第45話 懺悔(2)

【3】

 新型アバカスも商談が相次いでいるのだが、これとリバーシに関しては聖教会案件である。

 特にアバカスは聖教会での喜捨が前提となるので商談は難しい。

 それでも個人的に購入を希望し清貧派の教えならと聖教会の教室に赴く商人も少なからず現れ、聖教会の聖堂に獣人が混じる光景が普通に見られるようになった。

 その為私の聖女認定に拍車がかかり更に聖教会に行き辛くなってしまった。


 そして今度はリバーシである。真似しやすい製品の為聖教会を巻き込んで専売権を得た物の、セイラカフェでの射幸性の問題が発生してしまった。

 それに加えてハウザー王国での模倣品の発生は確実であろう。

 そんな事のせいで獣人属と清貧派の関係にヒビが入る様な事は起こしたくない。


 対策は考えてある。リバーシの儲けは大きいのだが欲を出して教導派に足を掬われたり獣人属との溝を作っては元も子もない。

 ここは思い切って工房での製造業務を聖教会に移して、ライトスミス商会は代理販売のみに切り替え、ライトスミス木工所はオーダー品のみの製造に特化しようかと思う。


 販売権は商会が握っているので収益は大きくは減らない。製作も簡単なので、現在チョーク箱を作っている聖教会のチョーク工房で作る事が出来る。聖教会はその報酬が収入として増える。

 木工所も人手不足の解消になる為父ちゃんも賛成してくれている。


 あとは聖教会の仕事になるのだが、ハスラー王国の国境沿いの聖教会の清貧派勢力に働きかけて聖教会教室を併設した木工工房を設ける事は出来ないだろうか。

 賭博に使われない為に、聖教会でキッチリと教えを施したものにのみ購入を許可するとかの名目で聖教会教室を立ち上げられれば良いのだけれど。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 聖教会に赴くとニコライ司祭長、ヘッケル司祭、アグニア聖導女、アンドレ聖導師が四人そろって迎えてくれた。聖教会の幹部総出である。

 …これだから来たくなかった。


 先手を打ってまずは謝罪である。

「司祭長様、今日は実は謝罪に参りました。リバーシが人気のあまり賭博の対象にする不届き者が現れてしまいました。陳謝いたし懺悔させていただきます」

「ああ、セイラ様お顔をお上げ下さい。なにも貴女が懺悔する必要など御座いますまい。その不届き者を見つけて諭したのも貴女だと伺っております」

「それでも種を蒔いてしまったのはわたしの罪です。懺悔もかねて御付与頂いた製造権を返納しに参りました」


 四人の顔に一様に驚愕の表情が走った。

「そもそもは聖教会の刻印の盤上で闇と光の聖属性が並んでいるさまを思い作った物なのですがこのような事に成り残念でなりません」

「何とも清廉なお心根ではありませんか。そのような事を仰らずともセイラ様には責任は御座いません」


「それでは私の気がおさまりません。製造権は全て聖教会にお返しし、救貧院か聖教会工房での事業として下さい。販売もご自由にしていただいて構いません」

「しかしセイラ様、それでよろしいのですか」

「そもそもは救貧院と工房の人たちの為に始めた事です。すべては有るべき場所に還っただけの事で御座います。最近では貴族の方からも豪華な特別品の注文もいただいておりますのでご喜捨も増えるかと存じます」


「おお、おお、何ともお美しい御心では御座いませんか。されど我々は清貧を旨とするもので御座います。そのような豪華な物の製造は受け有れません。それは引き続いそちらの工房でお願い致します。又聖教会では販売は憚られます。今まで通りライトスミス商会でお願いできないでしょうか」

「慈悲深いお言葉をありがとうございます。それでしたなら聖教会から収められた品に関しては、今まで通り売値の一割の販売手数料だけを頂き代行させていただきます。あとは聖教会で良しなに取り計らっていただければ…」

