お正月閑話16 福音派修道会(5)

 あけましておめでとうございます。

 本年も宜しくお願い致します。

 

☆☆☆☆☆☆☆

 福音派聖教会の女子神学校は年末も年始も聖教会の手伝いに駆り出される。

 大晦日から新年にむけて、年越しの為の深夜の礼拝。

 年を越す鐘の音が鳴り響くとそのまま年を送る懺悔の礼拝が行われる。


 そしてしばしの休息の後に日の出からは、新年礼拝で信徒が聖堂に詰めかける。

 その全てに神学校生が駆り出されるのだ。

 ルクレツッアやアマトリーチェはずっと枢機卿家で行われてきた行事とほぼ同じ事だったのだが、エレノア王女にとっては初めての経験であった。


 眠い目をこすりながら新年礼拝に向かう。

「どうしてこちらはこんなに日の出が早いのでしょう。ラスカル王国では新年礼拝はもう少し遅い時間だったのに」

 慣れていると思っていたルクレツッアも年明けの朝はここよりゆっくりと眠っていたそうだ。

 大陸の最北端のペスカトーレ侯爵領とラスカル王国の更に南、ハウザー王国の南に位置するこの王都では日の出時間が鐘半分近く違うからだろう。

 それはアマトリーチェも同じようだ。


「新年は昼まで寝ているのが我が家の決まりだったっすよ。みんな年が変われば新年の挨拶とご馳走でお祝いをするんっすよ」

「まあ、呆れた。それで皆様揃って昼まで寝ていたのですか?」

「市井では一月一日は皆お休みに決まってるっすから」


「まあ羨ましい。シモネッタさんはラスカル王国では大司祭様の家柄では御座いませんか」

「でも私は母が正妻じゃないっすから、養女扱いで商家で育ったっすから」

 人属のリーダー格で聖職者の家系のテンプルトン子爵令嬢の問いかけにシモネッタが答えた。


「それでしたら私たち高位貴族も似た様なものですわ。父上や兄上たちは明け方まで飲んで騒いでおりますわ。でも未成年や女性は参加させて貰えないし、早くにベッドに追いやられて。そう考えれば市井の民の方が自由で羨ましいですわね」

 獣人属のリーダーのオーバーホルト公爵令嬢も最後の方はポツリとだが呟いている。


「贅沢な服や食事は無くても自由が有るのはそこそこ幸せなんすね。私、大司祭家に引き取られて贅沢に暮らせるかと思ってたっすが、市井も良いもんっすね。出来たなら市井の市民のままで聖職者になりたいっす。そうすれば礼儀作法もいらないし」

「シモネッタ様、聖職者として尊敬されるためには、最低限の礼儀作法は必要です。こうしてセイラカフェメイドになるためにも必要な事なのですから、疎かにはさせませんから」

「…ウルスラが厳しいっす」

「シモネッタ、私申し上げましたでしょ。貴族家の女性家庭教師ガヴァネスはそれはそれは厳しいのですから。優しいウルスラに指導して貰って幸せに思う事ですよ。ねえエレノア様」

「そうですわねえ。王家の女性家庭教師ガヴァネスも理屈など抜きで、ああしろこうしろと命令だけの指導でしたわ。なんでも鞭を振るえば良いと思っている様なそんな方でしたわ」


「そうですわよ。ハウザー王国も同じようなもの。ウルスラの様に理を尽くして説明してくれるような事はされませんもの」

「私もウルスラの指導を聞いて初めて意味に気付いた作法も沢山御座いますわ」

 オーバーホルト公爵令嬢もテンプルトン子爵令嬢も相槌を打つ。


 冬至祭からたった一週間ほどでエレノア王女殿下たちはすっかり同級生に溶け込んで、学年内での対立も解消された。

 このまま留学が終わるまで、この状態が続いてくれればとテレーズは思った。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆

「テレーズ修道女様。いえ、テレーズ先生。私いままでで一番幸せな新年を迎えたと思います。国王陛下や王太后陛下への新年の挨拶も、陪臣や貴族一同からの参賀も無くゆっくり心豊かに過ごせるのは先生やシャルロットのお陰です」


