第141話 毒使い

【1】

 ゴドン!

 寝室の大扉の前に刺客ごとローテーブルが置かれた。

「母上!」

 ジョン王子が一目散にベッドに向かう。

「ナデタ! ほかに刺客が居ないか家探しして!」

 その声にナデタとイヴァン達、そしてエヴァン王子のサーヴァントが寝室に駆け込む。

「失礼致しますハー・ロイヤル・ハイネス王妃殿下

 さすがサロン・ド・ヨアンナ出身のサーヴァントだ。こんな時も礼節を忘れない…てっ、そんな感心している場合じゃない。


 寝室の大扉の床の真ん中に大振りのナイフが突き立っている。刺客が握っていたナイフが手から落ちて刺さったのだ。

 抜いて拾い上げようとすると声がかかる。

「ダメですよ、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様。毒が塗ってあるのでしょう。危険です」

 陰気な顔をしたメイドが私の横に立っていた。


「あなたは…確かカロリーヌ様の所の…」

「ベアトリスと申します。よしなにお願い致します」

 ベアトリスはそう答えるとおもむろに胸元から鹿革の手袋を取り出すと両手にはめてナイフを引き抜いた。

 その頃には、ロックフォール侯爵家の毒見メイドや他の三人の留学生のサーヴァントたちも部屋に上がってきてその惨状に絶句している。


 ベアトリスはナイフの刃を眺めたり匂いを嗅いだりしていたが、おもむろにポツリと言う。

「夾竹桃系の毒ですね。アーモンドの様な臭いがその証拠です。かなり強い毒で即死もあり得ますね」

 淡々とそう言い放つと足元にあった銅製のゴミ箱にポイと放り込んだ。

「あっと、銀食器は役に立ちませんよ。夾竹桃の毒は銀に反応しませんから」


「その娘の投的技術はリオニー直伝です。毒物の知識が豊富でこう言う仕事には適任だとナデテが褒めておりました」

 ナデタは私にそう言って寝室から出てくる。

「セイラ様、もう怪しいものはおりません。確認は完了いたしました。それからベアトリスは王妃殿下のお側で毒物の警戒を、サーヴァントたちは床の掃除と死体の片付けを、毒物のプロのようだからテーブルごと移動して遺体には手を振れぬ様に」


「この男、王妃殿下の毒見役だった男だな」

「ああ間違いないな」

 遺体を運ぶサーヴァントから声が上がる。

 ロックフォール侯爵家のメイドもその顔を見て首を縦に振った。


 私は王妃殿下の寝台の方を見る。

「間違い御座いません」

「ええその男でした」

 ナデタとベアトリスが肯定する。


「母上、俺はあの男に心当たりがないがどう言う男だろ」

「知らない、私の毒見係はずっとメイドのフランシスで男ではないわ。そもそもあんな男、我が離宮のサーヴァントに居ない」

「チッ! やられたな。フランシスの代わりに紛れ込んだのだろうが手引きした者が複数いるはずだ。誰もかれも信用ならん!」

「今あった事はこの部屋から外には漏らさないで、どこに敵がいるか分からないから。イヴァン達も部屋には帰って来る毒見役以外は中に入れてはダメよ」

「ああ、それ以外は寝室に判断を仰ぐが…その女の毒見役はもしかして…」

「多分…殺されている可能性が高いわ」


「おおフランシス、まさか…いったい何が起こっておるのか? ジョン、私は怖い」

 この男は王太后にドルチェを持って行って帰っていないと聞いている。ならば事件の起こった直後にはもうこの部屋に逃げ込んでいたのだろう。

 なら手引きしたのはメイド長やその近辺の部屋付きメイド…、いや警備の騎士団も信用できない。敵だらけじゃないか!


