第29話 南部の冬至祭(1)
【1】
酔った勢いでセイラに絡んでみてほぼ確証は得られた。
セイラ・ライトスミス様に色々と情報を送っていたのは多分セイラ・カンボゾーラさんだ。
ゲーム情報を知っているのかどうかは判らないが前世の日本の知識を持ち合わせているのは多分間違いない。
ジャンヌはそう確信して溜息をついた。
ゲームヒロイン自らシナリオをぶち壊していたのだ。お陰でフラグが叩き折られてシナリオは収拾がつかぬほどにムチャクチャになってしまった。
女性や獣人属に好意的で権威主義が大嫌いな男嫌い。
ゲームヒロインと真逆の性格がジャンヌたち悪役令嬢には追い風になった。
ゴルゴンゾーラ公爵家によるハウザー王国との交易と獣人属の保護で、両国の対立は緩和された。
さらにロックフォール侯爵家とサンペドロ辺境伯家の密約で、相互の王族の交換留学が始まり国境辺での両国の紛争の火種は無くなったように思える。
南部の戦争はそれ自体が回避されるかもしれない。
その反面すんなりと即位する予定であったジョン王子はリチャード王子との継承権争いに発展した王室の内紛で国内外が荒れている。
ハッスル神聖国とその手下の教皇派貴族と清貧派貴族の亀裂はもう修復不可能なほどに大きくなりつつある。
ハスラー聖公国と王妃殿下、そしてその息子のジョン王子。対するハッスル神聖国とペスカトーレ侯爵家と国王、その血を引くリチャード王子。
どちらが即位しても国は割れる。
何より王位継承者の筆頭であるジョン王子はその地盤を盤石にしつつある。
北西部と南部の高位貴族を筆頭に清貧派枢機卿も大商会も味方につけている。ハスラー聖公国は当然だがハウザー王国もジョン王子につくだろう。
その上河川交易の利権を手に北部シャピのポワトー伯爵家を後ろ盾に北海交易も握っている。
そしてその能力も救貧院廃止法案成立以来、世間に認められている。
だからこそ危うい。
後の無い教皇庁が、ペスカトーレ侯爵家が、モン・ドール侯爵家が実力行使に出る可能性が高いのだ。
ジョン王子が即位すれば教皇派は完膚なきまでに叩き潰される事が目に見えているから。
本来のゲームシナリオでは三人の悪役令嬢を廃する事で貴族間、聖職者間での危ういバランスを維持できたためジョン王子が即位できたのだ。
貴族や聖職者が宮廷内での権力争いに終始できて、国内の状況は変わらぬままに王権が続く事になったのだろう。
今からでも妥協して貴族特権を許せば王宮で血が流れる事は無いかも知れないが、これから何十年何百年も一般の人々は苦しみ続ける。
ジャンヌがどのエンディングでも死ななければいけなかったのは、生きていればその均衡を必ず突き崩すからだ。
農奴や貧民の救済、解放はジャンヌが初めから終始訴え続けてきた事だからシナリオ上生かす事が出来なかった。
でも今は違う。
もうジャンヌが死のうが生きようがこの流れは止まらない。
ヨアンナが、ファナが、カロリーヌが、何よりセイラ・カンボゾーラが止めないだろう。
カロリーヌはこのままグレンフォードの大聖堂に洗礼を終えたレオン少年を預けて帰る予定だ。
王都や北部のポワトー伯爵領内ではレオン少年を守り切れないと判断したのだろう。それはカロリーヌが教導派と一戦交える事に腹を括ったという事だ。
もうシナリオに沿った予想が出来ない。世界の様相はまるで変ってしまったのだから。ジャンヌ一人の手には負えないのだ。
なによりジャンヌがゴッダードに寄ろうと思ったのはその事があったためだ。
いっその事あの場で全てセイラ・カンボゾーラに打ち明けてしまおうかと思ったが、さすがにその勇気は出なかった。
もちろん彼女のひととなりは信用できるし、協力も惜しまないだろう。
だからと言って死ぬ運命を持つ自分にこれ以上巻き込んでよいのかもわからない。シナリオと言う名前の運命は場合によっては彼女かジャンヌの二択を迫る可能性すらあるのだから。
ならばその前にゴッダードのセイラ・ライトスミスに直接面会して信じようが信じまいが事のあらましを話し対策を相談してみよう。
未だセイラ・ライトスミスとの面識はないが、彼女なら助力してくれるという確信がある。
きっとセイラ・カンボゾーラから情報を得ている筈なのだ。
なにより聖教会教室と聖教会工房の創始者で常にジャンヌの背中を押し続けてくれた人なのだから。
【2】
冬至祭を明日に控えてゴッダードの町は大賑わいであった。
交易都市で流通の中継点であるファナタウンはいつも通りの賑わいであるが、ゴッダードは冬至祭に向けた食材や酒類が店の軒先を飾っている。
プレゼント用の装飾品や貴金属、そして怪しげな生薬やスパイスを扱う露店も軒を並べている。
扱っている品々の豊富さやその量の多さもさることながら、それらの品々を買ってゆく一般市民の多さも、この街が王都より豊かである事が実感できる。
ゴーダー子爵邸もゴッダードの大聖堂も何度も来ているし、セイラカフェやライトスミス商会の事務所だって常連のように度々訪れている。
しかしライトスミス家には赴いた事が無い。
ライトスミス商会関係者とは事務所に赴けば会えるし、歓待の宴席などはゴーダー子爵家が執り行ってくれる。
ライトスミス家のレイラ夫人はゴーダー子爵の姪にあたるからだ。
何よりセイラ・ライトスミスが不在がちである事が大きい。
かつてライトスミス商会が立ち上がった頃はいつもメリージャやらパルメザンやらクオーネやらと一年の大半を商談に赴いていた。
そしてあのジャンヌの異端審問事件以降は公に顔を出さなくなったと聞くが、メリージャにいる事が多いと聞いている。
ジャンヌも王立学校入学前は度々面会を求めてゴッダードにやって来ていたがついぞ会える事は無かった。
そして入学後は顔の傷の事もあり直接の面会を躊躇っていた事もあり、未だに書簡のやり取りだけで実際に顔を合わせた事は無かった。
今回はカロリーヌがレオン君をライトスミス家のオスカル君に合わせて友誼を結ばせたいととの希望があり、ゴーダー子爵家で面会させる予定であったようだがジャンヌは直接ライトスミス家に御挨拶に伺う方が良いと主張した。
清貧派の聖職者として聖別を受けるなら平民宅へ出向いて、聖教会教室で共に学ぶべきだと言う理由からである。
カロリーヌも教導派の聖職者の家系である事から一も二も無く納得しファナタウンの船着き場に着くと即ゴッダードに使いをとばした。
フランは
ライトスミス家には快諾して貰えた様で、馬車がゴッダードの城門をくぐる前にわざわざ馬車まで招待状が送られてきた。
いきなり大人数で押し掛けるのも憚れるのでジャックたち三人の護衛は城内に入ると一旦解散して貰う事にした。
ジャックもポールもピエールもこの町に家族がいる。カロリーヌはルイーズとミシェルも帰らせようとしたが、二人に拒否された。
こんな事で主人の側を離れて実家に顔など出せば、後輩のメイドに示しがつかないそうだ。
レオン君はジャックたちと離れる事が少々寂しいようだが、二つ年下のオスカル君と会えると聞いて少し興奮気味でもある。
ジャンヌ付きのアンヌとマリー、そしてカロリーヌ付きのルイーズとミシェル四人を伴なって馬車はライトスミス家の屋敷に向かった。
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