第47話 福音派(1)

【1】

「お嬢様、ハウザーの聖教会に人属の方もいらっしゃるのですねえ」

 カフェの片付けをしながらグリンダが私に聞いてきた。

「そう言えばドミンゴ司祭は人属だったなあ。まあハウザー王国は人口の二割程度は人属だしなあ」

「人属と獣人属の混血の方も多いと聞いておりますわ。あちらの王族にも人属の血が混じっているそうですわ」


 …どうも種族の入り混じっているハウザー王国はラスカル王国と違う諸事情が有りそうだ。ドミンゴ司祭とニワンゴ修道士の反応も温度差がかなりありそうだし。

 少し調べておく必要があるかもしれない。


 と、言う事で聖教会にやってまいりました。避けようとしている割に頻繁に顔出してるなよあ。

 今日はアグニア聖導女が迎えてくれた。

「今日は少し込み入った事をお聞きしたいのです…」

 私の願いにフィディス修道女見習いも呼ばれた。


 ハウザー王国でも聖教会の幹部は人属ばかりらしい。そもそも福音派の開祖は南方系の人属なのだそうだ。ハウザーの更に南の地の鳥獣人の国に千五百年前に現れた聖者で、当時の鳥獣人の王の支配に対して人属や猫獣人・犬獣人を糾合して立ち上がった人らしい。

 福音派はその成立の過程で全ての種族の平等を謳いつつも、原理主義の立場から聖職者のトップは開祖と同じ南方人が占めている。

 その為獣人属が人口の七割を占めるハウザー王国でも、聖教会には獣人属の司祭長すら居ないそうで、鳥獣人のニワンゴ修道士などは非常に珍しい事なのだ。


「平等とは謳っていてもハウザー王国でも種族間の確執は有るです」

 フィデス修道女見習いは言う。

「人属と獣人属そして獣人属間でも鳥獣人は聖者を迫害した王国の末裔と言われて嫌う人も居るです」

「…ねえフィデエスちゃ…、いえフィデス修道女見習い。鳥獣人の聖職者は珍しいのかしら」

「鳥獣人は身分の低い人が多いです。福音派の多い聖教会では迫害の対象になる事も多いです。反対に清貧派の聖教会では救済目的で下働きなどにつく鳥獣人は多いです。でも聖職者で鳥獣人は知らないです」


 ドミンゴ司祭は清貧派なのでニワンゴ修道士を聖職者に取り立てたのだろう。

「シスター・アグニア、ハウザー王国でも聖教会の大司祭や司祭長に清貧派は居るのでしょうか?」

「大司祭は福音派ばかりですね。教導派との対立が有るので清貧派には寛容ですが司祭より上の者はいない様です」

「国境沿いの聖教会にもですか」

「ええ、国境沿いは司祭にも多くの清貧派が居ますし、領主貴族たちも清貧派に理解のある方が多数いらっしゃいますが…」


 清貧派であるが故に司祭止まりで出世できない聖職者が国境沿いの教区には溢れているのだろう。国境貿易で利益を上げる商人が多い地域では領主も清貧派寄りの貴族が多い事は頷ける。

 なんとなく事の本質が見えてきた。


 私はハウザーの聖職者からは侮られている様だ。ドミンゴ司祭に面談をお願いしても得るものは無いだろうし、今の状態で油断して貰った方が都合は良い。

 獣人属の信徒の方からはそのあたりの補足情報が得られるだろう。

 あとは商人達だ。商人連合もヴォルフ商会も一筋縄ではいかない者たちだ。

 タフな話し合いになりそうだが、商会の取引に合わせて色々と聞き出してみる方が良いだろう。

 どちらも私の手の内を心得ているだろう相手となるとどれだけ情報を聞き出せるか分からないが。


【2】

「セイラお嬢様、この度のヴォルフ商会の提案は、わたくし共ハウザー商人連合としては納得行きません」

 マヨネーズの買い付け交渉に来た商人連合の代表カルネイロ氏はヴォルフ商会に対して不満を露わにした。

「家具の輸入についてもヴォルフの組み立て工房が立ち上がれば、わたくし共の商品は売れなくなってしまいます。チョークは聖教会の工房が専売するとなると黒板やリバーシは専売権が無ければ直ぐに偽物がはびこるでしょう」


