第189話 審問会(2)

【2】

「そうじゃ。そうじゃった。あ奴らはポワトー枢機卿に毒を盛ろうとしたのじゃ。この事も糾弾せねばならんぞ」

 ポワトー大司祭が思い出したようにまくし立てた。本当にこの大司祭様は御しやすい。

「光の聖女様の機転で大事は免れたものの、それが無ければポワトー枢機卿の命は断たれておった。ポワトー枢機卿付きの治癒修道女を一人連れて着ておるので証言させよう。それに聖女様付きのその聖導女も襲われておるしな」


 治癒聖導女の証言は私の治癒魔法と治療法や考え方の絶賛を繰り返し、徳の高さを褒め称えるばかりで、最後に私が毒殺を警戒して他者の入室と差し入れを禁じた事を付け加えただけだった。

 ただ賛辞の言葉を告げるたびに陶酔した様な視線を向けて私に同意を求めるのは止めて欲しかった。


 そしてパーセル大司祭の指名でアナ聖導女が事件の経過を、私に対する賛辞と機転を過剰な装飾語を入れて褒め称えながら語った。

 こういう事も恥ずかしくていたたまれないから止めて欲しい。

「出来れば私だけでなく私を助けてくれた州兵の方や聖堂騎士団長様の証言も、聖教会関係者でなければいけないと仰られるなら騎士団長だけでも証言の場に呼んで頂けないでしょうか」

 アナはその言葉で証言を締めくくった。


 パーセル大司祭は無言で他の大司祭たちの方を向き、目線で答えを促した。

「アヴァロン州の州兵では平民ではないか」

「まあ聖堂騎士も平民であろう」

「しかし騎士なら騎子爵が与えられるぞ」

「騎士団長ならば騎子爵か準男爵であろう」

「それなら騎士団長だけなら証言を許そう」

 それを聞いたパーセル大司祭は騎士団長の入出を命じた。結局のところ証言者の身分が一番の関心事のようだ。


 騎士団長は証言席に座ると話始めた。

「先ず儂がこの任務に派遣された経緯から申し述べたい。簡潔に申し上げるのでご容赦願いとう存ずる」

 そう告げるとシェブリ伯爵領に入ってからの経緯を語り始めた。特にギボン司祭の言動については事細かに告げられてゆく。

 そしてアナを拘束した修道士二人がギボン司祭と行動を共にしていた事、実行犯の修道女がギボン司祭と度々何か話し込んでいた事など新事実が暴露された。


「それは我がライオル伯爵を誅殺したことを告げていなかったからだ。ライオル領の聖職者たちはその騎士団長かポワトー枢機卿様の関係者に誅殺されたと思っておったのだ。だからその憤りを宥めておっただけの事」

「配下の聖職者に死体を絨毯で包ませたり、床に放置させておいて憤りを宥めたとはよくぞ言われたものだ」

 聖堂騎士団長は吐き捨てるように言うと口を噤んだ。


「重ねて申し上げる。ポワトー枢機卿様に毒を運んだのは義憤にかられた修道女の独断であると申し述べたい。ただ我があの娘を思いとどまらせる事が出来なかったと言う責任は感じている」

 あの場に居て状況を見る限りギボン司祭に命じられたことはほぼ確実であると思っている。

 そしてその指示を出したのはシェブリ伯爵とシェブリ大司祭だろう。

 私は立ち上がり癌治療の最中に告げられたシェブリ伯爵の言葉を話そうと口を開きかける。


 そのとたん両肩を握られた。

 ゴルゴンゾーラ卿とルーシーさんが左右から肩を掴んできたのだ。

 私は無理矢理に着席させられると、ゴルゴンゾーラ卿が無言で首を振る。

 ルーシーさんは立ち上がりシェブリ伯爵に向かて話し出した。

「この用な危険な状況でポワトー枢機卿様を警護するものが居ないとはどういう事でしょう。聞くところによるとライオル伯爵の死が判明してからも教導騎士の派遣や村内の聖教会への聖職者の増員要請すらされていなかったようですが、シェブリ伯爵領内の村長館に他領の人間だけしかいないなど異常では無いですか」


「それは結果論だ。我々はライオル伯爵領の人間を疑っていなかった。それにこの謀議が漏れる事をライオル伯爵は警戒しておった」

 シェブリ伯爵は全ての責任をライオル伯爵に押し付ける心算である事は間違えないだろう。

 ギボン司祭はそれで良いのだろうか。このままではすべてに罪を被せられるであろうに、そこ迄シェブリ伯爵家に忠誠を尽くしているのだろうか。


「ギボン司祭、それで良いのか。貴女は何か弁明する事が無いのか」

 パーセル大司祭がギボン司祭に引導を渡すのだろう、そう告げた。

「弁明する心算は無い。ただただライオル伯爵の言に迷った我の浅はかさを責めるのみだ。だからライオル伯爵を手にかけた事を後悔はしておらん。ただその罪は甘んじて受け入れる」

