第48話 福音派(2)
【3】
パブロはセイラカフェの片隅でグダッているエドに声をかけた。
「エドさん、こんなところで休んでて良いんですか? 儲けが出ないって、エマさんに叱られますよ」
「良いんだよー。情報収集もお金儲けだよー」
「情報収集って、座って寝てるだけじゃないですか」
「フェ~イ~」
「お客が増えたら退いて下さいよ、まったく」
エドは怠け者だ。セイラは特に何も言わないが、エマは儲けにうるさいので働かないエドにいつも文句を言っている。エマが居れば必ず書類仕事を押し付けられるので隙を見ていつもカフェに逃げてくる。
仕事の手が空いたエマが捕まえに来るまでの逃走場所だ。
とは言うもののエドの主張もあながち間違っているわけでもない。エドが居ると何故かそこに人だかりが出来て不思議と会話が弾んでいる。
今もまた獣人属の客が一人リバーシ盤を下げてエドにゲームを誘っている。
ここ最近獣人属の客が増えている。店員にチョーク工房から応募してきた獣人属の子供たちが増えたので、綿花市や交易に来るハウザー王国の商人が多く通うようになった。セイラカフェはハウザー商人の情報交換場所になりつつあるのだ。今日もエドの回りに人だかりが出来始めている。
「なあエド。このリバーシ盤をまとめて購入できないか? セイラ様に口利きして貰えねえか」
「聖教会の刻印が無けりゃあいくらでも作って売れるんだがなあ」
「それは無理だよー。そんな事に成ればみんな作るからさー」
「そりゃそうだ。作るだけならその辺のガキでも作れるなあ」
「だから聖教会の刻印だよー」
「どういうこった?」
「刻印付きは有り難いんだよー。だから買うんだよー。喜捨にもなるんだよー」
「エドさんは商品に格を付けろと仰っているんだよ。ゴッダードではそれが聖教会の刻印と言う訳だ」
それまで側で話を聞いていた商人連合の代表が口を挟む。
「うんカルネイロさんの言う通りだよー」
「良く解らねえや」
「同じ値段なら、みんな刻印付きを買うんだよー」
「じゃあ値を下げりゃあ良いじゃねえか」
「そうなれば儲けが薄くなるって事さ。だからエドさんやセイラさんはハウザー王国でも聖教会の仕事にしようとしているんじゃないか」
「でもハウザーの聖教会は難しそうだよー」
「あああの女大司祭は難しいなあ」
「メリージャの街のヒステリー大司祭な」
「ああ、あの女大司祭相手じゃあ大変だ。でも上手く煽ててりゃあ機嫌がいいから、ご機嫌取りが出来りゃあどうにかなるんじゃないか?」
「子供たちに女大司祭を讃える歌でも唄わせりゃあどうにかなるんじゃないか?」
「…メリージャって国境沿いでは一番の街だよなあ。そこの司祭長は女なのかい?」
エドを連れ戻しに来たミゲルが彼らの話を聞いて質問してきた。
「ああ、バトリー大司祭様だ。子爵家だかの王宮貴族の娘で、婚約者と何かあったとかで修道女になって、実家の力で大司祭に捻じ込んできたと聞いたがな」
「ヒステリー持ちの我儘女だそうだがドミンゴ司祭が上手く煽てて丸め込んでるらしいぜ」
「一度説教を聞いた事が有るがひどいもんだったね。何が云いたいかサッパリ判らねえ。仕事もみんな司祭に丸投げだって聞くしなあ」
「お迎えが来たから僕は帰るよー」
エドはそう言うとニタリと笑って席を立った。
【5】
ゴッダードブレッドのオープンカフェ奥でエマは商談を進めていた。
ハバリー亭の看板を掲げているが、このカフェも実質はライトスミス商会が仕切っている。店舗の裏にはマヨネーズの製造工房と壺詰め工房が軒を連ねている。
そこで働くのも元のチョーク工房や聖教会教室に通っていた子供たちが大半だ。慣れてくると一部はオープンカフェの店員やマヨネーズ売りに転職して行く。
マヨネーズ工房とオープンカフェの事務は、マヨネーズ売りだった子供たちが多く雇われている。
特にこのオープンカフェの厨房はハバリー亭の三男から調理指導を施された子供たちが働いており、その子たちは技術が上がるとセイラカフェに移動して行く。
そして更に見込みが有る何人かは、今セイラカフェからハバリー亭に移り本格的に料理人の修業を始めている。
そしてそのハバリー亭は東部や北部の商人とその関係者の溜まり場になっている。気位の高い彼らは獣人属が集まるセイラカフェには寄り付かない。
そもそも彼らは上位貴族の御用商人として行動しており、南部や西部の商人との取引自体はほとんどしない。ゴッダードに来るのは王家の鑑札を振りかざして綿花市に参加する事と南部や西部の一部の商人を介してハウザー産の商品を買い叩く事が目的である。
