第58話 襲撃

【1】

 下級貴族寮に走りながらナデタと話をする。

「で、チェルシーはいつ出て行ったの?」

「午後の授業が終わる前だそうです。クロエ様が急のお茶会をするから準備を頼まれたと言ってお菓子を持って」

「さっき暴漢の話をしたメイドは知ってる?」

「私は見たことが御座いません。少なくとも先月まではいませんでした」


 やはり偽メイドだったのか。ナデタも違和感があったのだろうがクロエと焦った私が押し切ってしまった。

 迂闊だった。

 そもそも暴漢の襲撃に合っていながら私たちを探して助けを求めること自体がおかしかったのだ。


「多分寮では無いわね。どこだと思う?」

「人通りが少なくて襲撃者がひそめる場所が有るところ…ですかね」

「ガーデンテラスへ向かう通路ね」

 私達はガーデンテラスへ向かって行くと倒れている人の足が見える。急いでそちらに向かうと一瞬血の匂いがする。


「ウルヴァ! クロエ様!」

 慌てて走り寄ると倒れているのは先ほどの偽メイドで、植え込みの陰から血を流したウルヴァがヨロヨロと出て来た。

 右肩にはナイフが刺さりだらりと下がった右手から血がしたたり落ちている。

「ウルヴァ! ウルヴァ!」

「セイラ様…クロエ様が! クロエ様が連れて行かれて!」

 泣きながら私に報告するウルヴァを抱きしめる。

「ナデタ! お願い! 私はウルヴァを診るから」


 ナデタは頷くとウルヴァが左手で指さす方向へ走りぬけて行った。

「ウルヴァ。良くやったわ。少し痛いけれど我慢して」

 そう言って右肩からナイフを引き抜く。

「ウッ…クッ…クッ」

 歯を食いしばるウルヴァの右肩に掌を宛てて魔力を流して行く。


 その頃にはリオニーとナデテが駆けつけてくる。

 その直後に下級貴族寮の裏で馬の嘶きと馬車の音が響く。

「ここは任せて。リオニーはナデタの応援を! ナデテはこの偽メイドを拘束して!」

「「ハイ」」

 クロエも気になるがそれは二人に任せてウルヴァの治療に専念させて貰う。


 傷の奥から順に血管をつないで行く。ナイフが動脈には至っていなかったのは幸いだ。

 出血が治まったので、続いて傷口を塞いで行く。

 その頃には騒ぎに気付いた生徒やメイド達も集まって来た。

 ザックリと開いていたウルヴァの傷口は辛うじて塞がっている。免疫力の強化を促してこれで処置は終わりだ。


「傷が塞がった! 治癒魔法?」

「治癒魔法では止血は出来ても傷口は塞げないわよ」

「聖魔法だわ。聖魔法使いだわ」

 ウルヴァの治癒に集中している間に周りにハレーションを起こしていた。

「ちっ…違います。こっ…これは今カンボゾーラ子爵領で研究している新たな治癒魔法の一つで…詳しい事は言いえませんが違うのです」


 私が否定しても周りは納得できないようだ。私でも納得できないだろう理屈が、当然他人に通る訳は無いのだが。

「光属性ではなくて? ジャンヌ様とは違う属性よ」

「怒り属性? セイラ様らしい属性ですわ」

「光属性よ。前の聖女様がそうだったと聞いたわ」


「それよりも暴漢が出て私のメイドが刺されたのです。お願い奴らを捕まえるよう騎士科の人たちに要請してください」

「ええ、分かりましたわ」

 数人の令嬢とメイドが騎士団員寮に走って行く。

 残った令嬢やメイド達も血まみれのウルヴァと私を見て改めて恐怖心が湧いて来たのだろう固まって震え出した。


「セイラ様…ごめんなさい。クロエ様が…ウッウッ」

「あなたはこうやって私の指示通り知らせに戻ってきてくれた。それだけで十分よ。もし無茶をしていたら死んでいたかも知れないのだから」

 その頃にはなセイラカフェ出身の他のメイドも主人の了解を取り応援に駆け付けていた。


 しばらくして拘束された男が三人ナデタと応援のメイド達に引き摺られてこちらにやって来た。

「すみませんセイラ様。クロエ様は馬車で…いまリオニーが追いかけています」

「何をやってるんですかぁー。もしもの事が有ればメイド失格ですよぉー。クロエ様の信頼もセイラ様の信用も潰すんですからねぇー」

