第140話 暗殺者

【1】

 王宮治癒術士団はもう使い物にならない。

 王太后殿下は心拍も呼吸も戻ったが、意識はまだ戻っていない。

 ゴルゴンゾーラ公爵家の治癒術士たちが後を引き受ける事になり、王太后殿下はこの離宮の客間に随員たちを手伝わせて運び込ませた。


 フィディス修道女は王太后が目覚めた時側にいると何をされるか分からないので引き揚げさせた。

 客間の応接で待機である。

 選抜した人属の治癒修道士と修道女が四人で交代しながら心拍と呼吸のモニターに着いた。


 随員三人とまだまともそうな王宮治癒術士が数名、ヨハネス卿が連れてきた獣人属メイドと共に各間の応接に鎮座している。

 正面のソファーにはヨハネス・フォン・ゴルゴンゾーラ卿がどっかと腰を掛けて、開け放たれた寝室のドアの中を睨みつけていた。


「ジョン王子殿下、悪いが俺はこの客間の応接で泊まらせて貰う。大切な我が家の治癒術士やメイドが居るのでな。あの性悪女の端に誰も付けずに留め置く事は出来んからな」

「これといったもてなしも出来ませんがそれで宜しければ、後で茶や夜食などを手配させましょう。ソファーで眠る事になりますが宜しいのですか」


「殿下には悪いが、俺はお爺様の命を奪ったのもあの女だと思っている。ここで今宵あった事を思い出しながらあの女が目覚めた時に真相を聞いてどんな顔をするかを想像しておると少しは留飲も下がる。そうさせてくれ」

「いえ、多分お爺様も手にかけて今宵母上にまで…。そのお気持ちは理解致します」

「それよりも殿下は王妃殿下のもとについていてやる方が良いであろう。今後の事も有ろうからその算段もあるだろう。其方ももう力尽きたろう、セイラ・カンボゾーラ。今日は良い物を見せて貰った、眼福だ。だからもう休め」


