第99話 弾圧の始まり
【1】
「耐えろ! 一度捨てた…、俺は二度棄てて今ここに居るんだ! ここで死ぬために生き残って来た! こいつ等と死ぬのが俺の使命だったんだ!」
その男は初めはモン・ドール侯爵領のジュラの街の州都騎士団に嘆願して市民開放要求書を読み上げて捕縛された。
そこで首を刎ねられる覚悟して臨んだが、領城に晒されたのは彼の目の前で刎ねられた殺人者の首であった。
しばらくの間ではあるがそのまま騎士団に監禁され戦闘の訓練や籠城の方法などを指導された。
その間に同じような男たちが数人州都騎士団に収監されて来ていた。
男はある日金貨を二枚渡されてジョアンナ様の顕彰を求めて人を集めろと命じられて放り出された。
その金を持って逃げる事も可能だったが、宛がわれた馬車に乗り押麦を大量に仕入れてペルラン州の州内を回り同志を集った。
麦が尽きかけると金貨を持った使いが来て、そのまま二十人余りの農民と共にヨンヌ州に連れて行かれた。
ヨンヌ州の州境から州兵の手引きを受けてアルハズ州の入ると、ここでも村々を回り聖女ジョアンナの正義を訴えて州都に向かって行進を始めた。
今度こそはここで死ぬと思ったが、それより先にペスカトーレ教皇がジョアンナ様の枢機卿位の追贈を宣言したのだ。
行動は通じるのだと思った。
このままアルハズ州の州都マンステールに向かいしみんに開放要求を宣言して領主のマンスール伯爵家に交渉が出来ると思ったのだ。
州都に着くころには州内のアントワネット派の村人を吸収して大集団に膨れ上がっていたが、結局街の城門前で解散する羽目に陥った。
各村々で集まって来た村々の指導者たちと共に州都騎士団に捕まり今ここにいる。
州都騎士団や州兵は農村からの徴用者が多いからだろう、男達には好意的であったがだからと言って軍命であれば躊躇なく制圧すると言い残して去って行った。
当面は聖教会私領での諍いだと断じて不介入を貫くだろうが、支援も望める訳では無い。男は今や脱獄犯扱いなのだから。
それでも聖教会に立て籠もる農民たちは、曲がりなりにも軍事訓練を受けている男二人によって反乱民の状態を保ち始めてきた。
腹を括って全員が死ぬつもりで立て籠っている。
【2】
教導騎士団は焦っていた。
これまでに反乱農民の一団は半分以下まで削り取ってもう数日で壊滅するだろう。
しかし日増しに農民の死者は増えているが教導騎士達にも被害が広がっている。
教導騎士団に十人に迫る死者が出ているのだ。
これまで教導騎士団の一方的な蹂躙だけだった。
重装騎兵相手に鎌や鉈がどれだけ効果が有るのか。何よりも近づく前に長槍で一刺しされればそれで終わりだった。
長槍相手に鉈や斧でも届くわけが無いのだから騎士達は舐め切っていたのだ。
それが急に状況が変わった。
テーブルや扉などの樫の板を盾代わりにして、聞いた事も無い魔術と思しき方法で抵抗し始めた。
おまけにバリケードの上から水魔法と火魔法を使って熱湯を落としてきたり、聖教会の塔の上から崖下の上り坂目がけて大量の石を落としたりと反撃を始めたのだ。
斧を持った農民がバリケードの上から体重をかけて甲冑目がけて飛び降りてきたりもした。
襲って来た八人の農民は刺殺されたが、教導騎士も三人が重傷を負った。
逃げ落ちた者もかなりいたが、立て籠った農民は殲滅されてアルハズ州の反乱は終結した。そして教導騎士団の被害も甚大であった。
最終の決戦では指導者と思しき二人の男が鹵獲した鎧と長槍で武装し抵抗してきた。
最期は多数の教導騎士に串刺しにされたが、若い教導騎士を一人道連れにしていったのだ。
