第186話 パーセル大司祭
【1】
「セイラ様。いえ、光の聖女様とお呼びいたしましょう。昨夜途中の村でパブロさんから顛末をお聞き致しました。事が事だけにパブロさんには直接にカマンベール伯爵領に一報を入れて頂くように差配し、闇の聖女ジャンヌ様には随員の修道士を使いに立てて、私の書簡を持たせております。告発が取り下げられたことを知らせて、カマンベール男爵領に向かうように私の権限で指示を出しました。今頃はもう宿を立ってモルビエ子爵領との領境を越えている事でしょう。カマンベール男爵の事はジャンヌ様ご一行にお任せして大丈夫です」
パーセル大司祭は微笑みながら私たちに状況を説明してくれた。
「それからポワトー大司祭様。ご安心下さいませ。アヴァロン州から来た聖堂騎士団とゴルゴンゾーラ公爵家の騎士団が皆様方をお守りする事でしょう。今日の午後には到着いたします。それまでは皆様を私が連れてきた四人の聖堂騎士に守らせましょう。ですので昼までに皆様、ご用意をお願い致します」
…えっ? ご用意? 昼までに?
「どう言う事で御座いましょう、パーセル大司祭。昼までに何を用意致せと」
私の疑問を代わりにシェブリ伯爵が聞いてくれた。
「簡単な事ですよ。皆揃ってロワール大聖堂に向かうのです」
「いったい何を仰っておられる?」
「皆でとはワシもなのか?」
シェブリ伯爵とポワトー大司祭がパーセル大司祭に問い直す。
「ええ、ポワトー枢機卿以外は皆です。捕縛された者も死体も含めて皆です」
「ええっと、それは俺たちも含まれるのか?」
「ええ、ゴルゴンゾーラ夫妻もセイラ様もご一緒していただきます」
「私もですか?」
一体何を考えて何をしようとしているのだろう。
「意味がわからん! いったい何を企んでおられる。我がシェブリ伯爵領で、いやロワール大聖堂で勝手は止めて頂きたいものだ」
「別に勝手ではありませんよ。セイラ様は当事者ですのでアヴァロン州でも良いのですが、こうしてリール州に皆集まっているのですからロワール大聖堂で全ての裁定を行いましょう。先ほどポワトー枢機卿にお会いしてご了解も戴きましたので」
「パーセル大司祭様。それでも私たちはカマンベール男爵様のご容態が心配で…」
「ジャンヌ様は麻疹の治療なら幾度も体験していらっしゃいます。必ずお救いいただけます。セイラ様にはロワール大聖堂でご家族で光の聖女の聖別が必要か判定を受けて頂きますよ。それに少なくとも現役の伯爵が殺されて、現役の枢機卿の暗殺未遂の上犯人の自死。うやむやに終わらせる事の出来ない事態では有りませんか」
その言葉に全員が口籠った。
「今すぐなのでしょうか? 私はカマンベール男爵様の様態が心配です。いったん戻ってからでは遅いのでしょうか」
カマンベール男爵の治療もしたいし、お母様に説明もしたい。出来ればうやむやに日にちを伸ばして、秋まで逃げ延びたい。
「ジャンヌ様は麻疹の治療には長けたお方です。お任せなさい。…(それに遅きに失すれば貴女は教導派に絡め捕られますよ)…。ポワトー枢機卿とはお話も済んでおり、委任も受けてまいりましたよ。今すぐにでもロワールの大聖堂で父君のゴルゴンゾーラ卿の意向に沿う形でお話を致しましょう」
侮れない人だ。到着してあっと言う間に外堀を埋め尽くされてしまった。
結局なし崩し的に私たち全員はロワール大聖堂に向かう事となった。
昼前には聖堂騎士団とゴルゴンゾーラ公爵家騎士団の一部がこの村と私たちの警護のために到着した。
聖女ジャンヌの一行はゴルゴンゾーラ卿からの連絡を受けると、今日の日の出前にはカマンベール男爵領に向かって出発したそうだ。
早ければ夜にはカマンベール領に到着するかもしれない。さすがにジャンヌだ、行動が早い。
