第99話 アヴァロン商事組合(3)

【5】

 ライトスミス商会のマヨネーズ売り達はクオーネの街にハレーションを起こしつつあった。

 これまで荷受け場や建築工房などの周辺の一等地に陣取っていた料理屋が軒並み客を減らしている。もちろんライトスミス商会がデリバリーサービスを始めたからだ。

 これらの店は獣人属の労働者を相手に立地条件だけで儲けていたような店が殆んどなので挽回の手立てが無い。

 事実、味や値段が良心的な店は客を減らしてはいない。


「これから先、売り子達に嫌がらせが始まるんじゃないかしら。そこは考えてあるのかしら?」

 ヨアンナの問いかけにエマはニヤリと笑って答える。

「うちの子達はそんなにやわでは無いのですよ。それにこれは商取引ですわ。企業努力の無い殿様商売は淘汰されるのですわ」

「それならあなたに任せるけれど、もし子供たちに怪我でも出したならゴルゴンゾーラ家が出る事になるかしら」


 そして二人の予想通りの嫌がらせが始まった。

 馴染みの商会を使って大量発注の上納入品に難癖を付けてきたのである。

「おい、俺が頼んだ物はウィンストン商店の物だぜ。こりゃネヴィル食堂のじゃないか。これじゃあ金は払えないなあ」

「そんなはずは無いよ! そもそもウィンストン商店ならすぐ向かいじゃないか。配達なんて頼む必要は無いだろう!」

「向かいだろうが隣だろうがうちが頼みたかったんだから仕方ねえ。間違えたのはお前だ。荷物を持って帰りな」


「そう言う訳にはゆかないぜ。発注伝票にハッキリと書いてあるんだ。サインしたのはあんただよ。何ならここで読み上げてやろうか」

「何言ってやがる! それはお前がサインしろって言ったからだ。どうせ書いたることだってデタラメに決まっている」

「ちゃんとクオーネの書式に則っているさ。払わないならいいぜ。商工会にこの書類を提出して差し押さえて貰う。荷物はここに置いて帰るからな。明日にでも執行官が取り立てに来るさ」


「待て! 待て、待て! それなら今まで俺がサインしていたのは全部商工会の正式書類なのか? 何でお前ごときガキがそんなことできるんだ?」

「商売をするんだから聖教会教室で勉強してるんだ。伝票処理くらい出来なくて商売なんてできないだろう。税金も支払わなくっちゃいけねえんだから」

「わかった。金は払うその代わり書類を寄越せ!」

「そんな訳にはいかねぇ。領収書を切るからサインしてくれりゃあ控えは渡すぜ。あんたの事務所の事務員にでも確認して貰ってくれよ、領収書の書式に間違いが無い事を」


 そんな遣り取りが何件かの商会でされた後に、ライトスミス商会のマヨネーズ売りには商工会が付いていると言う噂が流れた。

 そして聖教会教室では商人の勉強もできるとかライトスミス商会なら獣人属を優遇して貰えるという情報も広がっていった。

 聖教会教室や工房にチラホラと獣人属の子供たちが通うようになったのはこの頃からだ。


【6】

「そろそろたちの悪い店が仕掛けてくる頃では無いかしら。ちゃんと対策は出来ているのかしら。子供たちに何かあればあなたにも責任は取ってもらうわよ」

 ロリケモナーのヨアンナはマヨネーズ売り娘達がいたってお気に入りの様だ。

「それも対策は立てていますわ。絡まれたらお金を置いて逃げるように指導をしていますし、あの子たちは護身術は仕込んでいます。それに配達は二人一組で行かせていますの。商会の頭は良くないけど腕っぷしの強い武闘派職員ルイスを付けておりますから」

