第69話 亜麻(2)
【4】
手掛かりは思わぬところから現れた。
シュナイダー商店を通してリネン生地を送ってきた件の村の領主様から織機の修理依頼が来たのだ。
依頼を寄越したのは西部パルミジャーノ州の領主貴族レッジャーノ伯爵と言う人だ。
シュナイダー氏を通してライトスミス商会に面会を求めてきたので、父ちゃんとお母様の立ち合いで会う事に成った。
「パルミジャーノより参った。その方らがライトスミス商会の者か」
シュナイダー氏が伯爵を伴って入店してきた時に、お母様から挨拶をするように促された。背中を押すお母様を見上げると、口は開いていないが目があなたが代表だと告げている。
「伯爵さま。こちらがライトスミス商会の代表、セイラ様で御座います」
シュナイダー氏の紹介に私は伯爵に向かいカーテシーをする。
「初めてお目にかかります。当商会の代表を務めさせていただいておりますセイラ・ライトスミスと申します。伯爵さまに置かれましてはわざわざご足労頂きありがとうございます。今後ともお見知りおきの程宜しくお願い致します」
レッジャーノ伯爵は当惑した表情でぎこちなく言葉を発した。
「パルミジャーノ州で領主をしておるレッジャーノと申す」
「後ろに控えておられるのがお父上のオスカー殿と母上のレイラ様で御座います。オスカー殿は木工工房の代表で商業ギルドの副頭取を、レイラ様は先代のカマンベール男爵のご息女で商業ギルドの会計をお勤めになっておられます」
レッジャーノ伯爵はシュナイダー氏の説明に得心した様に頷いた。
こちらからの誘導もあるのだが、お母様が元貴族である為体面上表に立たず娘に代表を務めさせていると解釈したようだ。
伯爵が席に着くのを待って私たちも着席する。
アンがお茶を入れる傍らで、グリンダが一口サンドウィッチの皿を並べて行く。
「ほう、ファナセイラか。王都で最近評判になっておるそうだなあ」
「もともとゴッダードブレッドをアレンジしたもので、考案したシェフもゴッダード出身ですので」
「それで織機のご修理とのお申し付けと承っておるのですが、先ずはご予算と納期をご提示いただけないでしょうか」
私が切り出したことに驚いて、伯爵はお母様の顔を見る。
「なにぶんにも、現物の状況が解らねば私共で修理が可能かどうかも判断できません。出来ましたら当方より職人を派遣致して状況の確認と見積もりを行いたいと思います。」
伯爵は今度は父ちゃんの顔を見る。
「そうなれば往復の旅程に二日、織機の破損状況の確認と見積もりに三日。最低でも五日のご猶予を頂いてやっと契約が可能かの判断ができる状態でございます」
「良いのか? その方たち。このまま話を進めても」
伯爵が当惑気に口を開いた。
父ちゃんとお母様は無言で微笑むと首肯した。
伯爵は意を決した様に座りなおすと、商談を進めるべく口を開いた。
仮契約はスムースに進んだ。
木工所からは二人の行員を派遣し旅費と工員の日当は商会持ち、宿泊と食事は伯爵が持つ事に成った。工員は簡単な修理器具持参で、その場で修理可能なら工員の判断で価格交渉をさせ修理させる。その間の日当と材料費は伯爵持ちとなる。
ただ破損が酷い場合はうちの工房に持ち込んでの修理になってしまう。
伯爵からの状況説明を聞く限りでは、父ちゃんの判断では現場修理は難しいだろうとの事だ。
そうなった場合輸送費は伯爵持ちとし搬出と搬入は商会の責任で行う事に成っり、出張した工員が帰還時にも責任をもって持ち帰る事とした。
修理費用は別途請求されることとなるが、修理品はゴッダードで試運転を行った後パルミジャーノ迄運ばれ設置後、試運転の後異常が無い事を確認してからの引き渡しで合意できた。
詳細まで詰めた契約内容にレッジャーノ伯はいたく満足したようで、相好を崩してサンドウィッチに舌鼓を打っている。
「いやはや、聖年式を終えたばかりの娘でありながら大したものだ。ご両親もさぞや自慢であろう。話して居るうちにそなたの年齢も気にならなくなってしまったわい」
