第101話 ハウザー王国へ

【1】

 アヴァロンの街でエマ達が暗躍している頃私はルイーズを連れて一路メリージャへ向かっていた。約束通り父ちゃんと一緒に。

 そして約束通りゴルゴンゾーラ家からハウザー貴族に詳しい人と使用人教育に詳しい人二人が派遣されて同行している。

 そう、フィリップ・ゴルゴンゾーラ卿とヨアンナのお付きのエミリーメイド長なのだ。


 私たち五人はメリージャのセイラカフェにいた。

「まあ基礎教育は、なされているようですね。あの娘とあの娘は良いですねえ」

「お嬢さま。何なのですかこの横柄なご老女は?」

 腹立たしそうにアドルフィーナが私に告げる。

「ろっ老女!? 何ですか、その口の利き方は。客人に対して成っておりませんね」

「お客様には粗相を致すつもりは御座いませんが、他家の使用人風情にお嬢様の鍛えたメイド見習いたちを気安く評価されて黙っているほど不忠者では御座いませんわ」

「…不忠者? ダルモン市長付きのメイドでしょう。それが他家のメイドのに口を挟むなど僭越ですよ」

「ご生憎で御座いますね。わたくしはダルモン伯爵家の契約メイドで席はライトスミス商会に御座います。私の主人は常にセイラ様で御座いますわ。それについては市長様にも了承を頂いております」


「ダルモン伯爵殿、どういう事なのであろう。良く解らぬのだっがな?」

「ああ、ここのメイドが良く教育されておるのでな、開店日に一人雇用すると約束しておったのだ。そうしたらこのメイドが来て、ぬかしおった。俺の下で働くのは厭わぬが、主は変えたくないと。それで二年の条件でダルモン家のメイドを務めながら、このカフェでダルモン家の家風にあったメイドを育成して仕えさせる事でその商会主と契約した。ダルモン家の出す給金に一割の派遣料を加算した賃金でな」

「そうなのです。アドルフィーネはラスカル国民ですので、ライトスミス商会が身元保証の上派遣と言う形で市長様の下で働いて貰っています。それに週に二日はセイラカフェで後進の指導にもあたっておりまして、ライトスミス商会からも給金が出るので、多分伯爵家の一般メイドよりは収入は上だと思います」


「まだ成人前であろう。それでその給金はいささか多いのではないか」

「挨拶文や礼状が書けて、公文書や法令文が読める上に帳簿が付けられる。ハウザーとラスカル両方の所作も修得している上に、攻撃魔法が使えるので外出の折にはこのように連れている。他にも三人ほど同じ条件で雇っておるのだが、まだメイドとしての所作や振る舞いがラスカル風でな。まだまだハウザー貴族はラスカルを嫌おう者が多いので他の者は公の場には出せぬが、ハウザーのマナーや所作を躾ておる。この店のメイドもハウザー風に教育させ直しておる所だ」


「オスカー、いやセイラ・ライトスミス。ハウザー貴族の所作を覚えた見習いを二~三人アヴァロンに連れてこい。マナーと所作を最優先で仕込め。ラスカルから有望な者をを入れ代わりで送り込め。エミリーをクオーネのセイラカフェに出向させる。アヴァロンでの教育は彼女に徹底的にラスカル式を教育させる。仕上がったならばサロン・ド・ヨアンナに配属して正式メイドにするからな」

「ゴルゴンゾーラ卿。いきなりムチャ振りで御座いますね。意図は何となく察しがつきますが、奥方達をそのような政治向きの事にお使いになるのですか?」


「別に政治向きでなくても、ラスカル王国内で最高級の女性サロンになるのだぞ。ハウザー貴族の奥方や令嬢が見えられることも有るであろう」

「いえ、しばしば訪れる事になると思うのですが。見慣れた王都より刺激のあるクオーネを好まれるご婦人もいらっしゃいますでしょうから」

「そうだな。サンペドロ辺境伯家の伯母上も歓迎されぬラスカル王都よりはアヴァロン州の方が居心地が良いかもしれん。古都でもあるし婦女子は喜ぶであろうよ。特に買い物も楽しいであろうからな」


