第185話 新たなる確執

【1】

 未だ明け方だというのに館内は大変な騒ぎになっていた。

 私が知らせを聞いてゴルゴンゾーラ卿と駆けつけた時には修道女は事切れており、直ぐにシェブリ伯爵とギボン司祭が、少し遅れてポワトー大司祭がやって来た。

 状況の説明を聞いて、シェブリ伯爵達は自分たちは与り知らなかったと主張した。

 その返答にさすがのポワトー大司祭も不信を持った様だが、結局その場は州兵と騎士団長に後を任せて散会となった。


 そして今、州兵と騎士団長は貴賓室と私たちの部屋の警備にあたっている。アナ聖導女は私たちの部屋で寝かせており、ライオル伯爵の遺体の部屋はドアが開け放たれて教導騎士が縛られて死体と一緒に拘束されている。

 その部屋の中には新たに増えた修道女の遺体も放り込まれている。安置では無く布の包まれた状態で床の上、ライオル伯爵の遺体の隣に置かれているのだ。


 自死した修道女の告白を鵜呑みにするほど私たちはお人好しでは無い。

 裏で糸を引いているのはシェブリ大司祭と息子のシェブリ伯爵、そして実行犯の首魁がギボン司祭だろう。

「フィリップ様は昨夜襲撃が有るかもと予想しておられたのでは」

「ああ、やるなら昨夜が最後だろう。今日ポワトー枢機卿が目を覚ませば代行者を新たに指名するだろうからな」

「それでも大博打だったと思うけどね」

「そして博打は大外れときた。さてシェブリ伯爵はどう出るのかな」

「またライオル伯爵に罪を被せるんでしょうね。でもそれで収まるでしょうか。何より私は追放された領民や死んだ患者たちの無念を思うとこれで終わらせたくありません」

 ルーシーさんは悔しそうに唇を噛む。

 自死した修道女がどう言った人物か分からないが、教導騎士は巡回中の州兵を誘き出す為の陽動だったのだろう。

 アナ聖導女を監禁しようとした修道士は、死んだ修道女から枢機卿を狙っているようだから朝まで捕まえてくれと頼まれたと言い張っている。

 死人に罪を被せて行く奴らのやり方が我慢できない。


【2】

 日が昇り私は貴賓室に居た。あれから又仮眠をとりポワトー枢機卿が目覚めたのを待って、アナ聖導女と光の治癒施術を行っている。

 癌細胞の転移の感じられない臓器を選んで生の魔力を少しだけ注いでいるのだ。

 流し過ぎると癌細胞の増殖も進むので加減が難しい。アナ聖導女の指導を受けつつ調整して活性化させる。

「ご加減は如何ですか。ポワトー枢機卿様」

「ああ、ありがとう。久しぶりに頭もスッキリしたよ」

「枢機卿様、あまり無理しないでね。この病は完治している訳じゃないんだから」

「ああ、だが今日は重要な仕事が有る。頭の回る内に新たに代行者を変更をせねばならん」

「私たちは一旦カマンベール領に引き上げます。お約束通り四日後には必ず戻って来るから、それまで宜しくお願いするわ」

「具合が少しでも悪くなれば、私かセイラ様に連絡をしてください。修道女の皆さんもよろしくお願い致します」

 そして私たちは後を託して朝食に戻る。


「あーあ、ここの食い物は肉ばかり多くても味付けが塩と胡椒だけで物足りねえ」

「仕方ないですよゴルゴンゾーラ卿。ここにはセイラカフェが無いですからね」

「ゴルゴンゾーラ卿じゃない。父上と呼ぶように気を付けろ」

「未だ気持ちの切り替えが付いていないので嫌です。それよりもやはり枢機卿の代行者は決まっていたようですよ。誰とは言いませんでしたが、今日は代行者のをするって言っていましたから」