「伯爵さま。一つお伺いしたいことが御座います。こう申しては失礼なのかもしれませんが、何故うちにお声かけ頂けたので御座いましょう? 普通ならば織機を作った工房にまずお話が行くものかと」
父ちゃんの”あっ”と言う声が聞こえた。それに気付かないのは少し抜けてるぞ。
「ああ、それか。実は中古品なのだ。国内では作っておらぬ足踏み式の織機でな。なんでも北部のリール州のライオル領で新規に織機を購入したとかで不要になって廃棄すると言う織機を極秘に購入したものなのだ。結構な金額を取られたがすぐに壊れてしまってな」
「ああ、リール州は遠う御座いますものね」
「まあそれも有るがな。今回リネン生地の出荷でも良い値段で引き取ってもらえたのでシュナイダーに聞くと元は木工工房だと聞いたのでな。これからも良しなに頼む」
「やはり東部商人には買い叩かれるのでしょうか?」
「うむ、東部の各領地より高い価格には出来ぬのだろう。そもそもリネン生地の買取価格が低いのでなあ」
「…? 今回私どもで扱った価格でも国内での一般販売価格程度なのですが…?」
「東部諸州ではどこもリネン生地の買取は、ハスラー商人が独占しておるのじゃ。領主貴族から購入の全権委託を受けておるのでな」
「それでは国内に流通するリネン生地は?」
「ハスラー商人から東部商人が買っておる」
「「「「えっ!」」」」
これにはシュナイダー氏まで驚きの声を上げた。
「てめえの国で作った物を他所から買っているんですかい?なんでそんな馬鹿な事が…」
「その馬鹿な事がまかり通るのじゃ。東部の領主貴族はその金で潤っておるのじゃから。お陰で西部の亜麻の産地は糸を買い叩かれ、東部の村々は生地を買い叩かれ、王国の市民は高いリネンを買わされておる」
レッジャーノ伯が吐き捨てる。
「でもそれならば何故。西部の貴族の方々は伯爵様の様に織機を買って機を織らないのでしょうか?」
お母様が質問する。
「まず、織機が手に入らん。わしも極秘に廃棄品を入手した。なによりリネンの流通経路も糸の流通経路もハスラー商人とその息のかかった東部商人に押さえられておる。そ奴らは国王からの鑑札を持って買い付けを独占しておる」
「国王様の鑑札! 王都の宮殿は教導派の牙城で御座いますものね。でも織機に関しては、木工業を営んできましたがそのような話は伺った事は無いのですが…」
「ああ、レイラ殿の申す通り織機に関してその様な事は無い。古い手機織機以外は作っていないのだよ国内では。足踏み式織機はすべてハスラー聖公国から売られておる。その為修理もままならぬ」
「ひでえ。東部の領主様はそれで領地が困窮しても満足なんですかい」
「さあなあ。あ奴ら東部貴族共やハスラー聖公国の者はハッスル神聖国の教皇に与する事によって死後の安穏が保証されておると思っているようじゃが。平民は貴族に奉仕するものだとしか思っておらぬのじゃよ」
「それはやはり教導派の教えなのでしょうか?」
私の質問に伯爵は少し驚きつつも答えてくれた。
「すべてとは言わぬが、貴族は神の恩恵の下に生を受けたので平民の上に立つと言うのは教導派の思想の根幹ではあるからな。愚かしい事じゃと思うが」
「……」
「セイラ殿。ご母堂はレイラ殿と申されたかな。今のカマンベール男爵も先代も領民には理解のあるお方じゃ。州は違えど面識も交流も有る。先代の奥方は確かゴーダー家のご息女であたと記憶しておる。ご母堂は子爵家と男爵家の血を継ぎながらも平民の父君を選ばれた。それを許した両家が平民に過酷な考えを持つわけは無かろう。若いうちから教導派に惑わされるでないぞ」
お陰で亜麻の栽培やリネン生地の流通の秘密も知れた。
やはり清貧派が多い南部や西部の貴族であるレッジャーノ伯爵は開明的な平等思想の持ち主の様で信頼できそうな御仁であった。
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