閑話9 温泉合宿

【1】

お湯に浸かるという入浴方法は理解を得られたようで、一部を除き湯船で寛いでいる。

カロリーヌはハーブ浴がお気に召したようだ。ヨアンナとファナはサウナで意地の張り合いをやっていたが、さすがに疲れた様で今は露天風呂に居る。

レーネとロレインは岩盤浴へ、リナはミシェルと薬湯に浸っている。

イヴァナとルイーズは大浴場の滑り台の取り合いをしているが、フランとマリオンも参加してるな…。

まあ楽しんでもらえるように設置したのだからみんなで堪能してくれたまえ。


一度味わってしまえばもう温泉にはまってしまうものだ。

夕食までの間に皆何度も浴場と部屋を行き来している。

浴室の中にはカフェスペースを設けてそこでよく冷えたレモネードや鉱泉水で割った果汁で水分補給をする事も出来る。

外の休憩スペースにはリクライニングのソファーが並べられてそこでも軽食やドリンクを戴く事も出来る。

壁際には本棚が有り色々と書籍が並べられている。


ロレインは王都やクオーネで舞台にかかっている芝居や吟遊詩人の詩を書籍化したものを読みふけっている。

その横でフランが南部ブリー州のファナタウンで出版されている経済情報誌を真剣に読み続けている。

経済情報誌はポワチエ州のシャピやアヴァロン州のクオーネでも定期的に発行されており、各々の管轄している地域の経済状況や交易情報がかなり詳しく記載されている。


ファナタウンの情報紙は特にハウザー王国との交易情報に強く、当然綿糸市場の動向は詳しい。

「これは先月の綿糸の輸入量だよね。どうやってこんな資料が手に入るの? この本は一体なんなの?」

「一部の…と言うかライトスミス商会の関係商会や組合が定期購入できる情報本だね。毎月一回発行で金貨四分の一よ」

「この情報なら金貨一枚払っても欲しいよ。旬の情報じゃないの今すぐに使うなら二枚でも構わないわ」

「もう月末だものね。来月の三日には新年号がゴッダードでも発売されるよ。それに今月号ならクオーネで出ている中部版もシャピで発行している北部版もあるわよ」

「定期購読は出来るかしら」

「モンブリゾン男爵様なら商会を通して連絡してくれれば問題ないと思うけど。ただ配送の都合で二週間くらいは遅れるわよ」

「そんなの構わない。三部全部定期購読するわよ。何よりこれはゴッダードやファナタウンに行かなけりゃ」

フランの南部行きも決定したようだ。


【2】

夕食はラム肉のBBQジンギスカン風。この世界にジンギスカンは居ないからね。

漬け込むタレも色々と工夫して貰って中々の味に仕上がっている。

「貴女! セイラ・カンボゾーラ! このレシピは聞いていないのだわ!」

「これはこの温泉の売りの料理ですから…。それにこうやってみんなで鉄板を囲んで焼きながら食べるスタイルはハバリー亭には向かないと思いますし」

「それは私が決めるのだわ。ロックフォール侯爵家の食品販売で漬けタレだけ販売しても良いのだわ。パテントは払うのだわ」

「えーーっ…。でもここの名物料理にしたいので」


「仕方ないのだわ。我が家だけのレシピに留めるからレシピを出すのだわ。その代わりここに健食販売も兼ねた療養施設を投資してするのだわ」

温泉療養施設か。それは悪くないな。

「ならば王都の診療所の分院も併設するかしら。長期の入院療養なら北部の聖教会でバカみたいな入院費を出すより良いかしら。ゴルゴンゾーラ公爵家も共同出資するかしら。早速にフィリップ叔父上に提案するかしら」


