第46話 会議

【1】

 ヘッケル司祭の提案を受けたニコライ司祭長の行動は早かった。

 極秘に話を進めたいのでハウザーの商会との会合は聖教会以外のところでという提案だった。


 明後日の午後にメイドカフェの方を貸し切りにして、ハウザー系の清貧派信徒やゴッダードにあるハウザーの商人連合の幹部、そして今回ライトスミス商会と提携を結んだハウザー王国のヴォルフ商会ルドルフ・ヴォルフ商会長というメンバーを揃えた。


 聖教会側もニコライ司祭長とヘッケル司祭、アグニア聖導女はフィデス修道女見習いを連れて来ている。


 そしてハウザー王国の聖教会からも司祭と修道士が来ていた。

「ハウザー王国で志を同じくする同志であられるドミンゴ司祭とニワンゴ修道女で御座います」

 南方人らしい褐色の肌の人属でドミンゴ司祭。そしてハウザーでも珍しい鳥系獣人のニワンゴ修道女が頭を下げる。

 ハウザーでも人属の司祭が居るのかと思いつつ、私も黙礼する。


 ライトスミス商会のメンバーは、私の補佐として信頼できるエマ姉とエドを加えて三人。店員も人選しミゲルとルイスをカウンターに入れた。店員メイド達は今回は使わず、アンとグリンダが本来のメイドとしての役割をこなす。


 もちろん父ちゃんとお母様は商会の事務所で待機して貰っている。何かトラブルが有ればアンの判断で、厨房の伝声管を通して直ぐに連絡を入れられる態勢を整えている。オーダー用に取り入れた伝声管だが思わぬ効果が有るものだ。


 そして会議は賑やかに始まった。

 テーブルにはサンドウィッチやオープンサンドが並べられ、グリンダとアンがお茶の給仕に回る。立食会方式で肩ひじ張らずにという趣旨である。


 いつもならメニューが書かれているカウンターの中の黒板はきれいに消されている。その下にエドが陣取ってミゲルに指示を出していた。

「ハウザー王国での聖教会教室・チョーク工房・リバーシの専売・木工工房。順番に黒板に書いてねー」

 ライトスミス商会では会議は全て板書を持ちて行われる。

 特にエドは板書を用いたミーティングの訓練はみっちり仕込んである。会議の司会はエドに任せておけばスムースに運営できる。


 ヴォルフ氏は感嘆の声を上げる。

「ほう、こうして書くと要点を忘れないなあ。これも参加者が字が読める者であればこそだ。これ一つ取っても是非ともに聖教会教室の設置を進めたいものだ」

「ヴォルフ殿、福音派には聖教会教室を進められそうでしょうか?」

 ニコライ司祭長の問いかけに獣人属の信徒の代表者が口を開いた。

「司祭長様、わしらが福音派を捨てて清貧派の信徒に成ったのはそれが出来んからじゃ。福音派の司祭は文字も聖書の編纂された当時の神代文字であるべきだと思っておる。今の文字を教える事自体が背徳じゃそうじゃ」


「俺も福音派の司祭と話したことがある。聖書をな、印刷しようと考えたんだ。神代文字の活字も作ると言ったんだが、神代文字は聖職者しか触れてはいけないらしい。一般信者は読むのも書くのもご法度ときたもんだ」

 ヴォルフ氏の言葉にヘッケル司祭は眉を顰める。

「そのあたりは教導派も同じですね。清貧派では秘かに現代文字にした聖書を印刷して、上位の聖職者や高位の信者は持っております」


「…それならば、ゴッダードの教室でも聖書の聖句を教材にして学習できますね」

 何の気なしに私の口をついて出た言葉に皆は色めき立った。

「そうだ、その手が有る。翻訳聖書の内容を教材に使えば福音派も大ぴらに妨害は出来んだろう」

「しかし翻訳聖書を、ましてや印刷物で使うと福音派が騒ぎ立てかねません。教導派も同じですが、自らに都合の良い解釈以外をされると困るので、どちらの聖職者も信徒が聖書を読むことを快く思わないのですよ」


「それなら、司祭のお説教の言葉を使うと良いよー」

「おお、聖教会の司祭長の言葉を教材に使えば文句は言えますまい。御自分が信徒に申された事を信徒に教えるのじゃからなあ」

「うん、そいつは良い。俺たちに都合の良い説教の文句を拾って木札にでも書き留めておけば良い」

「木札は止めた方が良いなー、神代文字じゃ無いって言われそうだよー」

「じゃあどうする」

「黒板に書くんだよー、直ぐに消せるから。毎回みんなで黒板に書けば良いよー」


 ニワンゴ修道女が嬉しそうに話し出した。

「悪くありませんね。その方法ならハウザー王国の福音派の眼も掻い潜れそうですね。信徒の皆様、出来ればハウザー王国に戻って聖教会の福音派司祭長の説教を記録して帰っていただけないでしょうか」

