第30話 南部の冬至祭(2)

【3】

 ライトスミス家は貴族の館と比べるとやはりこじんまりした屋敷だった。

 元は木工所と家具屋の店舗、そして資材置き場と一緒になった住居だったそうだが、今は家具屋と住居だった建物を残して、他は全て屋敷となっている。

 貴族の館は行政機能や宴席や集会の為ホールなどを備えるので平民の住居よりは大きくなってしまう。

 商家の屋敷も店舗や事務所と兼用の物が多いが、ライトスミス家の屋敷は住居だけだ。

 店舗跡は扱っている商品の展示場となっているそうだがそれ以外は住居なので、平民の屋敷としては随分と大きい。


 玄関の車寄せにはライトスミス夫妻が息子のオスカル君を連れてお出迎えに出てくれている。

 その後ろには初老のメイドを筆頭に若いメイド達が二列に並んで立っていた。


 ライトスミス家の面々とメイド達に出迎えられてカロリーヌがレオン君を連れて馬車を降りる。それに続いてジャンヌが、その後を四人のメイドがついておりてくる。


「ようこそいらっしゃいました、カロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテス様、レオン・ポワトー卿」

 深々と頭を下げるメイド達の列を通って屋敷内に入って行く。家族四人に対して異様にメイドが多い気がするのは気のせいでは無いと思う。


「あなた達、お出迎えご苦労でした」

「皆さん、これからも精進なさってくださいね」

 ルイーズとアンヌが居並ぶメイド達に鷹揚に声をかける。

「アンメイド頭様、ご無沙汰申し上げております」

「アンメイド頭様のご鞭撻でこうして一人前に勤められるようになりました」

 ミシェルとマリーが初老のメイドの前で頭を下げて緊張した面持ちで挨拶をしている。

 グリンダに対する態度とはまた違う尊敬と敬意が滲みだすその態度からグリンダの師匠であるのだろうと思われた。


「ねえルイーズ、ここはセイラカフェメイドの養成所も兼ねているのですか?」

「はい、女伯爵カウンテス様。幼くても資質が飛びぬけている者だけがここで修行できるのです。要人付きのメイドは多くがここの出身です」

「そう、それであなた方やアンヌやマリーはここの先輩という事なのね」

 カロリーヌは得心したようにルイーズに答えた。


「ルイーズさん、セイラ・ライトスミス様はいらっしゃらないのかしら?」

 ジャンヌの問いにルイーズは残念そうに顔を伏せて答える。

「ええ、いらっしゃれば一番にお出迎えに現れるでしょうから多分…」

「ジャンヌ様、どうもセイラ・ライトスミス様はメリージャに居らっしゃるようですわ。ドミンゴ司祭様にお会いしに行かれたとか先程伺いましたので」

 マリーの話を聞いて、そう言えばライトスミス木工所と高等学問所が全精力を傾けて取り組んでいた新型の計算機が完成したとセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢が言っていたのを思い出した。

 きっとその関係でニワンゴ司祭と一緒にサンペドロ州について行ったのだろう。


「残念です。今回はお会いできると思っていたのですが。お会いしてお礼も申し上げたいし、お話したい事も沢山有るのですが…。本当に残念です」

 悲しそうにそう言うジャンヌの顔を見てアンヌが慌てて取り繕うように言葉をかけてくる。

「そうお気をおとさないで下さいまし。会える時は予想もしないところで会えるもので御座います」


「そうで御座いますよ。あの娘は気まぐれで落ち着きなく飛び回っておりますからきっと直ぐに会う事が出来ると思いますわ」

 それを漏れ聞いたレイラ夫人がジャンヌに微笑んで答える。

「今回は残念で御座いますが、カロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテス様やレオン様共々に我が家だと思って本日はお寛ぎくださいまし」


【4】

 広間にはお茶の用意がすでに整っていた。

 アンと呼ばれている初老のメイド頭は何も言わずにこやかに部屋の隅に佇んでいるだけだが、ルイーズを筆頭に他のメイド達がいつも以上に的確な卒のない動作でテキパキと動いている。


「はじめまして、オスカル・ライトスミスともうします。せんしゅう七さいになりました。よろしくおねがいいたします」

「まあ良くご挨拶が出来ましたこと。レオン、あなたより二つも年下のオスカル様がご挨拶して下さったのですからあなたもシッカリご挨拶なさい」

「はい、お姉さま。オスカル・ライトスミスさま、ごあいさつうけたまわりきょうしゅくでございます。わたくしはレオン・ポワトーと申します。年明けからグレンフォードの聖教会教室でまなぶことになりこちらにやってまいりました」