また教導派聖教会から利権を奪う施設が出来上がりそうだ 。今回は完全に民間施設になるので教義絡みの圧力はかけにくいだろう。

政治絡みの対応なら理屈で押し通す事も出来るので有力な手札になりそうだ。

そう思いつつジャンヌの反応を伺うと、意外な事に一心不乱にキュウリウオの塩焼きとカブの浅漬けを頬張りながらブツブツ言っていた。

「ああ、ご飯が恋しい…」

そんな風に聞こえたれど多分聞き間違いだろう。


【3】

温泉施設は好評で二泊の予定だった滞在期間の間で皆リラックスできたようなのだが、ア・オーの町での滞在を取りやめて更にもう一泊増やす事になった。

イヴァナはルイーズと気が合ったようで、二人でジャックやルイスやパブロに不意打ちをかまして返り討ちに合っている。

エレーナはレーネやフランから高等数学の指導を受けている。やはり天文に宗旨替えするつもりの様だ。


そして天文の重鎮であるジャンヌは完全に温泉で蕩けていた。

「私、温泉を発明した人って天才だと思います。ああこのまま雪と一緒に溶けてしまいたい」

機嫌よく赤い顔で呆けているのはどうも温泉だけのようではない。

露天風呂の横の雪の中には何本かのビンが突っ込まれており、一緒に入浴しているフランとマリオンの手にはピューターのグラスが握られている。


「セイラさん、マリオンさんが持って来てくださったリンゴのサイダーはすっごく美味しいですよ。スッキリして爽やかな飲み口で、何より甘すぎないのが最高ですね」

「そうだろう。レ・クリュ男爵家特製のシードルだよ。最近はセイラのお陰で北西部や北部でも評判になってる自慢の一品なんだ」

いや、自慢は良いけどジャンヌはノンアルコールだと思ってガブガブ飲んでるじゃない。

サイダーって本来リンゴの発酵酒の事だから。これアルコール入っているからね。


「ハウザー王国や南部諸州では沐浴や入浴の習慣があるのに、王都や教導派の領地は疫病に感染するとかいってお風呂に入りたがらないなんてバカですよ。不潔にしてるから病気になるってなんで理解できないのでしょうか。本当に滅びればいいのに」

酔っぱらって今度は毒舌になってる。


「そうですわね。ジャンヌ様の仰る通り教導派の治癒術師は毛穴から蒸気やお湯に溶けた毒が入ると言って入浴を勧めませんもの。それなら温泉水や薬湯やハーブ湯は薬効が体に入るのでしょう。それが証拠に私はこんなにお肌がツルツルのスベスベになりましたもの。水が綺麗なら入浴は絶対必要ですわね」

もともと教導派枢機卿の一族だったので間違った教導派聖教会の知識を教えられていたカロリーヌは体験してみて認識が変わったようだ。


「そうなんですよ~、カロリーヌ様。そんな汚水みたいなお風呂に浸かる人なんて誰も居ないのに~。王立学校の寮のお風呂だって入る人は限られているし、北部の娘はお湯を貰いに来るだけですもの」

「寮にも薬湯やハーブ湯を作ればみんなの意識が変わる事になるかしら。セイラ・カンボゾーラ、下級貴族寮でやってみてはどうかしら。協力するかしら」

ヨアンナの話も有りだな。上級貴族は個々に浴室を持っているが下級貴族はそういう訳には行かない。


「平民寮は直ぐには無理ですかねえ~。仕方ないからここで堪能して帰りますよ。でもなんなんですか~ここは。天国ですか~。このお風呂はセイラさんが考えたんですか? 源泉かけ流しで滝の打たせ湯がある露天岩風呂って野趣あふれてて素敵じゃないですか~。年明けまでここに居たいですよ~。ねえ、セイラさん、料理もセイラさんのアイディアなんですか?」

今度は絡みだした。


「ええ、チョット思いついて。でもラム料理はカマンベール子爵領の名物のアレンジですし、キュウリウオやラディッシュは農家の方が食べていたものをアレンジしたくらいで…。お風呂だってあの吹き上がる坑道跡の様なお風呂に入れたらって思いついただけで」

「本当なんですか~。どこか他にもこんな料理やお風呂があるところは無いんでしょうか~?」

「ウーン、多分無いと思うわ」

「じゃあ、年明けは早めに戻ってきてここでまた何泊かしたいなあ。ねえセイラさん宜しいでしょう」

「そんなに喜んでもらえれば私も嬉しいわ。きっとカマンベール子爵家の人たちも歓迎して下さると思うわよ」


翌朝はジャンヌは少々二日酔いで頭がいたそうだったが、それでも年明けには又来ると言って見送りに来たルーク・カマンベール卿の家族に手を振って南部に向かった。

私は冬至祭はゴッダードに帰れないので手作りの蜂蜜ジンジャークッキーをジャンヌ達に託てオスカルに届けて貰うようにした。

カロリーヌ姉弟が冬至祭はゴッダードで迎え年始の宴をグレンフォードで迎えると聞いて、ジャンヌもゴッダードで冬至祭の祭事をする事にしたからだ。


マリオンとロレインはエレーナを連れて自領に戻って行く。

「今度は家族で遊びに来たいですわ」

「船で行けば一泊で着くし、フィリポからなら馬車でも良いし。私も家族に話してみるよ」

「帰りの船は閘門の開閉時もずっと船に残りましょう。ねえ、お姉さま方」

ロレインとマリオンはエレーナの声を無視してフィリポ行きの馬車に向かってい行った。

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