X‘mas閑話 ミシャの夢
☆彡
ミシャはハウザー王国で生まれたそうだ。
記憶はないがお父ちゃんがそう言ってた。
お母ちゃんと南部から逃げてくる途中で、ミシャが生まれたと言われた。
どうにかサンペドロ辺境伯領に辿り着いて、農場で小作の仕事を始めたがお母ちゃんはこれまでの無理がたたって死んだそうだ。
ミシャが三つの時だそうだ。だからミシャはお母ちゃんの顔を憶えていない。
でもたまに暖かい手で抱かれていた夢を見る事が有る。
抱かれた肩越しに笑っているお父ちゃんの顔は判るのに抱いている人の顔は判らない。
歌声が聞こえているのに声も歌も判らない。
そんなもどかしい思いで、抱いてくれている人の顔を見ようとすると目が覚めてしまう。
そうすると何故か悲しくなって、泣く事が有った。
ミシャが覚えているのは、お父ちゃんと狭い馬車に乗せられて何処かへ運ばれて行く時の事だ。
お父ちゃんはお母ちゃんの薬代が返せないからラスカル王国へ働きに行くと言っていた。
馬車の中で知らないオバちゃんがミシャを抱いてくれたけれど、肩越しに見えるお父ちゃんの顔は涙で歪んでいた。
夢の中のように笑っていなかった。
馬車の幌の外に見える光景は豆や燕麦や小麦の穂がいっぱい実ってそこで働く人の顔も楽しそうに見えるのに、なぜお父ちゃんは泣くのだろうとミシャは不思議に思った。
けれどその光景も馬車が北に進むにつれて変わって行った。
麦畑が少なくなり荒れた土地の中に丸い鞘を付けた背の高い枯れ草が茂る畑が増えた。
一緒に馬車に乗っているオバちゃんは”あれは亜麻畑だ”教えてくれた。
そして着いたところは南で見た畑とは比べようもない、瘦せた土地にいっぱいに植えられた小麦が貧相な穂を垂らしている農場だった。
そこで働く人たちは畑で働く者と鞭を持ってそれを見張る者の二種類に分かれていた。
「何だよここは! これじゃあ、ハウザー王国の南部と代わらねえじゃないか。やっとの思いでジョージアムーン伯爵の所から逃げて来たのに! ラスカル王国に農奴制は無いと聞いたのに」
お父ちゃんの言っている事は分からなかったが、良くない事が起こっている事はミシャにも分った。
☆彡☆彡
農場で食べる食事は、燕麦を粉に引いた後のカスとして残る
農場には沢山小麦が実っているのに何故ミシャたちは小麦が食べられないのだろうと不思議に思うが、鞭を持った男たちは獣人属は飼葉と同じで燕麦を食えば良いと言った。
お父ちゃんは小作で雇われているのだからふすまでは無くせめて燕麦を食わせろと言って鞭で何回もぶたれた。
ミシャは背中を鞭打たれるお父ちゃんの胸に抱きしめられて泣いていた。
それからはミシャもお父ちゃんの仕事を手伝って畑に行ったり、近くの森で木の実やキノコを集めて持ってかえったり、薪にする枯れ枝を拾いに行ったりした。
そして寒い冬が来た。
冬の間は小作人小屋で、小作人がみんな集まって小さな火を焚いてそこで暖を取りながら春を待った。
雪が融け畑起こしをする頃には、皆痩せてやつれていたが秋に集めた木の実やキノコで食いつなげたのでどうにか働けた。
しかし翌年の冬にはお父ちゃんも無理がたたって、咳が止まらなくなり血を吐いて年を越す前に死んでしまった。
ミシャはその後直ぐに農場主の所に連れて行かれ、ハムやチーズやお酒や小麦のいっぱい乗った馬車に鞭を持った男に掴まれて一緒に放り込まれた。
そして馬車ごと知らない街に連れて行かれて、倉庫の前で男たちが話をしている間裸足で立たされていた。
お父ちゃんが恋しくて泣くと鞭を持った男に殴られた。
だから言われるままに涙をこらえて立っていると、馬車の男たちの話している側の路地に座っていた男の子が、スッと立ち上がり駆けだしてミシャを小脇に抱えると反対の路地に向かって走り出した。
男たちは話に夢中になっていたようで直ぐには気付かなかった。
それから後はミシャを攫った男の子、野良猫と一緒にその街でゴミあさりや物乞いをしてどうにか生きてきた。
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北の領地の夏はすぐに終わり秋がやって来た。
北のショーム伯爵領も収穫期を迎えて貴族や御用商人たちは収穫祭で沸き立っているが、農民も市民も重税に沈んでいた。
平民たちは小麦を収穫し税として納め、食べる事が出来るのはライ麦パンや大麦の粥だ。
それでも洗礼式の日は聖教会から帰る家族は、家で小麦のパンで洗礼を祝う。
ただそれが出来るのは人属だけだ。教導派の聖教会は獣人属を入れない。
それどころか雇い主の保証がない獣人属の子供は有無を言わさず救貧院に連れて行かれると聞いた。
街はずれの貧民街に暮らす獣人属たちは時折やって来る救貧院の人狩りから息をひそめて暮らしている。
ミシャはそこで噂話を聞いてきた。
この領地から西に行くと大きな川が流れていてその川をさかのぼって行くと、北西部と言う所に大きなお城が有って綺麗なお姫様が住んでいるそうだ。
そのお姫様はとても獣人属の子供に優しくて、その街では獣人属も聖教会に行けて仕事も貰えてみんな幸せに暮らしているという。
