三年 冬休み
閑話8 運河の旅
【1】
今回はマリオンもロレインも州境を越える。
マリオンはいつもリール州に入れば一番最初に下船するので今回はかなりテンションが高い。
しかし一番テンションが高いのはエレーナだ。この寒い中甲板に上がって下りてこない。今回は大人数になるので彼女お気に入りのギガントを貸切っての移動だから余計なのだろう。
そのエレーナにくっついてカロリーヌの弟のレオン君がジャックの手を引いて船内を走り回っている。
レオン君はともかくジャックはもう二十歳なんだから少しは落ち着けよ!
船は各領の船着き場に停泊する事も無く一路フィリポを目指して進んで行く。
今回は冬至祭の前までカマンベール子爵領に滞在する予定ですでに各々の実家には使いが行っている。
フランは冬至祭を過ぎてもゴッダードで遊ぶつもりのようだし、イヴァナに至っては東部領中央部でまるで反対方向の領地なのだが…
「
ああ、それを本人の前で言ってぶち殺されてしまえ。私は知らん。
イヴァナはストロガノフ近衛騎士団長の了承を貰っており、グレンフォードまでついて行くことになっている様だ。どうもグリンダとライトスミス家に向けて依頼状を送っている様なのだ。
エレーナの実家のル・プロッション子爵家からは私宛に丁寧な礼状が届いている。冬至祭までに帰省できれば良いのでよろしく頼むという事だった。
ル・プロッション子爵としては私をはじめロレインやマリオンが同行している事も一因なのだろうが、それ以上に領地経営に関しても清貧派・王妃派のゴルゴンゾーラ公爵家に与する意思表示であろう。
ストロガノフ子爵はそもそもグリンダのお得意様だったしライトスミス商会との関係を深める意図は解るが、グレンフォードまで行かせるという事は清貧派とのパイプも繋ぎたいという事なのだろうか。
新設の運河はカンボゾーラ子爵領で二つの水門をくぐる。
閘門の開閉時間を潰す為、私たちはフィリポの領城で一泊して義妹のルシンダを堪能した。
ルーシー義母上はこのメンバーにえらく恐縮していたが、フィリップ義父上はヨアンナの叔父で公爵家の出身でもあるので遠慮は無い。
散々にルシンダを自慢しまくっていたが、これに関しては私も異存は無いので容認してあげた。
翌朝は船に戻って運河を越える。
夜の間に一番目の閘門を通過してもうすぐに二番目の閘門も開く直前になっている。
長々と閘門が開くまでの時間を無駄に待つ事もなく過ごせたのだが、エレーナは酷く落ち込んでいた。
閘門を越えるのも水深が上下するのも全てその体で味わい尽くす事が船に乗るという事だと…そんな訳有るかい!
開く閘門や流れる水の流れに乗るだけでも楽しいじゃない。レオン君大はしゃぎだよ。
ジャックとルイスはレオン君と一緒にはしゃぎ回るな! ルイーズは二人を蹴るな! イヴァナもルイーズの真似をするな! …そう言えばパブロは? おお、さすがにポールがシッカリとパブロにネックブリーカーをかましている…ってポールが居なけりゃあパブロも参加するつもりだったのかよ。
まあジャンヌとカロリーヌが楽しそうなので良しとするか。
【2】
ア・オーからは馬車に乗って鐘半分の時間で温泉の麓に村についた。
温泉の湧き出す坑道跡はあの爆発でかなり抉れて、そこから麓の村に向かい川が出来ている。
川に沿った周辺はこの季節なのに雪も積もらず、温泉に向かう道として整備されて歩いて半刻ほどで湯元に到着した。
坑道の爆発で出来た穴は池になって間欠泉となっており危険で近寄れないが、黄鉄鉱の露出した岩盤と吹き上がる熱水そして高温の蒸気を上げる池という珍しい景観を見せている。
その池から流れでる熱水を引いたレンガ建ての宿泊施設が出来ている。
廊下には長い流し台が連なり飲用の為の温泉水が樋の先から流れ出ている。そして受付場で取っ手付きのジョキを借りて温泉水を飲む事が出来る。
「思っていたのと違う…」
ジャンヌがポツリとこぼす。
ジャンヌは入浴を楽しみにしていたようだったな。この温泉の設計や建設はカマンベール子爵家とカンボゾーラ建設株式組合が請け負っているけれど、入浴施設の設置には私が思い切り口を挟ませて貰った。
