第100話 アヴァロン商事組合(4)


【7】

「ウィンストン商店は前の教導派の大司祭がゴリ押しであの場所に作らせた商店で、以前から教導派資金源だったの。救貧院が以前から荷役の重労働をさせてその労役の斡旋をウィンストン商店が請け負っていたのではないかしら。おまけに周辺の屋台を荷受けの邪魔だと言って立ち退かせて、従わない屋台には荷馬車をぶつけたりしていたと聞いたかしら」

ヨアンナの言葉にエマは少し目を見開いて答える。


「良く今まで商売が出来ていたものだわ。いったい何故なのです」

「荷受け場の手前の土地を持っているからかしら。聖教会工房が出来て救貧院が廃院になった時に、前の大司祭が聖教会の管理地を教導派の息の掛かった市長に、荷受け場の中にあった救貧院の建物と交換で下げ渡したの。それをウィンストン商店が捨て値で買い取ってしまったのかしら」


教導派の前大司祭は聖教会が管理し開放ていた荷受け場の前の広場を、利権を得る為に閉鎖してウィンストン商店に独占させていた。

そして前大司祭の後ろ盾を得た現市長が救貧院を運営して荷受け場の重労働をウィンストン商店から請け負っていたと言う聖・官・民の癒着の構造が、聖教会工房の設置で救貧院に入る人間がいなくなり瓦解してしまった。


大司祭は資金源を減らし清貧派の突き上げに最後の抵抗として、救貧院の建物を来訪者の宿舎にすると言って広場と交換してしまった。

市長は利権を守るためその土地を安価でウィンストン商店へ売り払い、搾取の対象を荷役夫に変えたと言う事だ。


要するに荷受け場の門の前の土地をウィンストン商店が抑えており、門の周りにはウィンストン商店以外が店を構える事が出来ない。

荷受け作業者は今まで他に選択肢が無かったが、配達のサービスで風穴は開けられた。

しかし今後も配達人に更に巧妙に嫌がらせを仕掛けてくるだろう。

市長が後ろについている限りこのままでは商店主が処罰されても現状は変わらないだろう。


「救貧院の建物を貸して欲しいのですわ。いえ、アヴァロン商事株式組合で借り受けましょう。救貧院は荷受け場の中にあるわ。大きな食堂があって調理場も有るわ」

「でも調理場が小さすぎるのではないかしら。水場は有るけれど、オーブンも無ければ竈も一つしか無いので十分な調理は出来ないかしら。足りているのは木皿と木匙くらいかしら」

「それはね、商事組合で街中の飲食店や屋台に声を掛けて食堂の中に屋台の店を入れてしまうの。食器は食堂の物を貸し出して、客は屋台で買った物を食堂のテーブルで食べて、食器は洗い場に返す。昼と夜でお店を入れ替えても良いわ。夜にお酒を出せればさらに儲かるわ」

「あら、それは良い案ね。商事組合の最初の仕事になるのかしら」


パーセル大司祭の全面的な協力で、救貧院の建物の借り受けは直ぐにできた。改装もテーブルを並び替えて屋台のスペースを作る程度で二日ほどで終了した。

その間に配達を請け負っていた食堂の店主たちに声を掛けて昼時だけの屋台営業を承諾して貰って荷受け場の大食堂は開設された。


荷受け作業者たちは今まで払っていた配達手数料が無くなったので、ほぼ誰も昼にウィンストン商店に向かうものは居なくなった。

アヴァロン商事組合が商工会を通して屋台業者や飲食店に告知を出しているので参加を希望する業者も大勢集まってきた。


安い賃料でスペースと食器と水場が借りれるので、腕に自信のある若い調理人達も独立を目指してやって来る。

直ぐに店舗スペースは一杯になったが、腕の無い店舗はすぐに淘汰され店の入れ替わりも激しいが、店主たちの活気にあふれていた。


そしてウィンストン商店が、嫌がらせを始めた。

始めは前の広場に自前で屋台を出したり、息の掛かった店に出店を促したりしていたが参加する店も少なく、おまけに高い賃料を取られるので採算が合わず直ぐに誰も来なくなった。

何より天候に左右されず屋根と壁の有る食堂と吹きさらしの広場ではあまりに条件が違い過ぎるので客など寄り付く事も無かったのだが。


そして最後の手段とゴロツキを使って仕事に来る屋台店主たちの入場を妨害し始めたのだ。

アヴァロン商事組合から再三の衛士の派遣要請を市長が拒み続けている。

まだアヴァロン商事組合はライトスミス商会とヨアンナ・ゴルゴンゾーラの共同出資のささやかな商事会社である。

ゴルゴンゾーラ家の強権を使って市長に圧力をかけるのは控えた方が良い。

しかしそれもあっさりと解決してしまった。


荷受け場の作業員がゴロツキどもを追い払ったのだ。

その日も十人近いゴロツキどもが正門前にたむろしていた。

そして朝食堂にやって来る食堂店主たちに因縁をつけだし、食材を取り上げようとしだした。

そこに居合わせた作業員が止めに入ったのだが、数人のゴロツキに押さえつけられて暴行を受け始めた。

それを見た他の作業員が加勢に駆け付けて乱闘になり、更に人数は膨れ上がった。

それに気付いたウィンストン商店からゴロツキ紛いの店員も駆け付けて騒ぎは大きくなった。

そのうち五十人以上の作業員が広場に出て来て、結局恐れをなしたゴロツキどもはウィンストン商店に逃げ帰った。

憤懣やるかたない作業員たちはウィンストン商店を取り囲み罵声を上げ続けた。


騒ぎを聞きつけた衛士隊は市長の命令を受けてそこに居た作業員全員を事情徴収のために連れ帰った。

市長は自分の権限で作業員たちを拘束しようと考えたようだが、商工会とそこに所属する商店主からの苦情が殺到した。

もちろん荷受け場から荷物が動かせないからだ。

これまでも市長に不満を溜めていた商工会は、目に見える実害が出た事で市長の糾弾に動いた。


その上釈放された作業員たちは、ウィンストン商店と記されている荷物の荷受け作業を拒否した。

もともと食品関係の仲買業者だったウィンストン商店は収入の道を完全に閉ざされてそれ以来店の戸板が開かれることは無かった。


そして市長は利権を失い保身の為にばら撒いた賄賂の為に資産のほとんどを無くしてしまった。

更に商工会の突き上げと市井の混乱を招いたと言う市民からの糾弾で退任に追い込まれ、ゴルゴンゾーラ家と清貧派聖教会の後ろ盾を持った新市長に変わった。


その頃には荷受け場の食堂は一般市民にも開放されて、もともと宿舎であった場所も改装されてスペースが広げられていた。

市長が代わり、夜間の営業も認められ下町の住民が夜にもやって来るようになった。

荷受け場は裏路地に面した場所にも反対の通りに面した場所にも門が作られて人の交流も活発になった。


獣人属の多い荷受け作業員たちと屋台食堂に集まる客たちとの交流が始まって、さらに打ち解けるようになってきた。

荷受け場には目端の利く商店主が販売所を設けて、下町の客を対象に即売を始めている。

他領や他州から来る荷受業者や作業員も市内に滞在するようになり宿屋や簡易宿泊所も繁盛している。


聖教会は最近ウィンストン商店の土地と建物を買い戻したそうだ。

こちらも大司祭様を通じてアヴァロン商事組合で借り上げて有効活用しようじゃないかとエマは皮算用を始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る