「うるさーい! もうそれ以上言うな!」

「セイラ・カンボゾーラ、其の方のベッドは母上の横に設えて有る。悪いが今夜はついていて欲しい。大事は無いと言われても心配なのだ」

 ジョン王子が私に頭を下げる。


「そんな事全然大丈夫よ。私はベッドの横に椅子を置いて寝るつもりだったのだから。それより殿下も付いてあげた方が良いわ」

「それなら椅子を置いて横で寝る役目を俺が頂こうか」

「男子禁制だけれど仕方ないわね」


【2】

 王妃殿下の寝室に戻ると応接に待機していたイヴァン達が露骨に私から目を背ける。

 言いたいことは解るが何やら不快極まりない。何も目を背けられるほど汚い物でも無いだろう。


「なによ。言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」

「お前、下着姿を見られたからってそんな八つ当たりは無いだろう。そもそもお前が悪いんだからな」

「だからそれに付いて文句は言って無いわよ。あなたたち御態度が悪いと言っているだけよ」

「それこそ八つ当たりだろう」

「そうだ、そうだ」

「今日の事アドルフィーネに言ってやる」

「ヨセフ・エンゲルス! そんなことしたらただじゃおかないわよ!」

「言わない言わない言わないから!」


「もうそれくらいにしておけ、セイラ・カンボゾーラ。それよりもこれからの事だ」

 事態は一段落ついたが何も解決していない。

 私たち五人はソファーに座って現在の状況を整理する事にした。


 王妃殿下の食事に誰かが毒を盛ったことは間違いない。ただその毒が何処で盛られたのかは分からない。

 そして毒見役は行方をくらませたままだ。私の予想ではどこかで骸になっているだろう。

 今現在で離宮の警備に当たる近衛騎士は離宮内やその周辺の探索と警備についている。しかしその近衛騎士も私たちでは誰が信用が置けるのか判断が付かない。


 だからイヴァン達三人にこの部屋の警備を頼んでいるのだが、警備隊の近衛騎士が複数でこられれば勝ち目はない。一人でもこちらに被害が出る事は確実だ。

 三人は警備隊からショートソードは貸し出されているが鎧や防具を着ているわけでもない。


「ジョン王子殿下、そろそろ毒見役を解放してはどうかしら。身元は判明しているのだし不審点があれば後で呼び出しも可能。これ以上拘束する理由もないわ」

「で、本音は?」

 ウラジミール・ランソンが問いかけてくる。

「アドルフィーネとナデタが合流すれば戦力的にアップするわ。それにカロリーヌ様のメイドも使えると思うの」


「ああそれは賛成だ。ナデタなら近衛一人分の戦力に数えられる」

 イヴァンが即座に賛成した。

「そうだな、すぐにかからせよう」


「後はこれからの事だな」

「場合によって刺客が襲ってくる可能性もあると思う。王妃殿下が信頼する第十中隊の中隊長とか言う方を呼びに行って貰ったけれど、その方が来るまでに何かあるかも知れないし」

「疑いたくはないがこの状況では、俺はこの離宮の者が誰一人信用できない。情けない話、俺もこの離宮で暮らしたのは三歳までで後は俺の別邸に移ったからな。幾たびもここを訪れているが、そこまで信用が置ける者がいるかというと俺で判断がつかん」


「その中隊長が着くのが鐘半分程度、一刻くらい先になるだろうとの事だ。それまで何事も無ければ良いのだけれど」

 それってフラグって言うんじゃないのか?


【3】

 まずエヴァン王子のサーヴァントが帰って来た。この状況で信用しきれない者を置くつもりも無いので、その時点でメイド達はジョン王子に退室を命じられた。

 エヴァン王子のサーヴァントは応接に入るなり、ドア横に立って外の様子を伺い始める。


 そして王妃殿下の寝室に初めに帰って来たのはナデタだった。

 身分の高い者の毒見役から順番に簡単な聴取と身分確認がなされて解放されて行くのだ。

 エヴァン王子のサーヴァントの次がエヴェレット王女のメイドのナデタである。留学生三人のサーヴァントもセイラカフェやサロン・ド・ヨアンナのスタッフから選抜された者だ。


 アドルフィーネが帰って来るのは少し先になりそうだけれど、ナデタが帰って来てくれて少しほっとした。

 ナデタはすぐに王妃殿下の寝室の扉を開いた中に入るなり、ポツリと一言溢す。

「何か気配を感じます」

 私たちは勢い込んで立ち上がった。


 ナデタがゆっくりと寝室に入って行く。

 部屋の中にはカタリナ修道女と王立学校の修道女二人、それにゴルゴンゾーラ公爵家の修道女が五人という大人数だ。


「誰か殺気を撒き散らしている者が居ります」

 そう言うと足音も立てずに壁際のクローゼットの前の藻塩やピッチャーの置かれたローテーブル前に移動した。

「そっこ!」

 そして片手でその横の椅子の背を掴むと、その足をクローゼットの扉に叩きつけた。

 椅子の足はクローゼットの扉を粉々に砕いてその中に突き立った。

 その下を潜ってナイフを持った男が飛び出して来る。


 ナデタはすかさず黒檀製のローテーブルの猫足を掴むとその男目がけて横に振り抜いた。

「がっ!」

 ローテーブルはその男のアバラに直撃し、その勢いで男は部屋の中央に飛ばされる。

 イヴァン達が抜刀して部屋になだれ込んだ。


「いったい何事です?! 何が起きたのです」

 破壊音で目を覚ました王妃殿下に覆いかぶさり修道女たちが人の盾になる。

 男はターゲットをナデタから王妃殿下に移したようだ。


 ナデタはローテーブルを盾にして男と王妃殿下の寝台の間に割って入った。

 振り下ろされたナイフは黒檀のテーブルに弾かれて貫く事が出来ない。

 即座に方向を転換し今度は扉前で抜刀しているイヴァン達に向かう。

 エヴァン王子のサーヴァントも私もイヴァン達の後に続こうとした時、私の視線の横を何かが高速で横切って行った。


「ギャー―!」

 男の右眼にステーキナイフが突き立っていた。

「リオニー!?」

「いけませんよ、素手で不用意に前に出ては。ナイフに毒が塗ってあるようですから」

 陰気な声が部屋に響いた。


 右眼にナイフを突き刺したままナイフを振り回そうとする男に向かってイヴァン達三人のショートソードが突き立った。

 男の背はナデタの持つローテーブルで押されている。ナデタに背中を押されたまま寝室の外まで押し出された男は三本のショートソードでローテーブルに磔状態にされて絶命していた。

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