閑話8 福音派修道会(3)

 ☆☆☆☆

 テレーズやケインの根回しでどうにか冬至祭での『聖餐の儀』として執り行う事が決定した。

 冬至祭の食事は聖典に書かれた聖餐であらねばいけないとの事で仕方なくそれは呑む事にした。


 聖餐とは大麦のパンとチーズと水で薄めたワインが決まりだ。

 聖典には祝福の一族が冬至祭の日にその聖餐を食べたと記述があるからと言うが、清貧派の翻訳聖典によれば、その時代では日頃食べられないご馳走を食べたと解釈する事も出来る。

 聖典を神聖視するあまり額面通りに受け取り、文脈の裏を読まない福音派の悪い癖だ。


 聖餐後には何を出されて共に何を食べたとも記述が無いので好きにさせて貰う。

 だから聖餐後にはお茶と色々なセイラカフェの料理を提供する事にした。

 一学年に限定した事と清貧派の名を掲げた事で、参加する生徒の数はかなり絞られる事となるだろうと予測していた。

 それでも一学年の半分近くの三十数人が集まる事となった。


 部屋も礼拝堂横の大きめの集会室を借りる事になり、数日前から準備を始める事となった。

 大きな窓と机と椅子が並ぶ殺風景な部屋である。

 子供たちとメイドとテレーズ達十一人で机と椅子を並べ替えた。ただそれだけでも並びをどうするか椅子の配置をどうするかと話し合いながら、楽し気に作業を進めている。


 本来上級貴族の令嬢がこんな雑事を手伝う事すら異例である。でもここにはテレーズたち十一人しかいない。

 ケインが抱えた机の反対側をマルケルがヨタヨタと持つのを押しのけて、平民出のシモネッタが率先して手伝いに入ると他の令嬢たちも我先にケインの手伝いに走ってくる。

 ケインを囲んで少女たちがキャッキャと歓声を上げているのは少し妬けるが可愛らしいものだ。


 机を並べ終わると室内を見回したルクレッアがポツリと言った。

「聖教会の建物にしてはとても殺風景ですね。せめてステンドグラスでもあれば華やぐのに」

「仕方ないですね。ここは神学校で一般信徒の来る聖堂ではありませんから」

「そういう時は窓に端切れを張るんすよ。私の街では窓にリボンや端切れを付けて、工夫してたっす」

 ルクレッアがシモネッタの言葉を聞いて顔を輝かせた。


「私、ドレスにつけるリボンやレースが沢山ありますわ。それを持ってまいりますわ。ねえベルナルダ飾りつけをお願いできる」

「ええルクレッアお嬢様、綺麗に飾り付けを致しますわ」

「そんなのダメっすよ。私がきれいに飾り付けして見せるっす。こういうのは経験者のセンスが必要なんす、センスが」

「おや、シモネッタお嬢様。それでは私がセンスが無いようでは御座いませんか」

「べっ別にベルナルダの事を言ったんじゃ無いっすよ。経験っす、経験。我に秘策ありっす」


 そう言ってシモネッタは集会室を飛び出すと自分の部屋から、寒い時に服に詰める為に持って来た羊毛やこちらで用意した綿を持って来た。

「西部は雪が少ないっす。だからこうやって雪の夜の気分を出すんっすよ」

 そう言うと窓辺に綿や羊毛を積み上げて行く。


 それを見ていたルクレッアが辛抱出来なくなったようで自分も部屋に戻ってレースやリボンを両腕で抱えて持って来た。

「ねえベルナルダ、あそこの窓にリボンをたくさんつけましょう。私が付けるので椅子を押さえて下さいな」


「もう、私ルクレッア様よりかわいいリボンをもっと持っていますもの。それに綺麗なモールも有りますわ。ミアベッラ、ルクレッア様やシモネッタに負けられませんわよ」

 アマトリーチェもミアベッラを連れて部屋にリボンを取りに行った。


「ねえ、シャルロット…」

「私もお手伝いいたしますわ。シモネッタ様が飾られた窓際の雪の上に、王女殿下のお持ちの小物などを飾られるとお可愛らしいのでは御座いませんか」

「まあ、それはよい思い付きね。そうだわ、持ち手が天使になっているハンドベルが幾つかあったわね。それにお城の形の小物入れも…」

「王女殿下、それでは二人で持ってまいりましょう」


「みなさま、レースやモールやリボンは他の人と紛れない様に、窓ごとに分担するっすよ! それに窓に置く小物は壊れない様な物で数もしっかり確認する事っす。私が紙に書き付けておくっすからね」

 チャッカリと仕切り始めたシモネッタを中心に、王女殿下や枢機卿家の令嬢が嬉々として部屋の飾りつけを行っている。


 本来上級貴族の令嬢がこんな作業をする事などあり得ないのだが、遊び心と人を迎えるというもてなしの気持ちが合わさって、殺風景だった会場が稚拙ではあるが華やいだ物になった。


 ☆☆☆☆☆

 礼拝堂での儀式が終わり、招かれた生徒たちが三々五々集会室の中へ入って来る。

 そして扉を開き中に入るたびに感嘆の声を上げる。

 その声が上がるたび四人の留学生たちが少し得意げに微笑んで着席を促して行く。


 全員が着席した頃合いを見計らって、テレーズが立ち上がり簡単な冬至祭の意義を話して祈りを行う。

 それぞれの皿には一切れのチーズと小さな塩味の種無しパン。ゴブレットには牛乳。

 全員がつまらなさそうに牛乳を飲み聖餐を口に入れた。


「皆様、この度は私どもの招きに応じて頂いて有り難う御座います。折角の冬至祭で御座います。これからは私たちがラスカル王国で行っております清貧派の冬至祭をお楽しみくださいませ」

 エレノア王女殿下が挨拶を行うとメイド達が大きなワゴンを押して入って来た。

 それと同時に部屋中に甘い香りが満ち始めた。

 焼きたてのホットケーキとスコーンが一人一人の皿に、蜂蜜入りのピッチャーと共に置かれて行く。

 招かれた少女たちが目を輝かせてそれを凝視している。


「これはセイラカフェのお料理なのですか?」

 人属の少女が質問する。

「ええ、私たちのメイドは元々セイラカフェで修行したメイドです。彼女達が腕によりをかけて作ってくれました。この後も色々と出てきますから、残ればお土産に持って帰って下さいな」


 エレノア王女殿下の言葉に主に獣人属の少女たちから歓声が上がった。

「でもそれでは…、いただけませんわ。宿舎の聖導女様はセイラカフェは福音派のお教えに反すると仰っておられましたもの」

 先程質問した人属の少女が申し訳なさげに言う。


「何を仰るかと思えば、これだからかあなた方は。折角ラスカル王国の王女殿下がもてなして下さっているのに水を差すような事を。本当にもう人属の下級貴族は気遣いが出来ないから嫌ですわ」

 上座に座った獣人属の少女が言い返した。


「身分を笠に、その様な仰り方は如何な物でしょうか。それに人属と仰るなら、エレノア王女殿下たちも人属ですわ。それこそ失礼では御座いませんか」

 言われた人属の少女も黙っていない。

 瞬く間に人属と獣人属の間に険悪な空気が醸し出された。

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