 蕭然としたナデタにナデテが追い打ちをかける。


「止めなさいナデテ! 今回の事は私の判断ミスよ。責任はみんな私にあるわ。それよりクロエ様を一刻も早く無事に取り返す事が使命だからそのつもりで動いて!」

 ナデテの怒りも解るがそれでナデタを責めるのは間違っている。

 責められるのは私であってナデタやウルヴァでは無い。

「ナデタ。気に病まないで。あなたは良くやったわリオニーが到着するまでの足止めだけでも十分よ。足の速いリオニ―なら間に合うわ」


「はい」

 ナデタは俯いて小さな声で返事をする。

「それよりナデタは下級貴族寮に戻ってチェルシーがいるかどうか確認してきてちょうだい。居なければ寮のメイドを動員して探して」

「はい」

 ナデタは下級貴族寮に駆けて行った。


 ナデタたちが連れてきた男たちは王立学校のフード付きのマントを羽織っているが下に着ているのは私服だ。

 年齢も学生と言うには年を食い過ぎてる。傭兵上がりか食い詰めた冒険者なのだろうフードを被って侵入してきたようだ。

 ナデタに痛めつけられたようで二人は利き腕は骨折している。三人目に至っては両腕とも折れてあらぬ方向を向いている。


「ナデテ、あなたは貴族寮の監視の衛兵が来る前にこの方たちからキッチリとお話を聞いてくれないかしら。きっと喜んで話してくれると思うの」

「ハァーイ」

 ナデテは良い返事でガーデンテラスのお茶会スペースに三人を引きずって行く。

「それからあなたたちは、あのお茶会スペースに誰も入れない様に。そしてみなさんたちの御主人が見えられたら暴漢が出てナデテとリオニーが対処中だと簡単に説明してあげて下さいね」

 他のセイラカフェメイドにも指示を出す。


 気の回るメイドが持って来てくれた包帯をウルヴァの肩に巻きながら話す。

「ウルヴァ、私達が行ってから何が起こったか教えてくれる」

「はい、セイラ様が行かれてから通りがかった平民寮の方にリオニーお姉様とナデテお姉様に伝言をお願いして着いて行きました……」

 そうして下級貴族寮に向かいかけると偽メイドがガーデンテラスを抜けた道を通って行こうと言い出したそうだ。


 寮には大回りになるし寮内に入るなら裏口になるのでウルヴァが反対すると、表玄関へ向かう道に暴漢が潜んでいる可能性があるから見つかり難いこの道を行く方が良いと主張してきた。

 クロエが納得してその道を選んだので仕方なくついて行ったが警戒は怠らなかった。

 そして現場のこの近くに来てウルヴァが暴漢たちの気配に気づいたクロエの手を引いて逃げ帰ろうした。

 その様子を見て偽メイドがウルヴァを蹴り倒すとクロエの反対の手を引っ張ってガーデンテラスに連れて行こうとした。

 驚いたウルヴァが起き上り偽メイドの足にしがみつい止めようとした。


 逃げようとするクロエとしがみつくウルヴァに業を煮やした偽メイドがガーデンテラスに向かって応援を告げると王立学校のマントを羽織りフードで顔を隠した五人の男が現れた。

 ウルヴァは偽メイドにタックルを入れて、倒れたその腹に肘打ちを食らわせて意識を刈り取った。

 それを見た男たちの一人がウルヴァを捕まえようと覆いかぶさって来たのでそ右腕を取っての手を取って巴投げでその腕の骨を折った。

 折られた男は倒れた状態で左手でナイフを抜くとウルヴァの右肩に突き立てた時セイラ達の呼び声が聞こえたのでクロエを攫って逃げ出した。

 そこからは私達が見た通りである。


 その頃になってようやく寮の監視衛兵が一人やってきて、今上司に連絡を付けていると悠長な事を言っている。

 それと同じくしてレオナルドとウォーレンが駆けつけてきた。続いてジャンヌとエマ姉もやって来る。

 レオナルドは寮にいる学生騎士達に逃げる馬車の確保を命じて本隊に訓練に出ていない騎士団員が追跡にあたっていると教えてくれた。

 衛兵よりも素早い行動だ。


 そしてナデタが下級貴族寮にいたチェルシーを連れて戻って来た頃に馬車が確保されたとの報告が上がって来たのだ。

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