「大丈夫です母上、この部屋に居るのは王宮の利害に関係ない俺の信頼できる仲間とその部下だけです。それに今は王太后も俺たちの手の内にある」

「ならば王太后の奪還に来るものがおるのでは?」

「王太后の居る客間にはヨハネス・フォン・ゴルゴンゾーラ卿がご自慢の治癒術士隊とメイド隊を引き連れて鎮座している。あのセイラカフェ出身のメイドが複数いるのですから」


 その頃になって近衛警備騎士が部屋にやってきて私室のドアを叩いた。

「ご苦労であった。後は我々が…」

 ドアの外から声がするのをジョン王子がドア越しに返事をする。

「待て! もう直ぐ第十中隊のカプロン中隊長が到着する予定だ。その時点でカプロン中隊長の指揮下に入れ。それまではこの体制を維持する。引き続き離宮内外の警備と調査を進めよ」


「しかし王子殿下」

「くどい! 王太后の警備も有るのだ。こちらに手を取られて王太后に何かあれば更に母上に不利な状況になるのが分からぬか!」

「ハッ! 了解いたしました」

 そう言って近衛警備騎士は王妃殿下の私室前から退去して行った。


「オーイ、セイラ・カンボゾーラこちらに来てくれ。この部屋でイヴァン達と今後の打ち合わせをする。エヴァン王子のサーヴァントは応接の扉を閉めた上、侵入者の警備を。ナデタとベアトリスはここに残ってくれ。それからカプロン中隊長が来たら教えてくれ。アドルフィーネも戻ったら…」

「アドルフィーネにはカプロン様が来るまで応接の指揮を執って貰いましょう」

「主人がこう言っていると伝えてくれ」


 そうしてジョン王子の呼びかけに答えて寝室に入るとサーヴァントによって扉が閉められた。


【2】

 ジョン王子の口から王妃殿下が寝室に運ばれてからの経緯の説明がなされた。

「しかしその様な事が。心の臓が止まった者が蘇るなどと言う事が有るのか?!」

「それが有ったのです。紛れもなく事実です。俺だけでなく、メイドやサーヴァント、ゴルゴンゾーラ公爵家の一同や王太后の随員も眼にしている。何より王宮治癒術士団の全員が見ておりましたから。治癒術士団の団長は錯乱しておかしくなっておりましたな」


「その様な奇跡が行われたのか…」

「セイラ・カンボゾーラが申すには当然理屈が有って、起こるべくして起こった事のようですが。何よりゴルゴンゾーラ公爵家の治癒術士隊は当然の様にしておりましたし」

「しかしそれは神の御業であろう」

「奇跡ではなく技術です。聖女ジャンヌ・スティルトンの編み出した治癒技術で、条件さえ整えば無し得る技術なのです」

 カタリナ修道女もゴルゴンゾーラ公爵家の修道女も当然のように大きく頷いている。


「凄い…カタリナ様、いえセイラ・カンボゾーラ様、私を弟子に取って頂けませんか。」

「わたくしもお弟子に、実家や宗派のしがらみなんて関係御座いません。是非に」

 王立学校の二人の修道女が片膝をついて聖印を切る。

 そんな風に崇めるのは止めて欲しい。


「凄いのは聖女ジャンヌさんであった私では無いの。でも望むならカンボゾーラ子爵領の治癒術士養成所に受け入れてあげるわ」

「其の方はジャンヌにだけは謙虚だな。まあ良い、かの聖女はそれだけ素晴らしいという事だ。さあ話を続けるぞ」


「今日の事は奇跡起こした事として其の方に重ねて礼を言う。あの様な方でも今ここで死なれれば俺も母上も面倒な事になるところだったのだ」

「でも良いの、それで? どう考えても今日の事件を引き起こしたのはあの人よ。でなければあのタイミングでここに現れた説明がつかないわ」

「それも含めてだ。あのまま死なれては今日の事件もウヤムヤの内に終わらされていただろう。王太后の独断ならいざ知らず、他にも関係者が居ればまた母上が狙われる事になる。だから療養を理由に王太后はこの離宮に閉じ込める」


「隣に王太后の離宮が有るのにそれは難しいんじゃないか」

「今の状態ならばだ。しかし奇跡を起こす聖女とその聖女が率いる治癒術士が在住しているなら話は別だろう」

「おお、それはそうだ。殿下の話では王宮治癒術士団はまったく何も出来なかったそうだしなあ」

「どうせ王宮治癒術士団は当てに成らないなら、ゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家から治癒修道女を借り受けて、さっき言っていた治癒院とかの卒業生も雇い入れればいい」

「母上宜しいでしょうか?」

「わたくしとしては願っても無い事だ。王宮治癒術士団は信用ならん」

「それで決定だな。という事でセイラ・カンボゾーラ宜しく頼む」


 宜しく頼むって、おい! それって私にここに居ろという事だろう。

 私の意志は? 私の自由は? 少しは考慮に入れろよ! これだから王族は嫌いだ!

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