第25話 後始末
【1】
「お嬢様、奥様が呼んでおられます」
グリンダが少し青ざめた顔で私の所にやって来た。
覚悟は出来ているがやはり気が重い。
絶対帰ってすぐに父ちゃんから呼び出されると思っていた。
もっと早く何か言われると思っていたのだがもう夕方だ。
こんなに時間がたってからお母様に呼び出されるのは予想外で反対に不安が大きい。
事務室の扉をノックする。
「お母様、入ります」
そう告げて扉を開くと、青い顔をしたお母様が立っていた。
私がお母様の前に立って謝罪を口にしようとした途端、平手打ちが返ってきた。
予想していなかった展開に私は茫然とお母様を見上げる。
お母様は大粒の涙を流して私に言った。
「なぜ? なぜこんなことをしたのですか」
私は返事が出来なかった。
「何か事情があるのかもと思ってミカエラさんの所にも行きました。あなたがミカエラさんを唆したのでしょう」
言い訳が出来ない。
その通りなのだから。
「お父様はわたくしが悲しむようなことをするなとあなたに仰いました。あなたはそれを了解いたしました。あれは嘘だったのですか」
「それは、あの時は……」
嘘だった。
私は口では了解しても、初めからそのつもりはなかった。
「あなたが納得できていないのは解っていました。でもそれは私達も同じ事。お父様やわたくしがこのまま手をこまねいて終わらせると思っていたのでしょうか」
「いえ…。そんな事は‥‥」
もちろん解っていた。
そんな事は私にも初めから分かっていた。
脱税で告発できれば監査で立ち入りができる。
時間はかかるが合法的に書類の精査は可能だ。
ミカエラさんに書類の違法な廃棄を阻止させるだけで良い。
窃盗を犯させるのか、違法廃棄を阻止させるのか、どちらが良いかは一目瞭然だ。
こうなったのは唯々私が待ちきれなかったからだけなのだ。
「お父様はあなたが自分を信頼して了承してくれたと思っていらっしゃいます。だからその信頼にこたえるために一生懸命に商業ギルドや役場を調査してくれているのです」
「それはもちろん……」
知っていた。
父ちゃんは私に決して嘘はつかない。
いい加減な約束や不誠実な行動を取るような事は絶対しない。
「わたくしはお父様の信頼をあなたが知っていて裏切ったのが悲しい」
ぐうの音も出なかった。
「お行きなさい。後はわたくしが調査いたします。お父様にもわたくしからお話いたします。あなたは部屋に戻って、明日からはしばらく部屋を出てはいけません。お父様を悲しませることはわたくしが許しません」
父ちゃんにはお母様から状況を説明すると言われた。
暫くして商業ギルドから帰ってきた父ちゃんが執務室に戻ってきた。
「それで首尾はどうだった」
少し緊張した面持ちで問う声が聞こえてくる。
「ええ、無事に入手できましたわ。ミカエラさんの尽力で過去の会計簿や契約書類も入手することが出来ました。それに最近の領収書や契約関係の資料もミカエラさんに書き写して貰える様手筈が整っていますわ」
「おい、その契約書や会計簿は告発後と言う事じゃあ…」
「ミカエラさんの借金の事もございましたので少々無理を通させていただきましたの」
お母様が全てを被るつもりで居る事はよく解った。
でもそれでは私のした事の償いは出来ない。
執務室のドアの前で聞き耳を立てていた私は慌てて部屋の中へ躍り込んだ。
「父ちゃん! 違うんだ」
思わず否定が口をついて出た。
「父ちゃん、イエ、お父様。ごめんなさい。わたしが全て勝手にやりました。お父様にうそをつきました。許してくれとは申しません。お母様を泣かせるような事をしてしまった上お母様に庇っていただける理由などありません」
私は床に這いつくばり土下座で謝罪した。
父ちゃんの顔を見る事が出来なかったからだ。
お母様は私の横にしゃがみ込んで私の背中を抱くとまた泣き出してしまった。
父ちゃんの困惑した悲しそうな声が響く。
「分かったよ、セイラ。お前はこの件から一切手を引け。しばらくは他の子供達ともかかわるな。後の事は俺とレイラで全て片付ける。だからとっとと寝ろ」
私は呼び出されたグリンダに手を引かれて寝室へ帰って行った。
翌日から私は体調不良と言う事で屋敷から出ることを許されなくなった。
日中はお母様の執務室で法律と簿記の勉強をさせられている。
自分の愚かしい行動が、結局自分自身の手足を縛ってしまった。
色々と思い上がっていた己の愚かさが悔やまれる。
もう全ては私の手を離れた。
あとは両親と聖導女様に委ねておこう。
これから先は私たち子どもの手を離れて大人たちが全てを片付けるはずだった。
そのはずだったのだ。
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