「えー! レオンさまはゴッダードのきょうしつには行かれないのですか? ゴッダードのきょうしつはおねえさまが作ったいちばん古いきょうしつなのに」

「うん、ざんねんだけれどぼくはちゆいんでも学ばなければいけないんだ。この冬はジャンヌさまに聖まほうの教えをうける事になっているんだよ」

「聖まほう! それならセイラおねえさまにならえば…」


「オスカル、我が儘を言う物じゃないぞ。この国で一番の治癒術士は聖女ジャンヌ様だ。セイラ・カンボゾーラ様も聖属性だが、それもジャンヌ様に習われたのだから」

 ジャンヌに気を使ったのだろう。オスカー・ライトスミス氏が息子のオスカルを窘める。

「そうか、ジャンヌさまはセイラおねえ…せいらししゃくれいじょうさまの先生なのか。アンのような人だね」

「そうですよオスカル様。治癒施術についてはジャンヌ様はアンメイド頭のような方です」

「じゃあ、セイラ…セイラししゃくれいじょうさまはグリンダ?」

「いえ、アドルフィーネお姉様ですね。グリンダメイド長はアナ司祭様でしょうか」


「うーん、アンメイド頭とかグリンダメイド長はよくわからないけれど、アドルフィーネならすごくこわいメイドだね。ジャンヌさまに教えをうけるぼくはそれより上なのかな?」

「ならレオンさま。ぼくをおでしにしてください」

「ははは、でしでは無くて友だちになろう。よろしくオスカル君」

「はい、レオンさま」


「それならオスカル、レオン様をご案内して展示室を見て頂きなさい。ミシェル、二人の付き添いをお願いするわ…。あら、女伯爵カウンテス様のメイドなのに昔の癖で差し出がましい事を、お許しくださいませ」

「いいえ、レイラ様。ミシェルに聞いております。洗礼の前からこの家でメイドの就業をしてきたとか。二人ともきっと我が家に帰ってきた様なものでしょうから、今だけはレイラ様とオスカー様がご主人ですわ」

 二人のやりとりも聞かずにオスカルはレオンの手を引いて部屋を飛び出していった。その後を慌ててミシェルが追いかけて行く。


 同年代の友人がいないレオンにとって年下のオスカルは少しお兄さん風を吹かせる事が出来る良い友人になりそうだ。

 そんな事を思いながらカロリーヌはルイーズに目配せする。セイラ・カンボゾーラから預かった荷物を手渡すためだ。

「大旦那様、奥様。こちらはフィリポのセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様から託ってまいりました。毎年冬至祭で頂く聖餅だそうです」

「これはかたじけのう御座います。女伯爵カウンテス様のお手を煩わせて勿体ない事です。子爵令嬢様にも後程しっかりと御礼申し上げておきます…(あのバカ野郎、女伯爵カウンテス様をパシリに使いやがって。帰ったらぶん殴ってやる)」


 なにか不穏な怒りの様な感情がよぎったように聞こえたが、ジャンヌは聖餅という言葉に少し驚いた。

 食に関してはともかく宗教行事にセイラ・カンボゾーラがそこまでこだわりがあるように思えなかったからだ。

「セイラさん…あっ、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様は聖餅を送られたのですか?」

「あ…ええ、セイラ・カンボゾーラ様は毎年こうやって手作りの聖餅を送って下さるんですよ。オスカルが生まれた年に(俺がレイラに生姜を買った事に気付いて嫌見たらしく)初めて作って…作って下さって。それ以来毎年こうして」


「そうですわジャンヌ様。今年の冬至祭の訓話はジャンヌ様がされると聞きましたわ。大聖堂にお持ち致しますのでジャンヌ様やカロリーヌ様もご一緒に午後に一緒にいただきましょう」

「宜しいのですか奥様? 私やレオン迄いただいて」

「ええ、この聖餅は我が家とゴーダー子爵家だけに送ってい下さるので、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様しかレシピは御存じないのですよ。カンボゾーラ子爵家の秘密のお菓子の様ですわ」

「まあそれは楽しみです。セイラさん…セイラ・カンボゾーラ様が秘密のお菓子を作っていらっしゃったなんて」

 ジャンヌも無邪気にセイラから託られたお菓子に期待して笑った。

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