結局教導騎士団の死亡者は十二人、武器が持てなくなった重傷者を加えると二十五人にも及んだ。
教導騎士団はいつもの様に勝利宣言を出さなかった。教導騎士団が制圧したというには被害が甚大過ぎたのだ。
領内の反乱農民はこれでほぼ掃討されたのだが、逃げ延びた者が州内のあちこちに散らばっているのでどこで又同じような反乱がおこるのか判らない。
実戦経験の有る農民が州内に散らばっているのだ。
火種はまだ燻ぶり続けている。
【3】
その日アントワネット・シェブリ伯爵令嬢はマンステールの街の大聖堂に姿を現した。
事前の告知も無く、マンステールの大聖堂の鐘が早朝に葬送の鐘を打ちい鳴らした。何事かと集まった民衆に対して何の発表も無く、午前中の鐘は全て葬送の鐘であった。
正午には何か発表が有るのではと思った民衆で教会前の広場が埋め尽くされた。
いつの間にか聖教会の入り口に演台とメガホンが準備されている。
そして正午の鐘が鳴り響くと共にアントワネット・シェブリ伯爵令嬢が演台の前に現れたのである。
『この州で殺人的な強奪行為に及んでいる者たちがいます。ハッキリと申し上げましょう。この地に蔓延る反乱者たちがいるのです。彼らの反乱が神の秩序に反するものであり、彼らが掲げる聖典に基づいた正義の主張は、実際には聖典を悪用しているものです。私の慈悲と教皇猊下のお言葉を曲解している彼らは教導派の信徒と許されるものでは有りません』
この発言に辺りは静まり返った。
いつの間にか群衆を大量の教導騎士達が取り囲んでおり、その眼は殺気立っている。当然ついこの間まで反乱農民との戦場で生死のを伴なう戦いをしてきたのだから。
『貴族の、聖教会の権威は創造主がお与えになられた尊きものであります。ですから領主様方はその権威を行使して秩序を維持する義務があるのです。その創造主のお考えに逆らい暴徒化した農民たちを鎮圧すべきは領主様方の責務であると申し上げましょう』
その言葉に教導騎士達が一斉に大刀を籠手で叩いて雄叫びをあげた。
『反乱者たちよ! 秩序に対して武器を掲げる農民たちよ! 自分たちの行動が神に対する反逆であると認めて悔い改めるように強く求めます。今すぐ創造主に唾する行為を止めて悔い改めなさい。もう既に何人もの教導騎士が命を落としているのです。これ以上の罪を重ねる事を止め縛について、その命を教導騎士団に委ね悔い改めなさい。さすれば死後の罪科は許されるかもしれません』
とうとう教導騎士達は大刀を鞘から抜きその側面を左手に持った抜身のナイフで叩き始めた。
集まった市民たちは血の気の引いた顔でその騎士達の行為を見つめ続けていた。
「裏切り者! この裏切り者が!」
群衆の中から怒鳴り声が響いた。
集まった群衆は大なり小なりアントワネット・シェブリ伯爵令嬢に対してそう思いを抱いていたのだろうが、この状況でそれを口に出す事は出来なかった。
案の定叫んだ男は近くにいた教導騎士にいきなりダガーを突き立てられて、それ以上の言葉を発する事は出来なかった。
瀕死のその男はそのまま広場の石畳に押さえ付けられて群衆の前で教導騎士に首を落とされた。
血が滴る首を持った教導騎士が、血まみれの鎧で群衆の中を通り抜け演台の前に歩いて行った。
演台の前で跪くと血まみれの籠手で生首を掲げてアントワネットの前に示した。
『どうかこの背教者である男が死に際に悔い改めている事を、そして死後の安穏を得られる事を』
冷酷で無機質な視線をその首に向けると祈りの聖句を呟いて踵を返し大聖堂の中に消えて行った。
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