「これでほぼシェブリ大司祭が黒幕で確定だな。シェブリ伯爵も腹を括ったんじゃないか」

「それでは最後の話し合いに参りましょう」

 ルーシーさんの言葉を合図に私たちは最後の話し合いを行う為に食堂に向かった。


 食堂には関係者が勢揃いしていた。

 ポワトー大司祭、シェブリ伯爵とギボン司祭、拘束された教導騎士と二人の修道士、監視も兼ねた昨夜の警備担当州兵が二人、後の一人は死体置き場の監視に残している。

 給仕として立ち働いているのはどうもポワトー大司祭の部下の修道士と修道女のようだ。

「迂闊に何か口にして毒を盛られてはたまらん」

 そう言いつつ給仕をした修道女に一口飲ました後の茶を口に運ぶ。

 昨夜の事件で一気に不信感が噴出したのだろう、ポワトー大司祭の警戒感が半端ない。

 ただ部下に毒見をさせるポワトー大司祭の態度も気に入らないのだが。


「ポワトー枢機卿様は昨夜よりはずっと容態も好転しておられます。意識もはっきりしており、本日は枢機卿様の代行者をお決めになると仰せになっておられました」

 アナ聖導女の言葉にポワトー大司祭は突然喜色を漂わせて答えた。

「おお、それではこれからワシを後継に指名して頂けると言う事なのだろう。セイラ殿、いや光の聖女様心から礼を申しますぞ」

 私は曖昧に微笑んでお茶を濁す。

 多分あの枢機卿は起この単純で臆病な腹芸の一つも出来ない息子を指名する事は絶対にないだろうと確信が持てる。


 反対にシェブリ伯爵は憮然とした表情で淹れられたお茶を呑んでいる。

 昨日の癌の治療での騒ぎも昨夜の暗殺未遂も枢機卿の耳に入っているだろうからシェブリ大司祭の指名もあり得ないだろう。

 次の枢機卿が誰に成るかなど私には与り知らぬ事ではあるが。


「俺たちはもうすぐ、カマンベール領に引き上げる。その前に昨夜の事を説明願いたい。俺たちは警護の責任者でも無ければその義務も無いんだから、昨夜の事に関わりたくはない。無関係だと言う事だけはっきりしていただきたい」

 ゴルゴンゾーラ卿そう告げると、ポワトー大司祭が慌てて口を開く。

「それは重々承知しておる。ゴルゴンゾーラ卿ご一家には今回は助けられてばかりであった。感謝しておる。その上でだ。重ねて頼みがある。三人の州兵を残しておいてはくれまいか。頼む」

「それは一体どう言う事なのでしょうかな」

 ゴルゴンゾーラ卿の問いかけにポワトー大司祭はキッとシェブリ伯爵を睨むと話を続けた。


「ここではワシらの身の安全が保障されん。ライオル伯爵領から兵や刺客が来るかもしれん。ロワールの大聖堂の教導騎士団でも信用は出来ん。今信頼できるのはゴルゴンゾーラ卿、其方たちだけじゃ」

 その言葉に今まで黙っていたシェブリ伯爵がムッとした表情で口を開いた。

「ライオル伯爵領の話はともかくロワールの教導騎士団の事については、その言動はいただけませな。まるでシェブリ大司祭が何やら昨夜の事件に関係しているような物言いでは無いですか」

「さあどうなのだろうな。シェブリ大司祭の身の潔白が証明されれば良し、そうなるまでは信用も出来ぬわ」

「昨夜の事件はあの修道女の私怨では無いですか。ライオル伯爵とシェブリ伯爵家は何の関係も無い。その責めはライオル伯爵領のギボン司祭が負うべきで我らとて与り知らぬ事」

 その言葉にギボン司祭は苦渋の表情で、それでも無言を貫いている。


「その内輪もめは俺たちが帰ってから改めてやって貰いたい。しかし困ったな。俺たちとてこれから領境を越えてリール州を抜けるのだからいつ襲われるかもわからない。妻のルーシーと娘のセイラが襲われたのはつい昨日だ。護衛は多きに越した事は無い」

「襲われたとは無礼な。少々手荒ではあったが聖堂騎士の裏切りと行き違いだ」

 あれを行き違いと言い切る厚顔無恥なシェブリ伯爵を無視してポワトー大司祭がさらに懇願する。

「それは重々承知の上じゃが、頼むワシとポワトー枢機卿を守って欲しい」

「それならばご安心なさいませ。ポワトー枢機卿猊下やポワトー大司祭もお付きの治癒修道女たちも私どもがお守り致しましょう」

 そう言って扉を開いて入って来たのはパーセル大司祭であった。

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