第184話 刺客

【1】

 ゴルゴンゾーラ卿のプロポーズも終わり、内輪の話が一段落したところで爆弾を落とす事にした。

「治癒の最中にシェブリ伯爵から殺せと命じられました」

 ゴルゴンゾーラ卿の表情が途端に険しくなった。

「それはもちろん枢機卿の事だな。シェブリ伯爵は別の企みああったと言う事だな」

「でも一体何を…」

「ポワトー大司祭が言っていた危惧は元より無かったのではないかしら。シェブリ大司祭がポワトー枢機卿の後釜に座れるような密約とか陰謀が有ったのではないかと思うわ」


「私も不思議に思っていたのです。ポワトー枢機卿を東の領境に留まらせていたのになぜジャンヌ様を中央の領境から関を越えさせたのかと。シェブリ伯爵はそもそもジャンヌ様をここに来させる心算が無かった様な気がします」

 ルーシーさんも自分の疑問を口にする。

「そう言えば枢機卿の側付きと修道女と街道で遭遇したギボン司祭の配下の聖職者たちは明らかに雰囲気が違ったわね。武闘派と言う感じで」

「おい、今夜ヤバいんじゃないか」

「治癒の時立ち会った修道女に貴賓室へ人を入れない様に言ってあるし、飲食物の持ち込みも禁止しているから大丈夫だと思うけれど」

「州兵の見回りもコースに入れておいた方が良いな」


「大丈夫かしら? 病状の急変に見せかけて枢機卿に何か危害を加えるとか」

「それをお前が心配する必要はないぜ。治癒の専門家の修道女たちが太鼓判を押してるんだ。もし何かあれば修道女たちのミスか或いは故意の何かで、その責任は俺たちには無い。そう割り切って今夜は眠れ。分かったな」

 私はそう言われてベッドに押し込まれた。

 そしてゴルゴンゾーラ卿は、厨房から持って来させたワインを二つのグラスに注ぎルーシーさんと向かい合わせにソファーに座った。

 まあ二人の邪魔をするのも悪いので黙って眠る事にした。


【2】

 深夜、アナ聖導女は部屋をノックする音で目が覚めた。昨夜から神経が高ぶっているのか熟睡できなかったのだ。

 仮眠用のベットを抜け出すと隣のベッドでは聖堂王騎士団長が死んだように眠っていた。死にかけた上この館に乗り込んでからも神経を張り詰めていたのだから当然だろう。

 アナはドアの前まで行くと扉越しに用件を聞いた。

「アナ様、ご相談したい事が有ります。ポワトー枢機卿の容態が少々悪くなりました。聖女様を起こすのは躊躇われまして、何かお薬とか処置の方法などお聞きできればと思いましたので」

 それを聞いてアナは扉を開くと廊下に滑り出た。中で話すと騎士団長を起こす事になると考えたからだ。


 廊下には小柄な修道女が一人佇んでいた。

「それでどのような症状なのですか?」

「はい、心拍が少し早くなり呼吸が激しくなったようなのです」

「それでは風魔法で空気を送る量を増やして、少し栄養液を飲ませる量を増やしてみてください。私は土魔法の治癒術士なのでお役には立てませんが、容態が悪くなれば…グッ」

 アナの鳩尾に激痛が走りそのまま意識を無くした。

 何処かからともなく二人の修道士が現れてアナを抱えて姿を消した。


 同じころ巡回の州兵は廊下をコソコソと歩く教導騎士の姿を見つけた。不審な行動に誰何しようとしかけたが、思いとどまり、後をつける事にした。

 するとライオル伯爵の死体が安置されている格闘の在った部屋に入って行く。扉の閉まる音が響くのを嫌ったようで、少し扉を開いて部屋に転がっていた潰れた椅子の破片を噛ませて固定している。