 …言質はとれた。あとは明日にでも契約書を持って来ましょうか。


【4】

 舌先三寸で司祭長を言いくるめた上に聖女評価まで爆上げさせてしまった罪悪感に苛まれつつ、今私はヘッケル司祭と向かい合っている。

 個人的に質問が有ると言って時間を割いて貰ったのである。

 もちろん二人切りなどありえない。アグニア聖導女が立ち合いでヘッケル司祭の隣に座っている。

 そこに茶器の盆を持ったアニエス修道女見習いが一人の少女を連れて入ってきた。

「フィデス修道女見習い、セイラ様にご挨拶いたしなさいませ」

「セッ、セイラお嬢様お久しぶりでごっ、御座います」


 頭の上の三角の耳をピョコピョコさせながら緊張した面持ちで頭を下げる少女を見て驚愕する。

「あっ、あなたはフィデスちゃん。本当に久しぶりね…」

 以前ライトスミスのチョーク工房に通ていた猫獣人の子だ。

 聖教会に引き渡す前のチョーク工房にはかなりの数の獣人属の子が通っていた。聖教会工房に変わった時にはその子たち全員の雇用を保証して貰っていたのだがまさか修道女になっている子がいるとは。

「セイラ様のご尽力のお陰でこうして修道女見習いになる獣人属の娘も出てまいりました。アバカス教室や聖教会教室に通う獣人属も増えて敬虔な信者になる人も増えてきたのですよ。最近ではアバカス教室にハウザー王国の商人の方もいらっしゃって、ラスカル王国の清貧派に帰依された方も現れたのです」


 …確かフィデスちゃんは今年で十歳。聖教会教室を卒業して直ぐに修道女に成ったようだね。

「フィデスちゃんは確か妹がいたよねえ。お母さんも妹も元気なの?」

「はい、フォアは聖教会教室に通ってチョークを作っているです。お母さんは新市街の仕立て屋でお針子をしています」


「ヘッケル司祭様。もしも、もしもで御座いますが、ハウザー王国の聖教会でもここと同じような聖教会教室と工房を持つ事は叶いませんでしょうか」

「‥‥‥どういう事でしょう?」

「確かフィデスちゃん達はお父様を無くしてハウザー王国から逃れてきたと伺っております。ハウザー王国の農村の生活はラスカルとは比べ物にならないほどに厳しいとフィデスちゃんのお母様は仰っていました」


「はい、ハウザー王国では農民でも土地を持てない人が多いので農家の働き手が無くなるともう生活が出来ないです。お針子や機織りの職人はお給金が安くて女子供だけではなかなか生きて行けません」

「ですからハウザー王国の孤児や貧しい子供を助けるためにチョークとリバーシの工房を立ち上げる事は出来ないでしょうか。どうせハスラー商人達がリバーシ盤を真似するでしょう。その前に聖教会で賭け事に対する罪悪を教える為、教育を施してリバーシを専売する様にできればと思うのですが」


 フィデスちゃんはしばらくポカンと私の顔を見ていたが、急にアグニア聖導女に向かい跪き聖印を切ると話し出した。

「聖導女様、是非に、是非にセイラお嬢様のお話を実現させてくださいませ。お願いで御座います。ハウザーでは私の従姉妹達やお友達が沢山飢えて苦しんでいるです。チョーク工房で貰っていたくらいの銅貨が稼げれば、ハウザーでならゴッダードの三倍の子供が食べて行けるです。お願いで御座います。従姉妹やお友達をお救い下さい」


 ヘッケル司祭はフィデスちゃんの頭を優しく撫ぜながら言った。

「セイラ様。今、聖教会にはハウザーから来た信者もおられます。ハウザーの商人の方々も見えられています。その方たちを通してあちらの聖教会に働きかけてみましょう」

「この間からハウザー王国での家具やチョークの販売を委託している商会の方がいらっしゃいます。その方の商会を通して動いて貰えるようにご相談の場を設けさせて貰ってもよろしいでしょうか? その方も清貧派の信者であちらの聖教会の清貧派の幹部の方と繋がりが有る方ですので」


「それは有り難い事です。是非よろしくお願い致します。しかしチョーク工房迄ハウザーに移すと折角のセイラ様の商会とのつながりが切れてしまいませんか?」

「そこはハウザーでのチョークの製造は卵の殻だけとしたいのです。幸いハウザー王国には救貧院は有りません。ですので貝灰の粉砕は子供には辛い作業です。なのであちらでの主力はリバーシ盤にすれば、木工職人としての経験も積ませる事が出来るでしょう」


「素晴らしい! これなら冬の間に準備を済ませて春にはいくつかの聖教会で工房と教室を開く事が出来るかも知れません。いえ、必ずや春にはセイラ様に良いご報告をして見せましょう」

「そうですわ。早ければ早い程救える命は多くなります。フィデス修道女見習い、あなたの願いはこのアグニア聖導女が必ずや叶えて差し上げましょう」


 …いや、煽っては見た物の思った以上の大事になりそうだ。


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