「ああ、あの馬鹿職員ルイスなら怪我をしても心が痛まないかしら」


「ハークション。チビ助のお守りで冷えたかな? なんだか最近はこんな役回りが多いよな」

 などとルイスが古典的なリアクションを取っていると、マヨネーズ売りの娘が暴漢に絡まれた。

「なあ嬢ちゃん。金持ってんだろう。俺にめぐんでくれよ。いまその先で料金を受け取ってるのは知ってんだ」

 絡まれた二人は大人しく金の入った袋を差し出して逃げて行く。


 ルイスは腰の鉈鎌ビルフクに右手を掛けるといつでも抜ける体勢で後をつけて行く。

 油断しているのか二人の暴漢は辺りを気にかける事も無く呑気に通りを歩いて行く。

「素早い獣人属だと言っても所詮はガキだな」

「ちょっと脅すとびくついてこのザマだ。しばらくは食いっぱぐれも無く良い儲けになりそうだな」

「ああ、この上ウィンストン商店からも金が…」

「おい! 聞かれたらどうする! 口を噤みな」

「ああすまねえ。まずは報告に行かねえとな」

 そう話しながら二人は荷受場の外れに向かって歩いて行く。


 ルイスは考える。”裏で糸を引く奴は簡単に割れたが、どのタイミングで踏み込むかだよなあ…”あまり早すぎると単独犯としてウィンストン商店が切り捨ててしまうが、遅くなれば証拠が無くなる。

 そんな事を考えながら歩いて行くと、二人はウィンストン商店の裏口に回り店員に何か話し始めた。


 しばらく様子を見ていると、中から身なりの良い商店主らしき男が現れて二人と話し始めた。

 何やらしばらく揉めていたようだが、二人が商店主らしき男に盗んだ革袋を手渡した。


 革袋にはライトスミス商会の刻印が押してある。

 これは絶好のチャンスだ!

 ルイスは隠れていた裏路地から飛び出して一気に三人の前に走りこもうとした時だ。

「貴様ら! 動くな!」

 通りの左右から衛士が何人も駆けてきて三人を羽交い絞めにする。


「なにを! いったいどういう事かご説明を!」

「放せ! 俺たちが何をしたってんだ!」

 衛士隊に組み敷かれて三人が怒鳴り声をあげる。

「この二人です。私たちからお金を盗んだのは」

「お金の入った革袋を持っているはずです。調べてください」

 いつの間にかマヨネーズ売りのチビ助二人が衛士を連れて追いかけて来ていたのだ。


「違う! 俺たちは拾っただけだ」

「こんな子供は知らない。俺たちは無関係だ」

 二人組が言い逃れようとしたところでルイスが衛士たちの前に姿を現した。

「俺は見てたぜ。そのチビ助二人にナイフを突きつけていたところをな」

「知らん! 言いがかりだ! 何の証拠がある」

「チビ助の首からかけていた革袋の革ひもをそのナイフで切って持って逃げただろう。革ひもにナイフで切った跡があると思うぜ」

「隊長! その男の言う通り革ひもが刃物で切られています」


「その革袋はこの男が持っている物か?」

「はい、店の刻印が押してあります。銀貨二十二枚と銅貨が五十六枚です」

「ふむ、中を確認してみろ」

「隊長! 銅貨は枚数が有っていますが、銀貨は十枚足りません。十二枚です」


「お嬢ちゃんたち。本当に金額に間違いはなかったのか?」

「はい、革袋の中に領収書が入っています。回収した金額の明細も有りますしそれを確認して貰えばわかります」


 ルイスは思案する。あの二人に袋から金を抜いたような様子はなかった。それに商店主は袋を受け取って直ぐに取り押さえられている。

 いったいいつ金が抜かれた?

 そうこうしている内にウィンストン商店の裏口は多数の野次馬で一杯になってしまった。


「隊長! こちらの二人は銀貨は持っていません。銅貨ばかりのようです」

「あっ! こちらの男が銀貨を持っているぞ! ちょうど十枚ポケットに入っている」

「違う! これは手数料だ! この二人に支払う…」

「革袋の中の領収書の合計とも一致するな。銀貨二十二枚・銅貨五十六枚。この商店主が二人に盗ませた上に上前をはねたに違いない。捕まえて事情を聴こうか」


 野次馬の中から怒号や罵り声が響き渡る。

「あんな小さな子供を襲うなんて!」

「商店主が盗みの上前をはねているなんて信じられない!」

「強欲な盗人野郎め! 恥を知れ!」

 日ごろから鬱憤の溜まっている人々は、口々に商店主を罵倒し始めた。生ごみを投げる物も現れた。


「落ち着きなさい! この三人は衛士隊が連行する! 馬鹿な真似はするな」

 衛士隊の隊長の声に野次馬も矛を収めたが、ウィンストン商店は早々に戸板を下ろし店じまいをしてしまった。

 野次馬もそれを期に口々にウィンストン商店の悪行を増幅させて罵り声を上げながら解散していった。

 商店主の処分が決まって、あるいは無罪放免されても多分営業を再開することはできないだろう。流れた悪評はもう払拭できないのだから。


 いつもいつも俺の見せ場は何処にあるんだと、地団駄を踏むルイス一人が残されていた。

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