第37話 北部商船(1)
【1】
冬至祭を直前にシャピの港に一大事が起きた。
北部商船の船団がサンダーランド帝国からの長い航海から帰って来たのだ。
一体何を積んで帰って来たのか、どんな珍しいものが手に入ったのか、憶測と期待で港の商業関係者は沸き立っていた。
「本当に大変な航海をご苦労様でした。遭難や沈没も無く、私掠船にも遭遇せずによくぞご無事何よりです」
「ああ、いや私掠船には二回ほど遭ったのだがな。沿岸の小型船などこの船団の相手には不足と言うものだ。返り討ちにしてやった」
カロリーヌの労いの言葉にそう言って、北部商船の商会主で今回の船団を率いた熊親父、バルバロス船長は豪快にガハハと笑った。
「それでこれが今回の交易品の目録だ。毛織物はすごく高値で売れたぞ。ラスカル王国の、いやアヴァロン商事から収められるウールの生地がとても品質が良いらしい。まあ積み荷保証のおかげで北部商船の儲けにはならんが、その金で高価な物を大量に仕入れる事が出来たからな。今回の仕入れ品の多くは競売にかける前にあの嬢ちゃんにまず値をつけて貰いたいと思っているんだがな」
「まあ、それでは競り市は開かないのですか?」
「そういう訳でも無いぞ。サンダーランド帝国は鉱山が多いから銅や銀それに錫の製品もある。それに塩も大量に買い付けられた。それからなミョウバンに石灰石もだ。あの国にはどれも大きな鉱床があるそうでな。こいつ等はかなり金になる。それからあちらで面白い鉱石を見つけたんだがこいつをあの嬢ちゃんに見て貰いたい。金属のようなんだが滑らかで真っ黒い。あちらでも鉛か何かが取れるかと採掘したようだが用途が無いとか言われたのでな。面白そうだからいくらか買い付けてきた」
「まあ、そんなものをセイラさんに売り付けるおつもりですか? いくら何でもそれは…」
「いやこれはあの嬢ちゃんなら面白がって何か思いつきそうだったので献上品と思ってくれ。それよりも幾つか
そう言って鞄の中から木箱を取り出しカロリーヌの前に差し出した。
カロリーヌが木箱の革ひもを解いて蓋を開けると、中には羊毛が詰められており、その羊毛を取り出すと目に入って来た者を見て、声を上げてしまった。
「まあ、なんて美しい。こんなに真っ白なものは初めて見ましたわ。その上に描かれた模様も繊細で色鮮やかでなんと華やかな美しさなんでしょう」
「それだけじゃねえぜ。ほら取り出して手に取って見てくれ」
そう促されてカロリーヌはそれを箱から取り出して両手で目の高さまで持ち上げてみる。
「何と言う薄さなのかしら。それに軽いけれど硬そうですね」
「ああ、机に置いて指ではじいてみな」
カロリーヌは言われるままに人差指でそれを弾いてみる。
キーンという澄んだ響きが部屋に木霊した。
「もしやこれは金属なのですか? いえ、でもどう見てもそうじゃないですわね」
「ああ、金属じゃあねえ。ただの焼き物だが製法は解らないらしい。サンダーランド帝国よりさらに西の国のその向こうの砂漠を越えて運んでくるそうだ。割れない様に箱に砂を詰めて荷駄で運んでくるそうだ」
「そんなに手間をかけて…、それでは値段も…」
「ああ、この皿は何か特殊な製法で作られた焼き物だそうだ。今回同じ焼き物を九個仕入れてきた。あんたにその一つを献上させて貰う。後はセイラの嬢ちゃんがいくらの値を付けるかだが、その値段でアヴァロン商事に売るつもりだ」
「それから一番金を使ったのがこいつだ。最上級の銀器よりも高価だったが、買えるだけ買い占めてきた。こいつもセイラ嬢ちゃんに値をつけて貰う」
バルバロス船長が取り出したものを見て、カロリーヌは絶句してしまった。
「そいつがこの航海の最大の成果だ。あの嬢ちゃんならこいつの値打ちが分かると思う。積んで行ったアヴァロン商事の積み荷の利益と引き換えにしても買い取ると俺は思うんだがな」
