閑話7 福音派修道会(2)
☆☆
ハウザー王国の神学校は、その人間関係が複雑だ。
ここに集う人属子女は子爵以下の下級貴族ではあるが、この先の聖教会での出世が見込める為長女や次女多く来ている。
それに対して獣人属は大半が高位貴族の末子なのだ。
複数婚が認められている上、女性にも継承権が認められているこの国では、女子の三女四女以降は邪魔者以外の何者でも無い。
正妻の娘ならいざ知らず、娘しかいない側妻の次女以降は嫁ぎ先も難しい。そういう娘は殆どが神学校へ追いやられるのだ。
人属の神学校生は三年後卒業すると各地の聖教会に修道女として派遣され、各地の聖教会を回りながら聖導女・司祭へとキャリアアップして行く。
しかし人属の神学校生と違い、獣人属の神学校生は三年ここで学ぶと、行儀見習いとして王宮や上級貴族家の礼拝堂や各州の大聖堂に側付きとして派遣される。
三年から五年そこで務めて、そこで貴族の子弟に見初められて正妻や側妻に迎えられるものも居るが、多くは平民に嫁に行くかそのまま洗礼を受けて修道女として一生を終えるのだ。
その為神学校内では人属と獣人属の間に大きな壁が有る。
婚姻や市井での栄達は望めないが、聖教会での出世は約束されている人属子女。
プライドは高いが先の読めない人生に不安を抱えて暮らす獣人属子女。
そしてこの神学校にやってきたのは人属でありながら王族と高位貴族で、立場的には帰国すれば大司祭にでも出世できる少女たち。
さらに実家では捨て駒扱いになっているこの四人の令嬢たちだ。
僅か十二歳の娘たちが通う女子神学校である。
四人は人属からも獣人属からも羨望のまなざしで見られ、入学早々から小さなお茶会にはあちこちから呼ばれて出向いていた。
そこでは皆自分たちの知らない異国の王女一行に対して憧れや羨望を口にし、現状の不満を吐露する事が多かった。
そう言った交流を通して四人の令嬢たちもそれぞれ思うとこらが有るようだ。
母国や実家に対して不満を抱えながらも、現状は他の神学校生より恵まれている事も理解し始めている。
ケインと連れ立って自習室に向かうテレーズは、四人が精神的に成長しているさまを手を取るように感じられてとても満足している。
昨日シャルロットから冬至祭の件を聞かされた。
今日、四人がその件を彼女に頼みに来るだろうが何を話してくれるのだろうか。
それがとても楽しみだ。
☆☆☆
「テレーズ先生。四人で話し合ったのですが先生のお名前で清貧派修道会として開催することは可能でしょうか?」
エレノア王女が代表して提案してきた。
「あら、なぜそう考えられたのですか? ラスカル王国からの留学生としてエレノア様が主催されてもよろしいのでは」
テレーズは直ぐに返答をする事無く、王女たちにその結論に至った理由を聞いてみる事にした。
「はい、まず教導派としての主催は当然この国で禁じられている宗派で獣人属を認めいていない教義なので絶対無理です」
ルクレッアが先ずは大前提である理由を述べた。
「それにエレノア王女殿下の名を使ってラスカル王家の主催とすると、神学校なので難色を示す方もいるだろうし、何より人が集まりすぎて揉め事の原因になりそうっす」
「だからと言って、選んで招待状を出すにしても、呼ばれた方と呼ばれなかった方でで軋轢も有るでしょうし…」
「何より人属と獣人属の令嬢同士がけんかになるっすよ。私たちは楽しい冬至祭がやりたいんっす。喧嘩はダメっす」
アマトリーチェの説明に被せてシモネッタが力を込めて力説した。
「冬至祭は聖教会では大切な宗教行事だという事は解っています。だからみんな故郷にも帰れずにこうして冬至祭が終わる迄宿舎に残っている事も。だから私たちが主催するお食事会に参加して迄不快な思いをして欲しくない」
「だから、テレーズ先生なんっす…です。清貧派は福音派の分派という考え方の人も多いすっし、獣人属の娘は清貧派の娘も多い…です。清貧派の教義に賛同してくれている娘ならばケンカもしないと思うん…です」
「あなた達はそれで良いの? 清貧派の主催で」
「私は…私はこちらに来て獣人属の女の子の話を聞いて、私と同じだと感じたんです。教導派の教義は獣人属を否定しているけれど、この神学校では私は獣人属の娘たちにより共感を覚えてしまう。結局種族に関係なく弱い立場の女の子が辛い目に遭わされるんだって思います。それに人属の娘たちだってすき好んで神学校に来ているわけでもないようですわ。ここに入るという事はもうこれから先素敵な恋愛も結婚も望めないという事ですもの。それだって自分の意思では無く家の事情でなのですから」
エレノア王女が胸の内を語る。
そして、ハッとした面持ちでテレーズを見て小さく”ゴメンナサイ”と告げた。
「構いませんよ。私は自分の意思で聖職者になると決めたのですし、聖職者である事は私の罪の償いの為だと思っていますから」
「そんな、テレーズ先生が罪だなんて…」
「私だって憎しみに囚われて道を誤りかけたことがあったのですよ。それをケイン様が救ってくださったんです。だからこれからの生涯は聖女ジャンヌ様と清貧派の為に捧げると決めたのですから…もうこの話はこれで終わりです。それよりお話の続きを聞かせて下さい」
テレーズは話を打ち切ったが、少女たちも、なぜかメイド達も興味津々という表情でケインとテレーズを見ている。
「さあ話の続きを」
テレーズに促されて今度はルクレッアが口を開いた。
「私の実家はペスカトーレ侯爵家です。母の実家もペスカトーレ侯爵家の縁続きの家系ですし、教導派の教義に縛られてそれが当然だと思って大きくなりました。だからこの養女の話しも留学も仕方がないとお受けしました。そしてこの神学校に来て福音派の教義を知って、ここの女の子たちと知り合って。結局どこに行っても教義に縛られて辛い目に遭い続けるばかりなんだって思い知りました。だから今までの人生でゴッダードやメリージャで過ごしたことが一番楽しかった。それに今でも少なくともこの国の神学校生よりは私たちはずっと幸せに暮らせてる。何故かと考えて気づいたんです。清貧派なら地位も爵位も無くとも自由でいられるって。だから清貧派の集まりならみんな自由に過ごせるんじゃないかって…だからお願い致します。テレーズ先生のお名前で開催させてください」
ルクレッアの言葉にアマトリーチェは辛そうに話し出す。
「東部ではこの日だけは子ども遅くまで起きて冬至祭のお祝いに参加出来て、皆でお食事をして私には楽しい思い出だったんです」
「私からもお願いする…です。王女様やルクレッア様に冬至祭は楽しい物だと知って欲しいん…です。私は御馳走はなかったけれどそれでも冬至祭はみんなが集まってワクワクしてとても楽しかったっす。それをお二人にも知って貰いたいんっす」
テレーズは微笑んで頷いた。
この娘たちの思いを無碍にするようなら聖職者としての価値など無い。絶対に冬至祭を開催させて見せる。
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