「ジャンヌさん、申し上げましたでしょう。ちゃんと源泉を引いて露天の大浴場を作っているんですよ。荷物を置いたら軽く昼食を戴いてから浴場にご案内しますわ。メイドの皆もここではお客様なんですから一緒に寛いでちょうだい!」
当然ここの職員もライトスミス商会の関係のメイドやサーヴァントだ。
幹部クラスのセイラカフェメイドばかりがやって来ているのでかなり緊張しているが、その分気合も入っている様だ。
軽い昼食を済ませると皆で入浴施設棟へ移動する。
地熱を使った岩盤浴にハーブ浴とサウナ。
更に大浴場と露天風呂は必須だろう。もちろん源泉から流れるお湯を滝にして打たせ湯を浴びる事も出来る。
大浴場の中には温水が流れる滑り台もつけている。
私の説明を聞いてジャンヌ以外のメンバーも少し興味を持った様だ。
入浴施設棟は中央で男女別に区切られており、ポールがレオン君を肩車して他の男共を先導して男子棟に入って行った。
私たちも女子棟に入るとカウンターでフェイスタオルとバスタオルとタオル地のガウンが手桶と共に渡される。
そして脱衣場を抜けるとシャワールームになっており、髪と体は此処で洗ってから浴室に入る事になっている。
こちらの世界では浴槽に石鹼を入れて体を洗う事が普通であるから、それを防ぐ為の措置である。
皆が次々とシャワールームを出てくる。当然裸である。
フェイスタオルで前を隠して来る者が大半なのだが、上級貴族はメイドの前で入浴する習慣がある為、ヨアンナもファナも隠すというような考え方をしない。
イヴァナ! お前は下級貴族なんだから少しは恥じらいを持って前を隠せ!
王立学校生だけで十二人、それにセイラカフェメイド達である。ヨアンナ付きやファナ付きのメイドもいるので二十人を超える大人数だ。
私(俺)も性別が変わってから十八年。今更ながらだが女性の身体にもそそられないのは慣れてしまったからだろうか。
前世からなら通算で六十を超えてしまっている。まさか枯れてしまったとは思いたくは無いのだけれど…。
「ここからが浴場よ。色々な種類の浴槽が有ってそこに浸かって疲れを落とすの」
「それで疲れがおちるものなの? 効果があるとも思えないのだわ」
「ファナ様。ほら、あちらがハーブを入れた浴湯、その隣は薔薇のポプリが入れて有るわ。こちらはヨモギの薬湯よ。お湯に溶けた成分が体からしみ込んで肌をつやつやにするの。それに湯気と一緒にのどや鼻も潤すのよ」
これは皆を湯に浸からせる為にと私が頭を絞って考えた方法だ。早速みんなが食いつきだした。
「まあ、それなら私はポプリにしようかしら。花の香りは私に一番似合うかしら」
「ハーブは効きそうなのだわ。良いハーブは気持ちもリラックスさせるのだわ」
「それでは私はヨモギの薬湯を試させていただきますわ。最近は中々眠れなくて」
カロリーヌはやはり気疲れが大きいのだろう。
「あの…セイラさん。あちらは?」
ジャンヌが私の腕を引っ張って浴場の反対側に作られているドアを指さす。
「行きましょう、ジャンヌさん。ご希望の場所はあのドアの向こうよ」
私が行ってドアを開く。
寒風が吹きこんで来るがその向こうには湯気で覆われた露天の岩風呂と滝が目に入って来る。
「これよ! これよ! これですよ。温泉はこうで無ければ」
ジャンヌが嬉しそうにドアの向こうに歩を進める横を、黒い影が走り抜けて行く。
「凄げえ、お姉様! 私があの滝のてっぺんを取ってやるぜ。私はやるぜ!」
その叫び声と共に滝の岩盤を裸で登り始めるバカがいる。やるな! バカヤロー!
「アドルフィーネ! あのバカ娘を取り押さえて!」
私の指示より先に既にアドルフィーネたち三人が走り出していた。
イヴァナは滝から湯船目がけて飛び込んだところを三人に取り押さえられて、拘束され連行されてきた。
これからメイド達による説教だろう。
そう思っていると滝の向こう、男子棟の露天風呂の方から派手な水音が三つ聞こえた。
「バカヤロー! レオン様が真似して怪我でもしたらどうするつもりだ! てめえらその雪の上で正座してろ!」
ポールの怒鳴り声が響き渡っている。
まだうちはイヴァナだけで良かった。
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