 ダルモン市長はさらに続けてセイラに話を向ける。

「おい、ライトスミス商会。そのサロン何某なにがしを第一城郭内にも作れ。場所は市の方で考えてやる。しっかりとラスカルの所作を教育されたメイドなら沢山居るであろう」

「しかしそう直ぐには参りません。色々と準備も有りますし、下町から通うのは難しいと思いますし…」

「それならばダルモン家で雇い入れて、我が家の寮から派遣させても構わん。考慮しておけ」

 こちらもムチャ振りである。貴族とは本当に身勝手で横暴だ。

 まあこれでサンペドロ辺境伯家とゴルゴンゾーラ公爵家の間での交流が活発に成りそうでは有る。


【2】

 翌日、私は郊外の農村部を馬車で移動していた。ルイーズと父ちゃんと三人で、ドミンゴ司祭の管理教区の聖教会に向かって。

 まだ青い麦が茂った畑が続く中、割りと大きな村が見えてきた。

 馬車は村の周りに掘られた堀代わりの水路を越えて村の門を入って行く。

 村の中心に高い鐘楼を備えた聖教会の聖堂の馬車廻しに馬車をつけるとドミンゴ司祭が迎えに出ていた。


「お久しぶりですなセイラ殿、オスカー殿」

「これは、ドミンゴ司祭様お久しぶりで御座います」

「昨日ご連絡は頂きましたが、いったい何の御用でこのような田舎の村までいらしたのですかな?」

 やはりドミンゴ司祭からはあまり歓迎されていないようだ。私に対する不信感があるようだ。


 聖教会の執務室に通された私たちはドミンゴ司祭とコーヒーを飲んでいる。

「本当に一体何の用なのだ。オスカー殿まで一緒で」

「今回はラスカル聖教会清貧派からの依頼の仕事だと思っていただきたいですな。こちらはアヴァロン州のパーセル大司祭様からの委任状です。ご確認を」


「オスカー殿。わしは同じ清貧派でもハウザー王国の信徒ですぞ。必ずしもパーセル様に従う必要はない事をご理解いただきたい」

「それは承知しております司祭様。ただニワンゴ修道女様や鳥獣人の方々とお話を出来る場をお願いしたいと言う事と思っているだけです。それに聖教会工房での新しい仕事をご提案したいと考えております」

「セイラ殿、甘いエサの中に毒を仕込むような事をまたなさっているのであろう。まあアヴァロン州大司祭様の顔も立てて面談の場は設けましょう。しかし私もその場に参加させて頂きますぞ。教区長なのですから宜しいでしょう?」

 徹底的に警戒されているなあ~私。


【3】

 驚いたことにニワンゴは修道女から聖導女に出世していた。更には三人の修道士・修道女が新たに任命されていた。

「これも皆ドミンゴ司祭様のお力で御座います。この聖教会では下級聖職者として六人の鳥獣人を雇い入れて下さいました」


 メリージャでは評判の悪いドミンゴ司祭がなぜここまで鳥獣人に肩入れしているのかが謎だが、獣人属の中でも差別対象の鳥獣人を手厚く保護している事は間違いない。

「今日はこちらの教区に新しいお仕事をご提案に参りました。チョーク作りで御座います」

「しかしそれは其の方が農村の教区では無理だと却下したはずではないか」

「ええ、ですから玉子の殻では無く石灰を潰して焼く方法をご提案いたします。ハスラー王国内では石灰も産物の一つですよね。それを潰して焼いて粉にするのですよ」

「それでチョークが出来ると…」

「ええ、ラスカル王国では主にこちらの方法で生産しておりますが、こちらでは教えていません。出来ればこの聖教会だけの事としてご理解いただければと…」


「それで交換条件は何だ。ライトスミス商会が動いておるのだから利益にならぬことはやるまい」

「はい、数学の出来る聖職者を一人アヴァロン州に派遣していただきたいのです。ニワンゴ聖導女のような数学の出来る方を教師として」

「ならん! ニワンゴはダメだ」

「修道士の方でも構いません。チョークもラスカル王国と同じ価格条件で販売して下さいませ。一本銅貨十枚で。なんなら複数買えばオマケを付けましょうか? 六本買えば一本オマケで七本、十五本買えばニ本オマケで十七本、ニ十本買えば三本オマケを付けましょう…」


 ニワンゴ聖導女がおずおずと私に質問する。

「…セイラ様。十一本買えばオマケを付けていただけますか?」

「ええ二本付けて十三本にしてもかまいませんよ」

「ドミンゴ司祭様! わたくしに行かせてくださいませ」

「いえ、私に!」

「下働きの聖職者ですが私も行きとうございます」

 九人のうち七人が名乗りを上げた。

「其の方…いったい何を…どうして?」

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