そんな東部商人が虎視眈々と狙っている商品がマヨネーズである。厳密にはそのレシピと製造工房なのだ。
食料品であるマヨネーズは保存がきくと言ってもせいぜいが二週間程度。王都迄でも五日、北部、東部の領地までならそれ以上の日にちを要する。
輸送コストがかかる上長期間の保管をする事が出来ない。王都では貴族と一部の富裕層しか手に入らない高級品だ。
その上販売もブリー州の大領主ロックフォール侯爵家の息のかかったハバリー亭とゴッダードの領主ゴーダー子爵家の縁者であるライトスミス商会が握っている。
これまでのように宮廷貴族の強権を利用する訳には行かないのだ。
南部の商会連合に属するライトスミス商会も西部や南部の商会を通しての取引が多く、王都や北部諸州との取引もそのゴーダー子爵家やブリー州の取引先を介しているので特に北部や東部の商人との交流は殆んど無い。
そのライトスミス商会が、ほとんど無い北部や東部の商人との商談と、あまり表に出たがらない貴族相手の商談に使うのがマヨネーズ工房の二階の談話室である。
そして今エマが向かい合っているのは王都からの商談相手、ロックフォール侯爵の名代、ファン・ロックフォールである。
「それで、ライトスミス商会からの提案と言うのがこれか? わが侯爵家を下請け工房にすると言うのか?」
「滅相も無い、ライトスミス商会の名を出すことなど致しません。ハバリー亭と提携を結んだ侯爵様がそのお力で最高級のマヨネーズを作らせて王家に献上すると言う事で御座いますわ。余った物をご友人の方々にお分けすると言う事で、後はご友人がどれほどのお礼をしていただけるかはわたし共には預かり知らぬ事ですわ」
ファン・ロックフォールはため息をついて言った。
「お前の店の商会主、セイラから商談を持ちかけられた時、執事のモロノーに意見を聞いてみた。セイラ・ライトスミスからの提案なら信頼できるが、側近に強欲なメイドと守銭奴の娘が居るからその二人には気を付けろと言われたよ。お前はどっちだ?」
「多分、執事様は強欲で守銭奴なメイド娘のグリンダって仰ったんですわ。何度もモロノー様とは商談に
「なあ、お前は我が家の家人、ザコの友人だそうだなあ。あいつの口癖を知っているか? 女は怖いだ。お前たちだろうザコに女性不信を植え付けているのは」
「まさか、まさか。ダドリーは古い良い友人ですわ」
「ザコが言っておったぞ。セイラはともかくエマはダメだと。エマが話すときは契約書迄出来上がっているとな。有るのだろ。サッサと契約書を出せ、サインしてやる」
「宜しいのですか? この契約で」
「取り分がそちらが三割と言う事なら問題ない。その代わりマヨネーズ造りの下働きを一人寄越せ。ザコはファナが絶対に放さないからな」
「わかりました。ハバリー亭で修行している若手を一人融通して貰いますわ。売値の設定は侯爵様の判断にお任せいたします。王家献上品にふさわしい価格を設定していただけると御期待致しておりますわ」
「俺も父上から初めて任された事業だからな。キッチリと儲けさせていただく。材料も最高級品を使用して王室御用達の印を入れる。金貨二枚とってもまだ安いと思うぞ。まあ最終的な売値は父上と相談だがな」
「契約いただけて嬉しいですわ。当商会主もこのブリー州を治めておられる侯爵家とはこれからも良い関係でいたいと言っていましたわ」
「その言葉は信用しておいてやる。ザコの友人なら奴の顔を潰すようなこともせんだろう。それからこれは俺の一存だが、チョーク工房と教室とやらも王都のロックフォール家の屋敷内にある聖教会だけなら認めてやろう。使用人や出入りの職人連中の子弟が対象だがな」
「大丈夫ですか? 教導派のはびこる王都で」
「屋敷内だ、構うものか。南部領地を食い物にしている東部貴族の顔色を窺うつもりはない。特にエダム領のクソ宰相の目などはな、伯爵の分際でわが侯爵家に触手を伸ばしている。あの一家の嫌がる事なら何でもやってやるわ。王家の腰巾着めが」
「王都の教導派聖職者は大丈夫なのでしょうか?」
「わが屋敷の内に教導派など一歩たりとも入れんわ! そうだ、王立学校で小耳の挟んだのだが国境周辺のどこかの司祭が王都のペスカトーレ枢機卿に接触を図ったらしいぞ。お前たちも気に留めておけ」
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