野良猫に話してみんなで北西部に行こうと言うと叱られた。
そんな旨い話は無いそうで、皆そうやって騙されて救貧院に売られてしまうのだそうだ。
ところがその野良猫がおかしな話を聞いてきた。
救貧院が無くなったそうなのだ。王子様が救貧院を廃止して新しい施設を作ったのでみんなそこに入れられることになるという。
何でも清貧派の聖教会に有る施設を真似たそうだが、その清貧派の聖教会は獣人属も洗礼式をして貰えるという。
ショーム伯爵領には清貧派の聖教会は無いが、流れる川をさかのぼり西へ行くと清貧派の聖教会が有る領に行けるという。
雪が降る前に辿り着けるようにと、野良猫に連れられてミシャたちは川に沿って旅立った。
物乞いをしたり木の実や果実を森で集めながら半月かかってとても大きな河に辿り着いた。
遡って来た川の百倍はあるだろう、見た事も無いような河だ。
そしてレ・クリュ男爵領の領主の居る岸辺の町は、ショーム伯爵領の街とは比べるべくもない小さな町だが人が溢れてとても賑わっている。
その町に有った聖教会は話に聞いた通り獣人属を迎え入れてくれた。
聖教会の聖導師様は野良猫の話を聞いて、ミシャたちを孤児の住む小屋に案内してくれた。
そして聖教会の工房で鐘二つ分働けば麦粥が食べられて小屋で暮らせる。その代わり鐘二つ分の間は教室で字と数を学ばなければいけないと告げられた。
そして後鐘一つ分働けばその分は銅貨を貰えるとも教えてくれた。
野良猫はミシャたちと三日間その聖教会で暮らし、四日目にミシャたちを置いてまた北に働きに出て行った。
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秋が終わって冬がやって来た。
毎日温かい麦粥が食べられて、週に一度はソーセージも出る。一度などこの教室の卒業生だという女の子たちが、セイラカフェのスコーンを沢山持ってきてくれたこともあった。
こんな美味しいものが有ったなんて今まで知らなかったと言ったら、聖導師の先生がお勉強を頑張ればセイラカフェに働きに行けて毎日スコーンが食べれるようになると教えてくれた。
死んだお父ちゃんやお母ちゃんには食べさせてあげられないから、野良猫に食べさせてあげられるようにしたい。
稼いだお金は全部貯めて、お勉強を頑張ってセイラカフェで働くんだ。
そして野良猫に美味しい物をいっぱい食べさせてあげるんだ。
雪がつもり始める頃、聖教会でも冬至祭が行なわれた。
「皆さん。今日は領主様のお嬢様が冬至祭のお祝いに見えられましたので粗相の無いようにして下さい」
「そんなこと気にしなくて大丈夫よ。美味しいものも沢山持ってきたので、皆で冬至祭の宴を行いましょう」
きれいなドレスを着て紫のお下げ髪を垂らした女の人がそう言って笑った。
ミシャはきっとこの人がショーム伯爵領で聞いた北西部の優しいお姫さまだと思った。
「お姫さま…獣人族に優しい北西部のお姫さまね」
ミシャがそう言うとお姫さまは少し困った顔をして、それからミシャを抱きしめてくれた。
「ごめんなさい。それは私じゃなくて違うお姫さまよ。あのお姫さまのような贅沢はできないけれど、今日は私の持ってきたお菓子をお腹いっぱいだべてね」
そう言って集まった子供たちの頭を一人ひとり撫でてくれた。
「ああそうだ。あなた達六人を連れてきた男の子からお金を送ってきたよ。銀貨が五十枚も有るぞ。良い仕事が見つかったようだね」
聖導師の先生も微笑んでミシャの頭を撫でてくれる。
「さあ、みんな。聖女ジャンヌ様が作ってくださった冬至祭の精霊歌を聞かせた上げるわ。ステキな冬至祭という曲よ」
そう言うとお姫さまはリュートを抱えて、弦を掻き鳴らしながら楽しげな歌を歌い始めた。
♪冬至祭がもうすぐやってくる、うれしさを隠せない犬や猫さえ、いつも優しそうなパパの目が笑ってる♫
夢に見たお父ちゃんの笑顔が蘇ってきた。ミシャを抱きしめていたお母ちゃんの顔はきっとこのお姫さまみたいな顔だったに違いない。
お母ちゃんが歌っていた歌はこんな歌だったのだろう。
やっぱりきっとここが話に聞いた優しいお姫さまの町に違いない。お金なんていらないから、野良猫も早くここに帰ってくれば良いのに。
その夜ミシャはまたあの夢を見た。
ミシャを抱きしめてくれるお母ちゃんの顔はあの優しいお姫様に似ていて、笑う父ちゃんの隣で野良猫も笑っていた。
歌声が聞こえる。お姫様が歌っていたあの歌が。
きっと春になれば野良猫も帰って来るだろうと思うと、ミシャは目が覚めた時とても幸せな気持ちになった。
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クリスマス用に短いお話をアップしようと書き始めたらのめり込み過ぎてしまいました。
長い話であまりハッピーじゃないけれど、ミシャの願いが叶いますように
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