 部屋を覗いてみると騎士団長が壊した窓に向かい、仮補修の板を取り外して表に放り捨てて行く。

 そしてライオル伯爵の死体をくるまれた絨毯ごと引きずり始めた。

 州兵は静かに抜刀すると扉を押し開いて中に入った。それに気付いた教導騎士は振り返り身構える。

「それをどこに運び出そうというんだ?」

「勝手に吠えるがいい。お前の与り知らん事だ」

「そう言う訳には行かんのだよ。上官から受けた任務は絶対なんでな」

 そう言って州兵は教導騎士に剣先を向ける。

 教導騎士は諦めた様に両手を上げると首を振って立ち上がった。

「我が領の御領主様のご遺体だ。こんな場所に放置しては申し訳ない。せめて埋葬してやりたいと思うのは人として当然だろう」

「それにしては雑な扱いだな。領主に対する敬意も感じられんがな。ここは立ち入り禁止だとっとと出て行け」

 そう告げて教導騎士を追い出すと、仮補修の羽目板を外された窓を塞ぐためチェストや壊れたローテーブルなどを積み上げてバリケードを作り始めた。

 外からの侵入を防ぐために。


 聖堂騎士団長はアナが部屋を出たのに気付いていた。廊下に出たアナの話し声を、締め切られていない扉の隙間から聞き、外の二人を窺っていた。

 話相手の小柄な修道女は特に凶器は持っていない様だ。ただその雰囲気にただならぬものが感じられる。

 話し込む二人を暗がりの中から窺っていると、いきなり修道女がアナに当て身を食らわせた。

 崩れ落ちるアナを修道女が抱きかかえた。すると向かいの部屋から二人の修道士が現れてアナを抱えるとそのまま部屋に連れて行った。

 向かいの部屋の扉が閉まるのを見定めて部屋の外へ出ると、修道女の向かった方向を見た。

 修道女は奥の貴賓室に向かっている。

 聖堂騎士団長は暫く逡巡したがアナの連れて行かれた部屋の扉を開き中に踊り込んだ。


 治癒修道女がノックに気付いて貴賓室の扉を開くと、ドアの外に小柄な修道女が立っていた。

 多分シェブリ伯爵が連れてきた修道女だろう、何か伝言が有るようだ。

「先ほど聖女様お付きのアナ聖導女様からご指示が御座いまして、こちらの栄養補給水をポワトー枢機卿に処方してくださいました。どうぞこれをポワトー枢機卿様に」

 小柄な修道女はそう言って小振りの水差しに入った液体を示すと、中に入ろうとしてきた。

 それを受け取った治癒修道女は不審げに小柄な修道女を見つめる。

「わたくし共は聖女セイラ様から、光魔法治療時に居た治癒修道女以外は中に入れるなと仰せつかっております」

「ならこれをポワトー枢機卿様に」

 小柄な修道女は水差しを押し付けてくる。

「それもセイラ様から外部から持ち込まれた物は一切使ってはいけないと言われております。栄養補充は水魔法だけにせよと」

「でもセイラ様お付きのアナ聖導女様からのご言いつけで」


「そんな事は言いつけは出ておらんぞ」

 急に新たな声がして二人が声の方向を向くと人影が見えた。聖堂騎士団長だ。

「誰の指示でこんな大それたことをした?」

 騎士団長の野太い声が修道女を詰問する。

 その声を聴いた小柄な修道女は水瓶を抱えて壁にへばりついた。

「私は只セイラ様のご指示で…」

「嘘です。セイラ様は誰も入れるな、何も持ち込ませるなと厳命されました。もしあなたの言う事が事実ならセイラ様自ら赴かれるはずです」

「そっ…それは、側近のアナ聖導女のご指示で」


「それは嘘です!」

 廊下の外からアナ聖導女の声が響いた。

 州兵の一人に肩を借りながらアナ聖導女が貴賓室の前までやって来た。

「その方は貴賓室からの使いと称して私を起こし、不意を突いて昏倒させて私を監禁しようと企てた方です」

「まあ儂が気付いて直ぐに助け出したがな」

 アナ聖導女は州兵に支えられて辛うじて立っている状態だが会話に淀みは無かった。


「あなたは一体何を企んでいたのですか?」

 アナ聖導女の問いに小柄な修道女は横を向いて口を噤んだ。

「この方はどなたなのでしょう?」

 仕方なく治癒修道女に聞きなおす。

「少なくともわたくし共ポワトー枢機卿様にお仕えする修道女では御座いません」

「多分、ギボン司祭様が連れて来られたライオル伯爵領の修道女でしょう」

 

 その言葉に小柄な修道女はキッと治癒修道女たちを睨みつけると口早に喚いた。

「ポワトー枢機卿様の為に働いた我が領主を罪人扱いで殺されたから仕返しに来ただけよ!」

 そう怒鳴ると持っていた水差しの液を一気に飲み下した。

「あっ! 何を一体!」

 アナ聖導女が慌てて駆け寄るがその腕は空を掴み、小柄な修道女はその場に崩れ落ちた。

「毒をあおりましたね。早く吐き出させなければ」

 呼吸困難に陥っている修道女に治癒修道女が風魔法で空気を送る。

 アナ修道女は俯せにして背中から胃を圧迫する事により毒を吐き出させようとしていた。

「早くセイラ様を! セイラ様をお呼びして」

 即効性の毒であったらしくセイラが駆けつけた頃には小柄な修道女は息が絶えていた。

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