クリスマス閑話 デルフィーナ
☆彡
デルフィーナが洗礼式を終えた二年前にシャピの町に聖教会教室が出来た。すぐに聖霊歌隊として参加して聖教会教室で修行を続けてきた。
そして十歳になって、年明けからセイラカフェの見習いメイドとして働き始めた。
始めての仕事は店長で指導メイドのフィリピーナお姉さまに連れられてポワトー枢機卿様の下に新作のプリンをお届けに行ったのが初めだった。
フィリピーナお姉さまは直ぐに王都に移られてしまったけれど、それ以来プリンのお届けはデルフィーナの仕事になった。
聖女ジャンヌ様が見えられて治癒治療をなされてからは枢機卿様は毎日苦痛に悩まされて、毎日届けるプリンだけが楽しみだと仰っておられた。
時折訪れるセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様の治癒で苦痛は少し納まる様だけれど、ジャンヌ様なぜ枢機卿様を苦しめるのでしょう。
セイラ様にそう苦言を呈すると枢機卿様もセイラ様も苦笑いして、病が癒える過程では大きな苦痛が伴うのだと仰っておられた。
それからはプリンのお届けのたびにセイラカフェで聞いた楽しい話をお聞かせする様にすると枢機卿様は殊の外お喜びになられた。
そんな話はシャピの港に行けばごろごろしている。
シャピの商船団は無敵で、多くの海賊船を退治した話や北海の異国で海賊に襲われた村を救った話、そして海賊団が屯していたアジアーゴの港を封鎖した話も聞いた。
去年は異国の戦争を終わらせてここシャピの街で各国の偉い人が来て話し合いが有ったのだ。
セイラカフェでもおもてなしのお手伝いでデルフィーナも色々と働いた。セイラ様と領主のカロリーヌ様はとても凛々しく毅然とした態度でおられて、自分もこの街に住人だという事に誇りを感じたものだ。
セイラカフェにやって来る他領の商人や船乗りの中には女の分際でとか学生のくせにとか悪口をいう者もいるが、カロリーヌ様の百分の一でも立派な行いをしている様なものは見当たらない。
この三年でカロリーヌ様の成された事のお陰でこの領地はとても過ごしやすくなった。
威張った教導騎士や商人や役人も居なくなり獣人属を虐げる者も居なくなった。
デルフィーナの両親も良い暮らしが出来るようになったと喜んでいる。
だからカロリーヌ様の事はみんなが誇りに思っている。
セイラカフェのお姉さまたちは”あんな奴らの言う事はは負け犬の遠吠えだから気にするな”と言うけれどデルフィーナは腹が立って仕方がない。
プリンのお届けの際に枢機卿様にそう愚痴ると、枢機卿様はとても喜ばれてデルフィーナの頭を撫でてくれた。
「若い女の身で領主として立つ事は殊の外難しいのだ。そう言ってくれる領民が有ったならカロリーヌも心強い事だろう。デルフィーナよ、これからもその気持でこの領地を支えて欲しい」
デルフィーナはこの時初めて枢機卿様がカロリーヌ様のお爺様だという事を知った。
カロリーヌ様とは聖霊歌隊に居た頃から何度かお会いしてお話をした事も有る。
綺麗で優しくて暖かい言葉を駆けてくれたカロリーヌ様は大好きだ。
よくカロリーヌ様の所にやって来るセイラ様はともかく、聖女ジャンヌ様はどうも好きになれない。
優しいしよい人だとは思うのだけれどジャンヌ様が来るたびに枢機卿様が苦しむ事になるからだ。
「これは儂の罰だ。あの者を苦しめた一旦は儂にも有る。だから聖女様を嫌わんでくれ」
そうデルフィーナの頭をなで撫でながら言う枢機卿様はカロリーヌ様と同じで優しい方だと思った。
☆☆彡
セイラ様から何度も体を撫でられて声をかけられ続けた様な気がした。
そんな夢を見たのだ。
それから後はもう真っ暗な所で夢さえも見ずに眠っていたような気がする。
そして枢機卿様の呼びかける声が幾度とも無く聞こえた様に思って目を開くとデルフィーナの右手を握って枢機卿様が本当に呼びかけてくれていた。
始めに覚えたのは安堵感であった。
「枢機卿様、ご無事なのですね」
「儂の事などどうでもよい。それよりも痛む場所は無いか? 苦しくは、辛くは無いか?」
そう言われてデルフィーナは起き上ろうとして全身に痛みが駆け抜けた。
何よりも体が上手く動かせない。
「痛い! 痛い! 痛い!」
「頼む、治癒術士たち。デルフィーナを助けてほしい。痛みを、苦しみを。この娘は本来こんな目にあうべきものではない。儂の罪をこの娘に背負わせてしまったのだ。頼む、助けてやってくれ」
「枢機卿様、セイラ様の聖治療が効を制して命は助かります。私たちも全力を持って治癒に当たります。この娘をこれ以上苦しめる事はさせません。それよりも枢機卿様もあれ以来一睡もせずそうしておられる。デルフィーナも意識が戻りましたからもう大丈夫です。お休みください」
「ごめんな…さい。ジャンヌ様の治療で弱音を…吐かなかった枢機卿様の前で…恥ずかしい」
「恥ずかしいなどと言う事など無い。ジャンヌのあれしきの治療で弱音を吐いておった儂が情けない。すまぬ、治癒術士たちにも伏してお願いする。デルフィーナの治癒をお任せ申したぞ」
そう言って今度はポワトー枢機卿が眠りについた。
☆☆☆彡
デルフィーナのケガは日増しによくなっている様だ。
まだ治療室に設えたベッドの上だが、両親やセイラカフェのメイドたちが入れ替わりで見守りに来る。
治療室は枢機卿の病室の奥になるので彼女の両親やカフェメイド達は恐縮している様だが、デルフィーナの回復は枢機卿の治療の励みにもなる。
それにこうやってやって来るデルフィーナの見舞客との応対は安らぎの一つにもなるのだ。
来るもの来るものにどれだけデルフィーナが勇敢であったか、自らを省みず尽くしてくれたかを語るたびに何やら誇らしい気持ちにもなる。
そしてこのような事になった自分への責めと彼女を手に掛けようとした教導派への憎悪に苛まれるのも確かであった。
「なあ治癒術士殿、デルフィーナはどうなるのであろう? 以前のように五体満足ではすむまい。なにがしかの障害が残るのではないか?」
「ええ、言い難いお話ですが取り繕っても仕方御座いません。手や足の腱が切れております。繋げてはおりますが以前のようには走る事も手に力を入れる事もままならないかもしれません。それは本人にも申しておりますし、努力次第では力を戻す事も可能です。幸いあの娘は前向きで明るい子ですし、セイラカフェのメイドたちも支えてくれます。メイドで無くても道は有ります。頭の良い子ですから勉学に励めば治癒術士でも海軍の執務関係者でも通用するでしょう」
「なら…なら良いのだが。返す返すも光の神子を攫われたのは痛手であるわ。セイラ殿がおられたらデルフィーナの治療ももう少し」
「仰いますな、枢機卿様。あの時セイラ様が人質に名乗りを上げておらなければデルフィーナの命も失われていたかもしれません。出来る限りのことを致しますからお気をしっかりとお持ちください」
そんな話をしている時であった。
ド・ヌール夫人と言うハウザー王国人の女性がポワトー枢機卿に面会を求めてきたのは。
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