人属へのわだかまりも消えました。一族の恨みを忘れるのは難しいですが、ジャンヌ様の生い立ちを思うと私も今までの宿命に向き合わないとと思います」


「シャトラン修道女様、あなたを助けてくれるのは結局は人なのです。私も両親を失い祖父母を失い大切な人達の命まで危険に晒されて絶望しかけた事も有りましたが、今は支えてくれる方が沢山出来ました。この間の異端審問の時でも信頼できる方々が常に付いてくれていました。だからあなたも周りのそう言う人を信じて下さい。支えになってくれる方がいらっしゃいます」


 俯いて涙を流すシャトラン修道女にドミニク司祭が話しかける。

「もし貴女にそのつもりが有るなら王都のゴルゴンゾーラ公爵の別邸に赴任なさいませんか。邸内の聖教会に聖教会教室を併設したので講師を探していいらっしゃいます。獣人属の使用人が多いので無理にとは申しませんが」

「ぜひ、務めさせていただきます。少しでもジャンヌ様のお役に立つなら、過ちの償いになるなら」


「シャトラン修道女様、受けて頂いて有り難う御座います。ゴルゴンゾーラ公爵家のヨアンナ様とは私も良いお友達です。口調はきついですがとてもお優しい方ですよ。フィディス修道女の妹が部屋付きのメイドをしていますがとても可愛がっておられます。他にも獣人属の見習い使用人を沢山雇っているのでその子たちの為でしょう。

よろしくお願いします」


「それでは冬至祭の聖餐を楽しみましょう。ジャクリーンさんの冒険者パーティーも見えられているしアルビドさんは奥さんも連れていらっしゃっていますよ。もちろんジャックさんやピエールさんも、ポールさんはゴッダードでご家族過ごされるそうですが」

 振り向くとジャックやピエールと一緒にナデテが手を振っている。

 それを見てジャンヌはとても嬉しそうに微笑んだ。



 ☆☆☆

 賑やかな音楽が流れている。広場のいたる所で大きな焚火がたかれ串に刺した羊肉が焙られている。

 陽気な伴奏に合わせて雪の中で着ぶくれた村人たちが踊っている。その中に輪になってリオニーやナデタも踊っていた。

 昼とはいっても寒い外で村中で祝う冬至祭などアドルフィーネにとって初めての体験だった。


「アヴァロン州は何処も昼は礼拝の後にこうやってお祭りをするんですよ。パルミジャーノ州でもやっていたってリオニーが言っていましたよ」

 踊り終わって焚火の熱とで頬を上気させたクロエがアドルフィーネに説明してくれた。

 十二の時からサンペドロ州で働いていたアドルフィーネにとって雪の冬至祭は初めてだし、母と一緒に祝うのも本当に久しぶりだ。


「何年ぶりだろうね母さん。こうして冬至祭を一緒に過ごすのは」

「ごめんよ。あんたには苦労させて。おかげで妹や弟もライトスミス商事で働けているし、今度妹のアドルファは王都のゴルゴンゾーラ公爵家に見習いで行く事になったんだよ」

「あのお嬢様ならアドルファの事も大事にしてくれるわ。ちょっと甘やかし気味のところはあるけれど」


「ここは良い領地ね。領主さまも村の人たちも気さくで親切だしね。何より皆仲が良いよ。ナデタのお母さんが泣いてたよ。娘がこんなに大事にして貰って嬉しいって。カンボゾーラ子爵領もこんな所なんだろう」

「うーん、カンボゾーラ子爵領はこれからかな。でも前の領主が酷かったから、平民や農村の人たちは子爵様御一家の味方だよ」

「じゃあこれから大変なんだね。あんた一人で大丈夫なのかい」

「私はねえ、母さん。恩の有るセイラ様をこの国の一番の貴族にするんだ。夢物語じゃないよ。王立学校に行って判ったんだ。伯爵家や侯爵家、公爵家や王族だってセイラ様に勝てる奴なんていないって気付いたんだよ。セイラ様なら王族以上の力を持つ事が出来る。グリンダ様の言ってた事は事実だったんだ」


「アドルフィーネ! 何してるの、おばさんもさぁ。一緒に踊ろうよ、ルシオ様やケレス様やルーカス様も呼んでいるわよ」

 いつも仏頂面のナデタが嬉しそうにかけてくる。リオニーはクロエ様の弟のルキウス様ともう踊っている。

 何年ぶりだろうアドルフィーネの楽しい冬至祭が始まった。

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