第183話 神学校留学生

【1】

 宮廷内では救貧院の廃止以降、かなり露骨に権力闘争が繰り広げられるようになってきた。

 ハスラー聖公国の大公女であったマリエル王妃殿下と、北部貴族を後ろ盾とするマリエッタ夫人と国王陛下の対立が、王位継承権を巡って表面化してきたのである。


 王位継承権第一位のジョン第二王子殿下は学力も高く、今回の救貧院廃止法案で一躍名を馳せてその実力を示している。

 更に王位継承権を持つゴルゴンゾーラ公爵家の長女ヨアンナ・ゴルゴンゾーラとの婚約も有り、今のところ王太子としての基盤は盤石である。


 しかし今は未だジョン王子殿下は王太子とは呼ばれていない。

 それは未だに国王が彼を王太子として認めないからだ。

 国王陛下の本音としては寵妃であるマリエッタ夫人との間に出来たリチャード第一王子に後を継がせたい。

 王妃の実家のハスラー聖公国やその威を借る東部貴族を黙らせたいのが、国王の本音である。


 しかしそれにはリチャード王子の実力も評判もまだまだ不十分だ。

 春の子爵令嬢誘拐未遂事件でも派手に立ち回った割にはこれといった評価を得ていない。

 Aクラスに在籍しつつも特待を取る事も無く、可もなく不可もなしという評価が定着している。

 その上卒業舞踏会での言動の為、懐柔を図ろうとしたロックフォール侯爵家とも溝を作ってしまった。

 もう一つの王位継承権を持つカブレラス公爵家も、ロックフォール侯爵令嬢とのやり取りを聞いていたようで、公爵令嬢本人が婚姻を嫌がっている。


 南部貴族の懐柔対策と王妃派に対するけん制も兼ねてモン・ドール侯爵家が打ち出した案はハウザー王国との接近であった。

 以前から秘密裏にペスカトーレ枢機卿とハウザー王国北部辺境伯領の大司祭との私信のやり取りは合った。

 ハウザー王家や福音派聖教会幹部に不満を募らせている大司祭で、直情的な御し易い相手でもあったので国境付近に集まるハウザー王国の清貧派教徒の動向は把握していた。


 ハウザー王国領からラスカル王国南部に移住した清貧派獣人属教徒が、ラスカル王国内で司祭職に就任している事にハウザー王国の福音派聖教会は危機感を持っているのだ。

 ハウザー王国は獣人属主体の国でありながら、その国教である福音派聖教会は人属が支配しているからだ。

 平等を謳いながら獣人属は聖導師以上に出世できない、福音派に対する不満が国境沿いの貴族の間でも高まっており、清貧派支持のサンペドロ辺境伯が勢力を伸ばしつつある。


 敵の敵は味方。

 福音派上層部から教導派に対して清貧派牽制の為の共闘を呼び掛ける書簡がもたらされている。

 かねてよりロックフォール侯爵家から要請が有ったハウザー王国との交流を図る案件を利用して、南部貴族の懐柔を図りつつ、福音派を利用して清貧派の力を削れないものか。


 そこで教皇派閥が決定したことが以前からロックフォール侯爵家から提案されていた話であった。

 南部諸州、特にブリー州やレスター州はハウザー王国と国境を接している。

 ハウザー王国との通商で潤っているのも事実であるが、ハウザー王国とラスカル王国は別に友好国ではない。


 王家同士の関係で言えば、ハスラー聖公国から王妃を迎えハッスル神聖国の教皇の出身国であるラスカル王国は、ハウザー王国にとって敵対国家である。

 そう言う面で言えば南部諸州は敵対国家との最前線でも有るのだ。


 そこでロックフォール侯爵家から提案されていた事案は、王族同士の交換留学であった。

 国王と寵妃を交えて極秘の話し合いがもたれた。

 その結果ロックフォール侯爵家からの提案を受け入れる形で南部貴族に恩を売る事で王妃派と距離を置かせるのだ。


【2】

 国王陛下…と言うより教皇派の貴族からの提案は今年聖年式を迎え十二歳になる第四王女のハウザー王国への留学と言う条件だ。

 正妃であるマリエル王妃にはジョン王子しか子が居ない。

 寵妃であるマリエッタ夫人の娘だ。長女と次女はもう王立学校を卒業しており、三女は予科の二年生だ。


 その為第四王女は聖年式を終えると、ハウザー王国の王都にある福音派女子神学校への三年間の留学に向かう。

 もちろん彼女と共に教導派聖教会系の大貴族の庶子が養女として引き取られた上同行する事になっている。

 その中には同じ王立学校のAクラスだったマリナーラ元枢機卿の孫のマリナーラ伯爵令息も教導騎士に任じられてメンバーに加えられている。


 そしてハウザー王国からは今年成人式を終える第二王子であるエヴァン・ウィリアムズとその随員が三人、王立学校の一年生として入学してくる。

 ハウザー王国嫡子の第二王子とラスカル王国庶子の第四王女の交換留学である。

 国王陛下としても寵姫殿下としても上手い取引だと喜んでいる。

 そして、そこに第四王女の意思は一切考慮されていない。彼らにとって四女など政略の道具としか思っていないのだろう。

 まして教導派の大司祭連中が急遽養女にして、第四王女の随員に付けられた庶子たちはもう物としか見られていない。


 極秘に進められた計画が王女に知らされたのは聖年式の一週間前。

 もちろん養女とされた庶子たちも同じである。

 そして聖年式の席上でいきなりこの計画が、国王陛下からの決定事項として発表された。


 彼女たちの留学に対してはさして議論もされぬままに、翌週には何台もの馬車が仕立てられ王都を発った。

 馬車の車列は幼い少女たちの憂いと共に中央街道をゆっくりと南を目指して進んで行った。

 はるか南、国境の町ゴッダード目指して。


【3】

 王妃派閥の聖職者や大貴族の中からは、伝統ある王立学校がハウザー王国の獣人属を受け入れるという事に反発するものが多くいた。

 また全員入寮が校則である王立学校の貴族寮に獣人属が入るという事にも異を唱える者が有った。


 ただし入寮に関しては現状でもメイドやフットマンとしてセイラカフェ系の獣人属が多く暮らしている事で大きな議論にはならなかった。

 どちらかと言えば警備の関係でトラブルを危惧した議論の方が活発だ。

 警備の都合上も有り近衛騎士団員を選定して警備に付ける為、部屋はリチャード王子殿下が使用していた部屋を改装して入寮する事で落ち着いた。


 実際のところは男子貴族寮に入る大貴族から反発が大きかった事も上げられる。

 入寮する事自体にも反発は有ったが、獣人属が自分より良い部屋に居住することが我慢ならないのだ。

 かといってハウザー王国の第二王子である。

 ジョン王子殿下よりグレードの低い部屋に住まわせるわけには行かない。

 警備も考えるとジョン王子より大きな部屋が必要になってくる。


 その逃げ道が元のリチャード王子殿下の部屋だ。

 騎士団寮なので平民から上級貴族迄が混在しているのも、今回のエヴァン・ウィリアムズ王子の受け入れ先には都合が良い。

 上級貴族寮のような反発は少なく警備面でも寮生が全て騎士である為大貴族寮より安全だろう。

 何より第一王子が使用していた部屋なので格式的にも問題はない。


 四名の随員も周辺の部屋に割り振れば良い。

 同じ階に護衛も兼ねた監視役として近衛騎士団の団員を主体に部屋の入れ替えも行われた。

 騎士団寮は部屋の入れ替えや何やらで少々慌ただしかったが受け入れの用意も整った。

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