 商人連合は、家具の組み立て販売がヴォルフ商会に出し抜かれた事に、腹を立てている様だ。貿易商が集まる連合では、工房を持つヴォルフ商会には太刀打ちできないのだろう。

「ヴォルフ商会の目論見はチョーク工房の件は儲けを度外視して工房ごと囲い込むつもりに他なりませんよ。それならばわたくし共商人連合も、チョーク工房の運営は全てご喜捨しても良いと思っております。わたくし共ならリバーシの販売の許可さえあれば、工房はライトスミス商会にお任せしても構いません。是非わたくし共にご助力をお願い致します」


「それは理解致します。私とて商人連合の方々に儲けを無視して喜捨を求める様なことは賛成できません。ドミンゴ司祭の意図は判りませんが、儲けの出ない仕事にご助力を求める様なことは致しませんよ」

「ドミンゴ司祭もそれは考えておられないと思います。工房も聖教会で運営したいとお考えの様ですし」


「失礼とは思うのですがドミンゴ司祭は国境沿いの教区ではどの位の影響力がおありなのでしょうか」

「今の教区では司祭長の並みに力を持っておられます。ドミンゴ司祭のお力なら、周辺の司祭様しかおられない聖教会なら今すぐでも工房の設置は可能かと思います。御不信な点が御座いますか?」


「いえ、そう言う訳では…」

「フフフ、分かりますよ。あの方は少々尊大なところが御座います。セイラ様を侮っておられるのは我々も気付いておりますが、実力のあるお方です。教区では大司祭はお飾りで、実務を取り仕切っているのはあのお方なのですよ」

「侮るなどど、私のような子供相手に信用が置けないのは当然の事ですわ」

「ハハハ、セイラ様。このまま侮らせておいた方が宜しいですよ。あのお方は割と世間知らずですから持ち上げておけば御しやすい方ですから」

 この猫耳の代表さんはなかなかの狸の様だ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「嬢ちゃん。ハッキリ言わせてもらえばうちが一番欲しいのは熟練工なんだ。でもそんな者はゴロゴロ転がっちゃあいない。じゃあ見習工はどうだ? それもハウザーには居ないんだよ」

 ヴォルフ氏は一気にまくし立てた。

「どうしてそんなに工員が?」

「今回はあんたの商会と良い取引をさせて貰った。この家具は絶対売れる。それも大量にな」


「今年、来年はまあ今の契約量で収まるだろう。うちの職人達でもがんばれば回せるさ。でもその後はどうだ? 一気に注文は何倍にもなるぜ。その為には見習いでも良いから職人が要る。だから直ぐにでも聖教会工房で職人を育成して欲しい。チョーク箱とリバーシの細工でも経験が有れば使える奴は出てくるだろう。読み書き算術が出来れば言う事なんかねえ」


「それで儲けを度外視して工房の立ち上げを後押ししたいと…」

「度外視はしてねえよ。投資だよ、投資! チョークやリバーシの儲けはどうだ? そんなちっせえ儲けはいらねえ。この家具の販売だけじゃねえ。熟練工でなくても組み立ても修理も改造も出来るこのシステムを代理店としてこなしてえ」


 わー、この男すごい野心家だわ。でも目先の利く商人である事は良く解る。

 言ってる事も間違ってはいないし、説得力も有るけども野心がダダ洩れなのは如何なものか。まあ嫌いじゃないけどね。

 でもなあ、このギラギラした野心を聖教会は容認できるかなあ。


「趣旨は理解しましたが、聖教会は納得してくれるでしょうか?」

「俺の提案は聖教会には好都合だろう。場所代と教育料を貰ってチョークやリバーシの販売収益まで手に入るんだ。何一つ損はしねえ。飯代まで出すんだぜ」

「だからこそ、深読みする人も居るでしょうし、敬虔な信者でもないあなたの主張をそのまま信じる程、聖教会の司祭は世間知らずでもないですよ」


「ひでえなあ。まるで俺が腹に一物持ってるような言い草じゃねえか」

「腹が立ったなら謝ります。でも私も商家の娘ですし、商会主として聖教会に無欲で喜捨しているわけではありませんから。商人としては腹に一物も無い方を信用も出来ませんよ」

「ハハハ、ちげえねえ。嬢ちゃんの言う通りドミンゴ司祭は納得しないだろうな。だがな、あの司祭は善人か? 違うね、あの親父も俺以上に野心家だぜ。現実家で功利主義な奴だよ。だから福音派とは相いれない。ハウザー王国に居るから清貧派の重鎮なんだろうがラスカル王国ならどうだ? 教導派で出世しているかもしれないぜ。」

 この犬耳オオカミ兄貴は、野心溢れるキツネ野郎の様だ。

 そして聖教会のドミンゴ司祭も何やら怪しい人物であることは間違いなさそうである。

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