「なあギボン司祭殿。本当に其方はライオル伯爵に乗せられたのか? 儂がルーシー殿とセイラ殿を助けに乗り込んだ時、殊更身分差を強調してライオル伯爵が二人を拉致するように唆したではないか。裏切ったウィンストンからアナ聖導女とフィディス修道女が来ると告げられていたのがこの二人だったので都合が悪かったのではないのか。だからライオル領内に連れ去ろうとしたのでは」


「何をバカな。ライオル伯爵はルーシー・カマンベールとカマンベール男爵領に執心であった。それにその娘だ。連れ帰ろうとして当然だろう」

「それともう一つ、ジャンヌ様に治癒を望むならなぜ遠い西の関所を通らせた? 東の関所に導くのが道理であろう」

「知らんな。ライオル伯爵のは如何愚かだったのか、何か指示の行き違いが有ったのか」

「その割には動揺も無ければ、儂らにジャンヌ様の旅程は把握している素振りだったではないか」

「いったい何が言いたいのだ」

「其方、初めからジャンヌ様に治療をさせる心算など無かったのではないか? あの自死した修道女を使ってポワトー枢機卿様を殺すつもりだったのではないか? あの修道女をジャンヌ様と偽って治癒処置の失敗に見せかけてな。だからジャンヌ様が領境を抜けたと言う事実さえあれば接触が無い方が良かったのではないのか」

 聖堂騎士団長の問いに、厚顔なギボン司祭が声を荒らげた。


「何の証左も無くこの我を侮辱するとは…。マリナーラ枢機卿これは看過できませんぞ」

「良い! 先ずは全て話して見よ騎士団長」

 マリナーラ枢機卿を手で制してパーセル大司祭が続きを促す。

「ギボン司祭。あの死んだ修道女の名前を教えて頂けぬか?」

「一修道女如きの名など覚えておらぬ」

「なら儂が言おう。持っておった聖珠ロザリオに名が刻んであった。ステラ・シャトランと」

「それがどうしたと言うのだ。それと我に何が関係あると言うのだ」

「なあ、ギボン司祭。儂の名字を知りたくないか」

「其方もシャトラン家の縁者とでも言いたいのか!」

「いや、儂の名はカール・ヴァランセ。この姓に何か思い当たる事は無いか?」


「「ヒッ!」」

 ギボン司祭とシェブリ大司祭の顔色が変わった。それでもギボン司祭は声を抑えて答える。

「だからそれがどうしたと言うのだ」

「ポワトー大司祭様、この名を言えばお分かりになりますかな。シルヴィア・ヴァランセ、かつてポワトー伯爵家のメイドをしておった儂の妹の名前です」


「ワシは知らんぞ! 殺せなどと命じてはおらん。それなりに処遇する心算じゃった! あれはシェブリ伯爵家が勝手にやった事じゃ!」

 その名を聞いていきなりポワトー大司祭が錯乱したように喚きだした。

「落ち着かれよ! ポワトー大司祭殿。醜態が過ぎますぞ。我がシェブリ伯爵家はポワトー枢機卿様の意を受けての事。しかし今はその事とこの審問とは何もも関係は無い」

「そうだ。それがこ件と何の関係が有る。それで我を糾弾しようと言うなら逆恨みではないか」

「逃げ延びた召使いからはシェブリ伯爵家の聖導女が首をはねたとしか聞いていない。それが其方と言う確証も無い。其方がその時シェブリ司祭付きの聖導女だったとしても」

「ああ、その通り。我は与り知らぬ。それにこの件とは何も関係は無い」

「この話は事のついでだ。本題は死んだ修道女の名前じゃよ。その時警備の不手際を咎められて廃嫡になった準男爵の一家がシャトラン準男爵家だった。死んだ娘はその縁者、娘だったのではないか? 其方にポワトー伯爵家の恨みを吹き込まれて手駒に使われたのではないのか?」

「偶然だ! 苗字の合致などいくらでもある。そもそもすべて憶測ではないか。証拠も無しにこの様な仕打ちは耐えられぬ」

 ギボン司祭は震える手で水差しを掴むと水を汲もうとした。


 ガシャーーン

 大きな音が響き渡り、水差しが落ちて砕けた。

「失礼。手が滑った。誰か我に水を持って来てくれぬか」

 手伝いについていた修道女が控えの間に入ると、入れ替わりでコップを持った修道士が入ってきてギボン司祭に手渡した。

「少々興奮して疲れたようだ。のどがカラカラだ」

 そう言うとコップの水を一気に飲み干した。

 ニヤリと笑ったギボン司祭の手からコップが滑り落ちる。

 それと同時にギボン司祭の身体も床に崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る