ポワトー枢機卿の警護のために聖堂騎士団副団長と聖堂騎士三人、公爵家騎士団員を四人、クオーネ大聖堂の修道士二人の合計十人を残して、この事件の関係者の全てはメンバーが出発の準備を済ませていた。
ポワトー枢機卿の治癒術師である修道女も一名証言の為に同行する事になりポワトー大司祭関係者が二名。シェブリ伯爵は随員の文官が一名だけ付けられた。
ライオル伯爵領関係者はギボン司祭と拘束されている教導騎士と二人の修道士、そしてそれを見張る三人のアヴァロン州兵。
ライオル伯爵と修道女の死体もギボン司祭と教導騎士や修道士の乗せられた馬車に一緒に積み込まれている。
それ以外のライオル伯爵領関係者は館に軟禁状態に置かれている。
ポワトー枢機卿の関係者は危害を恐れて、同じく館に籠っているので村長館は収容所状態になっている。
【2】
私とルーシーさんとゴルゴンゾーラ卿そしてアナ聖導女は馬車で向かう事になった。
聖堂騎士団長は、戦闘の疲れも有り傷も完治しているとは言い難いのに聖堂騎士団を率いて全員の警護に当たると息巻いている。
ゴルゴンゾーラ卿と一緒に来た公爵家騎士団の中隊長もそのまま公爵家騎士団を率いて、聖堂騎士団長の補佐を務めるそうだ。
東の関所の村を出て夕刻には分岐の村について一泊する事になった。
村の宿屋を借り上げて、リール州の聖教会関係者は一切近づけない様に警備がされている。
その夜やっとパーセル大司祭の関係者から事態の概要を聞く事が出来た。
ジャンヌ達一行は告発取り下げの報がもたらされると、直ちに偽冒険者たちを排除して八人の聖堂騎士と八人の公爵家騎士に守られて旅立ったそうだ。
ジャンヌは夜駆けで向かうと言っていた様だが、ポールとピエールが必死で止めたそうだ。ジャックは夜駆けの為に馬に鞍を付け始めていたそうだけれど…。
そしてパーセル大司祭は明日ロワール大聖堂で審問会を開くという。
ジャンヌの異端審問の為に北部の有力貴族が幾人か来ている上に西部地域を管轄とする教導派のマリナーラ枢機卿が来ているという。
その前で今回の審問を爆弾のように投下するつもりなのだろう。
敵は何一つ準備が出来ていない今が最善のタイミングだとも思うのだが、支援の南部や西部の清貧派大司祭や何よりボードレール枢機卿の支援が得られない事は大きなハンディキャップにならないだろうか。
「それを待てば向こうも手を打ってくるからね。足場を固める為にこちらの優位性を失うような愚挙には出たくないのさ」
それはそうだろうが不安は残る。
「考えても見てごらん。今の段階でも私たちの求めていたものは勝ち取っているんだよ。それも貴女の力でね。ロワールで完敗したところでスタートラインにも戻るだけ。一勝でもあげられればそれは全て勝ち得点だよ」
「それで俺たちの完勝条件はなんだ? ゴルゴンゾーラ公爵家が王家に返り咲く事か? ロックフォール侯爵家が狙っている様な北西部諸州の自治権の獲得か?」
「さあね。シェブリ大司祭をリール州をどこまで叩けるか、枢機卿どもをどれだけ追いつめられるか。それは神のみぞ知るところさ。ただね、私たちはポワトー枢機卿を握っているんだから、その見返りくらいは貰っても良いんじゃないかい」
そう言えば西部諸州や北西部諸州は清貧派がその大半を占めつつある。
次回の査定ではパーセル大司祭がクオーネでの一昨年からの前任の大司祭や前市長の不正を糾弾し、西部方面のマリナーラ枢機卿を追い落としを図っているようだ。
私は聖教会の勢力争いも王国貴族の権力争いも関わりたく無いのにドップリとはまり込んでしまっている。
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