第57話 調査

【1】

 思ったよりも時間がかかったわね。もう少し早くにたどり着くかと思ったのだけれど。

 アントワネット・シェブリはセイラ・カンボゾーラが出て行ったドアを見ながらお茶菓子に口を付けた。

「忌々しいけれど美味しいわねえ。やはりフィナンシェはハバリー亭の謹製に限るわね」


「思ったより早く調べたと思いますわ。よくマルカム・ライオルの赴任先にたどり着いたものですわ」

 メイドのブエナはアントワネットとは違う考えのようだ。

「そうなの? お前はすぐに任地に手の者を送り込んだのに」

「私の実家の男爵家はエポワス伯爵家に伝手が有るので直ぐに任地は解りましたが、ルカ・カマンベールあたりでは難しかったでしょう」


「ああそう言う事なのね」

「宜しかったのですか? ポワトー様の姓まで明かしてしまいましたが」

「彼方も手札を晒したのだから、これで私の手札は全て晒したわ。近衛副団長が奴の事を忘れていたのは誤算だったけれど、奴らがどう動くのかシッカリ見せて貰いましょう」


「クロエ様のお付きのメイド達は強うございますよ」

「あの獣人属のメイドだけでしょう」

「セイラカフェのメイドは人属、獣人属の区別なく護身術を叩き込まれておりますわ。まああのナデタとか言うメイドとセイラ・カマンベール様のアドルフィーネと申すメイドは特に接近戦に長けてい強いと聞いてはおりますが」

「いったい…メイドが接近戦って何の意味が有ってそんな事をしているのかしら? でも厄介な事ね」


【2】

「カール・ポワトーに伝手がある人はいない?」

「オイオイ、お嬢。先輩だぜ、呼び捨てはどうかと思うなあ」

「ウィキンズ、クロエ様が居ないからって口調が馴れ馴れしいわよ」

 アントワネットと話した後の放課後ウィキンズとアドルフィーネの三人で今日アントワネットから仕入れた情報の共有を行っている。


「ポワトー教導騎士様は王都大聖堂の教導騎士団だろうから俺たちとは関りが無いんだ。教導騎士団に知り合いもいない。そもそも在学中からマルカム・ライオルを後ろで煽っていた奴だからな」

「そう言えば学校の騎士団寮で教導騎士は聞かないね」

「ああ、騎士団はどこも一般人からの募集が殆んどだからな。州騎士団や近衛騎士団以外は大概幹部騎士も近衛や州騎士からの転籍者だから。教導騎士団も爵位貴族の子弟でそれも教導派聖職者になる予定の子弟しか行かないからな。だから同期に教導騎士はいない。今の寮内でも二人しかいない」


「セイラ様、同じクラスのカロリーヌ・ポワトーはカールポワトーの妹ですよ。ポワトー大司祭の養女となっていますが、愛人の娘でカール・ポワトーとは同母妹にあたります」

「えっ! そうなの。付き合いが無いけれど仕方ない、妹のポワトー伯爵令嬢にあたってみるか」

 そうか、あのポワトー大司祭の娘になるのか。遺恨も有るが枢機卿には貸しも有るし会えそうだ。


「それでは役立たずのウィキンズに代わって私がその酒場周辺を聞き込んでみましょう」

「その妹を通してカール・ポワトーを紹介して貰えれば俺が聞き込みに行くからお嬢は学校内でクロエ様に張り付いていてくれ。お嬢は外に出ない方が良い」

「そうですね。セイラ様は校内に残っていただいた方が宜しいですね。脅迫状はともかく奴の復讐対象の一人ですからね」

「分かったわよ。今回は大人しく言う事を聞きます」

 まあ校内や寮内でのクロエの護衛と言う意味でも私が残る方が良いだろう。


 カロリーヌには遠回しに脅してカールへの口利きをお願いした。三日後にセイラカフェで話を聞けるよう段取りを付けて貰った。

 ルカ・カマンベール中隊長は昨日から事実調査の為にマルカムの赴任地に出張している。

 どうもマルカムの件をストロガノフ団長に報告してことでエポワス副団長に逆恨みされたようで面倒事を押し付けられたのだ。

 そろそろ雪融けで温かくなり始める王都を離れて北の海へ向かわねばいけない事をグジグジとボヤキながら旅立って行った。

 中隊長不在で第三中隊の実務が下の者に回って来たらしく、王立学校生は近衛騎士団でなく学校での自主訓練に切り替えられた。

 お陰で手の空いたウィキンズはアドルフィーネの手伝いで街でマルカム・ライオルの行方を捜している。

 近衛騎士団も正式にマルカム・ライオルの捜索にかかった様で第七中隊が中心になって動き出している。


【3】

 今日はウィキンズもアドルフィーネは街に出ている。

 私とクロエは授業が終わり校舎を出て寮に向かっていた。

「クロエ様! クロエ・カマンベール様!」

 見慣れないメイドが駆けて来てクロエを呼んでいる。

 私達が振り返ると、メイドはそれに気付いて駆けよって来た。


「いったい何がどうしたの?」

 私の問いにそのメイドは息を整えて口を開く。

「大変で御座います。チェルシーさんが…チェルシーさんが暴漢に。助けを呼びに参りました」

「えっ! チェルシーが!」

 クロエは顔を強張らせその顔は血の気が引き青から白くなっている。

「落ち着いてお従姉ねえ様直ぐに助けに行きますから。あなた! チェルシーはどこに?」

「はい、使用人寮の方に…」

「ナデタ、いけるかしら?」

「しかし、クロエ様の護衛が」

「お願いナデタ! チェルシーを助けてお願いい」

 クロエの懇願にナデタは使用人寮に向かって走って行った。

「セイラさんもチェルシーを助けて」


「セイラ・カンボゾーラ様、私がクロエ様を寮にご誘導いたします」

 知らせに来たメイドが私に暴漢の現場に帰る事が怖いのだろうか震える声でそう言った。

「ウルヴァ、クロエお従姉ねえ様をお願い。寮に着いたら先輩メイドに応援を頼んで、ナデテとリオニーにも連絡を取ってね」

 それだけ告げて私も現場にむかった。


 視界の隅でクロエが先程のメイドに誘導されながら女子寮の方に向かって歩き出すのを見ていた。

 ウルヴァは近くを歩いていたセイラカフェ出身の先輩メイドらしい娘に声を掛けて何か告げてからクロエの側に走って戻る。

 ウルヴァの伝言を聞いたメイドが平民寮にかけて行くのが見える。

 最近はウルヴァもシッカリとして来てセイラカフェメイドとしても一人前になって誇らしい。


 そんな事を考えながら使用人寮に向かってナデタを追いかけた。

 使用人寮にの入り口に向かいつつ何やら違和感を覚える。

 いや、違和感と言うより普通なのだ。特に異常な感じが見受けられない。暴漢が出るような事件が起こっているとは思えないほど落ち着いている。


「ナデタ! ナデタ!」

 近くに居るであろうナデタを呼ぶ。

「セイラ様! チェルシーはここに居ません!」

 使用人寮の厨房の出入り口から顔を出したナデタが緊張した面持ちでそう告げる。

「クロエ様の使いの者を名乗る者が来て女子下級貴族寮に向かったと言っています」

「それは…いつの事。いつ出て行ったの。私がここに来るまでには会わなかったわ」


 全身の血がひいて行くのが分った。

「セイラ様!」

 ナデタの声に我に返った私は叫んだ。

「ナデタ! 寮へ! 下級貴族寮へ! 騙された!」

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