 神学校は昼食が出ない。聖典に則り朝と夜の一日二食だけだ。

 その代わり正午の礼拝が終われば午睡の時間がとられる。

 その時間を使って各自部屋で食事をしたり休息をする事が多いのだが、今日は新年礼拝が終われば後は休みとなる。


 エレノア王女殿下は部屋に帰って昼食をとりながらテレーズやシャルロットと話している。

「エレノア王女殿下。有難うございます。でも私はいつも通りの仕事をしているだけで御座います」

「私も先生などと申されるのは恐れ多いです。修道女呼びで結構でございます」


「でも二人は私に必要な事を教えてくれている教師です。テレーズ様、先生と呼ばせてください」

「困りました。私は一介の修道女ですから、特に神学校内では差し障りも有りますからご勘弁願います」

「それでしたら、寮内だけでも先生と呼ばせてください。事実治癒魔術については本当に先生なのですから」


「私は本当に今が一番幸せなんです。父上も母上も四女などには興味も御座いませんでしたし、兄上や姉上たちともろくに話した事など有りませんでした。メイドやサーヴァントだって王宮に勤める者は必要な事しか受け答えいたしませんし…。きっと私などに取り入っても無駄だと思っていたのでしょう。私、食事は冷えた物を一人で黙って食べるものだと思っておりましたもの。こうやって食事中でもシャルロットと楽しくお話しながら給仕して貰えるだけでもとても満ち足りた気分なのですよ」

 エレノア王女はいつになく饒舌だった。と言うよりは日頃から食事中にあまり口を開かなかったのはそう言う訳だったのかと改めて納得できた。


「それはようございました、エレノア殿下。それに今日伺ったのは殿下にもっと喜んでいただけるものを持参いたしたのです」

 テレーズがこの部屋に居るのはエレノアに手渡す物が有ったからだ。ちょうど昼の準備にかかっていたエレノアに呼ばれて昼食に同席する事になったのだ。


「冬至祭の次の日にグレンフォードとフィリポに連絡を入れたのですが、グレンフォードから初級の治癒魔術のテキストが送られてきたのです。それに黒板もメリージャから送って頂きましたし」

「まあ、それでは!」

「ええ、今週の末から毎週治癒魔術の勉強会を開きたいと思います。もちろんクッキーを焼くための食材もメリージャからたくさん送って頂きましたわ」


「まあ、うふふふ。それではまたシャルロットに頑張ってもらわなければいけませんね。よろしくね、シャルロット」

「ええ、今回はこの王都でたくさん売っているアーモンドを刻んで混ぜ込もうかと思っているのですよ。きっと香ばしくて美味しくなると思うのです」

「それならば私、味見のお手伝いいたしますわ。シャルロットの作る新作は一番に確認する義務が御座いますもの」

「あら、エレノア王女様は食いしん坊でいらっしゃる。そんな王女殿下にファナ様とセイラ様から新年の贈り物が届いておりますわ」


 ファナからの贈り物は色々なチーズなどの乳製品や砂糖や蜂蜜などの食材が多量に送られてきたそうだ。

 そしてセイラが送ってきた箱の中には細い木の棒が大量に詰められていた。

「この棒は何なのでしょう?」

「筆記具だそうですわ。真ん中の黒いところが出てくるようにナイフで削って、ペンの代わりに使うのだそうです。ほらこの黒い部分が黒炭の様なものらしいですね。アヴァロン商事が最近売り出した鉛筆と言うものだそうで、神学校の皆さんにも使って欲しいと。私も使ってみましたが、これはとても便利なものですよ。ほら、紙が有ればどこにでも字を掛けてインクもいらない。間違えるとパン屑で擦れば消えるそうです」


 テレーズは先を尖らせた鉛筆で水属性治癒魔術の中級テキストにエレノア・ラップランドと書いて手渡してきた。

「これは私からのエレノア王女殿下へのプレゼントです」

「私、こうして手渡しでプレゼントを頂いたのは初めてですわ。陪臣や貴族からの祝いの品はいつも部屋の側机に積み上げて有りましたから。まして家族からはその様な物を頂いた記憶すら御座いませんもの」


「そうなのですか? でももう一つエレノア様宛に荷物が届いておりますよ。兄上様から」

「そうなのですか? リチャード兄上は姉妹にその様な事をなさる方とは到底思えなかったのですが」

「いえ、リチャード様では御座いませんよ。ジョン王子殿下です」


 エレノアはその言葉に更に驚いた風で、眼を瞠った。

 箱を開くと一番上に手紙が入っていた。

 ”冬は冷えるだろうから使うと良い”それだけ書かれていた。そして箱から取り出した物は見た事の無い靴の様なものだった。

「これは一体何なのでしょう?」

「さあ? ムートンブーツとタグに書いてありますね」


「部屋で履く冬靴の様ですわ。早速履いてみます」

 足を入れると柔らかい羊毛に包まれた様でとても暖かかった。

「ジョン殿下とは本当に会う事が有りませんでしたからとても意外ですわ。でもお優しい方の様で、会えばいつも声をかけて下さいましたから」

 生まれて初めて家族から貰ったプレゼントは足よりも心が温かくなった気がした。

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 去年は見捨てずの読んで頂きありがとうございました。

 新年は8日の月曜日から再開させて頂きます。

 拙い文章の垂れ流しですが、今年も宜しくお願い致します。

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