そう言ってバルバロス船長はにんまりと笑った。
【2】
北部商船の商船団がシャピの港に到着したとの連絡が手土産の箱と共にもたらされたのは冬至祭の前日だった。
去年はライトスミス家のみんながこちらに集まっていたが、今年はルシンダが生まれた事でオスカルを連れて来ることができないので父ちゃんとお母様もゴッダードだ。
雪遊びがしたいオスカルが駄々をこねたらしいが、今年は仕方がない。
「セイラお嬢様、シャピの北部商船から大きな箱と小さな箱と二つ荷物が届いておりますよ」
まずはアヴァロン商事の商会員からバルバロス船長の伝言を聞き、渡された今回の積み荷の売上表を開いて目を通している所だった。
やはりウール生地は好評の様で仕入れ値の三倍近い値がついている。
それにカンボゾーラ領で作っているジンも売れ筋だ。アルコール度数も相まってワイン一樽の十倍近い値がついている。これは増産を図ってノース連合王国やモース公国にも売れるだろう。
こうなればカマンベール子爵領で仕込んでいるウィスキーの熟成が終わるのが楽しみだ。
ジンで下地を作って五年物を売りだせば…でも人気になり過ぎても私(俺)が飲む分が無くなりそうだし。
取り敢えず樽詰めはさらに増やす必要があるな。
そんな事を考えているとウルヴァが声を掛けてきたのだ。
「大きな箱と小さな箱? 部屋に運べるくらいかしら」
「はい、大きな箱は重そうですが二人で運べば持って来れます。小さい箱は…これで御座います」
私はシャピの北部商船から送られてきた木箱を手に取った。革紐で縛られた普通の木箱で思ったより軽い。
続いて運び込まれた来た大きな箱はタンスくらいの木箱で、かなり重そうだ。木蓋も楔で止めてある。
荷を運び込んだ商会員にふたを開けさせると、中には黒光りする鉱石の様なものが入っていた。
「何なのでしょうか、これは?」
商会員もウルヴァも不思議そうに眺める。
もしやと思い手に取ってみると掌が黒く汚れた。
「…
「お前知ってるのか?」
一緒に箱を覗き込んでいたフィリップ
「バルバロス船長のお話では掘り出したサンダーランド帝国でも何かわからなくて使い道がないと言われているものだそうですが」
商会員もそう口にする。
「これは良い商品になるんだよ。そうだ何か巻く物は…」
机に置かれた小さい方の木箱を縛っていた革ひもを解いて
「紙をちょうだい」
商会員が差し出した紙に結晶の尖った先で字を書いてみせる。
「ほう、字が書けるなあ。木炭よりもはっきりと黒い線が書けてるな」
「それに木炭より硬いから細い字が書けるんだ。先を削って尖らせればもっと細線も書けるよ」
「安く仕入れられれば金になりそうだな。お前どこでそんなこと知ったんだ?」
「…あっ、いや。昔西から…西から来た商人が欠片を…そう、鉛の原石じゃないかと言って持ってきたことが有って。使ってみたら便利だったんだけれど仕入れ先も何も分からなかったから」
「ああそう言えばバルバロス船長も鉛じゃないかって採掘時は思われていたとか仰っていましたね」
「ははーん、それじゃあその時にその商人もサンプルを手に入れたんだろうな。手を加えて商品化できればいいんだがな」
「出来るさ。私ならね」
「そうなるとそちらの小さい箱も気になるな。どんなお宝が入っているかな」
「そちらはお嬢様に値を付けて欲しいとバルバロス船長から言付かっております。なんでも九個仕入れてきたうちの一つだそうで、もう一つはポワトー
ほう、それは中々。期待が持てるじゃないか。
私たちは期待を込めてゆっくりと木箱の蓋を取った。
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