「修道女様、わたくしどもハウザー商人連合でもハウザーに赴く際は説教の記録をいたしましょう」


 ドミンゴ司祭が厳かに言った。

「わたし共聖職者もハウザー王国の清貧派聖職者と語らって準備を進める事に致します。まずはセイラ様が始められたことを真似て卵の殻集めとチョーク作りで子供たちに麦粥を食べさせようと思っております。ハウザーの聖教会では露骨にお金を支払う事は難しい上に買取のシステムが出来ておりませんので」

「それでは商人連合が麦と引き換えにチョークを引き受けましょう。食料のご喜捨と言うかたちならば、福音派の司祭様も文句はつけられないでしょう」


 初めの立ち上げはこんな物なのだろうか。他国の事も有り実情が掴めないので余計な口出しはしたくないが、麦粥が報酬とは少々少なすぎないだろうか。何か気に入らない。


 そう考えて悶々としているとヴォルフさんが声を上げた。

「チョークは俺の商会で全部買い上げよう。ライトスミス商会の卸値と同額でな。聖教会は儲け分の二割を喜捨に八割は子供の取り分だ。これでどうだ」

「しかし聖教会で現金のやり取りは困るのですよ」

 ドミンゴ司祭が答える。

「だからわし等も麦を喜捨する事にしようと…」


「それでは、参加した子供は食事が出来ても家族に持って帰る事が出来ません。せめて子供が家族に持ち帰れるものを」

 黙っていようと思ったが私もつい口を出してしまった。

「お嬢様、慈悲深いお言葉ですが、大人には色々と事情と言うものが有るので御座いますよ。それに子供には分からない国や聖教会の決め事も…」

 ドミンゴ司祭はやんわりとダメ出しをしてくる。


「それではこうしよう。子供はわが商会が雇い入れるとしよう。聖教会に工房の場所を借りてその賃料として儲けの二割を喜捨いたしましょう。もちろん子等の食事である麦もご喜捨いたします。その代わりに子等へ文字と算術の指導をお願いしたい」

「待ってくれ! あんたはそうやってリバーシの専売を狙っているんじゃないのか。工房を抑えてしまえばチョークの賃金で木工の仕事もさせるつもりじゃないのか」


 不味い。このままじゃ商人同士の争いに発展しかねない。

「リバーシの話はまだまだ先の事です。今は先ず教室の立ち上げが出来るかどうかのの話です。もし納得していただけるのでしたら、聖教会教室の立ち上げが出来てから決めると言う事でどうでしょうか」

「ああ、俺はそれで構わないぜ。セイラスミス商会にチョークを卸せば儲けは出るからな」

 ヴォルフ氏は事も無げに言った。

「でもその儲けも聖教会に麦を喜捨してしまえば足が出てしまうでしょう」

「あんたの商会でも儲けさせてもらっているし、ハッキリ言って木工所の工員が居ないんだ。サッサと工房を立ち上げて一人前の工員を雇い入れたい」


「雇い入れも教育が終わってからの事。ヴォルフ殿、仮運営で教室が立ち上がってから工房の処遇を決め直すと言うのならばその条件で聖教会の司祭長に働きかけてみましょう」

 ドミンゴ司祭も仲裁に入ってきた。

「わかった。ならば三カ月の期限でこの条件で様子を見てそれからもう一度今後の事を再検討しよう。教室が正しく運用されるならその程度の持ち出しは構わない。その後誰が運用しようと俺は新設する商会の工房に見習いが雇えればそれで構わない」


 その日はヴォルフ氏の提案内容で聖教会教室を立ち上げる様に根回しと説得を行い、軌道に乗ればまた会議をして工房を引き継ぐ人間を決める事でみんな動き出した。


【2】

 会議が終わった後に父ちゃんとお母様そしてミカエラさんを交えて、報告会を行い意見を聞いた。

「ハッキリ申しましてわたくしはあのドミンゴ司祭様は信用成りません。どうもわたくしどもを侮っているようでございました」

 アンの言葉にグリンダも賛同し口を挟む。

「私もお嬢様を侮ったあの物言いは許せません」

「ドミンゴ司祭とニワンゴ修道士は、何かしっくりいってないみたいだねー」

「ハウザーの商人連合長とドミンゴ司祭は何か腹案が有るみたいだわ」

 エドもエマ姉もドミンゴ司祭に何か引っ掛かりが有るようだ。


「父ちゃん、ヴォルフ氏の提案はどう思う?」

「まあ普通に考えれば、リバーシの販売権確保だろうな。工房を抑えるのが一番手っ取り早い」

「私としては誰が利権を取ろうと子供たちが正当に扱われるなら構わないよ」

「子供たちの取り分は五割以上は確保していただきたいですわね。ヴォルフ様のご提案はチョークの利益は捨ててリバーシで稼ぐと言う事でしょうね。商人連合も同じ提案をしてくると思いますわ」

 お母様の読みは正解だと思う。

「まあどちらも商人としては信用できるが、儲けの無い事はしないだろうよ。慈善業じゃねえからな」

「私は向こうの聖教会の腹の内が見えないのが不安だよ」

 ハウザー王国の聖教会教室は前途多難の様だ。

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