閑話9 福音派修道会(4)
☆☆☆☆☆☆
「皆様、聞いて下さい。今日、私どもが敢えて清貧派の名前で食事会を開いたのは意味が有ります。聖典に書かれていない物を嫌う福音派の教義はよく承知しております。でもこのホットケーキはハウザー王国で初めて作られてメリージャのセイラカフェで出された物なのですよ。それが今ではラスカル王国の至る所で食されています。それは清貧派の領地だから」
話し出したエレノア王女殿下がいったい何が言いたいのか良く解らず口論していた二人も、他の生徒たちも王女殿下を見つめている。
「本当の事を申しますと、セイラカフェは平民や下級貴族の行くところだと言われ、王宮に居る頃は行った事すらなかったのです。こうして留学生になって初めてこんなに甘くて美味しいものを今まで食べられなかったのかと悔しく思いましたわ」
会場に笑い声が漏れて教義や身分でセイラカフェに行けない少女たちから賛同の呟きがおこる。
「今まで下々の行く所だと言われて、みんなで楽しく味わった事のない料理を楽しく食べたいと思って企画いたしましたの。ですから皆様には私たちの共犯になって頂きたいと思いまして。ご迷惑でしょうが付き合って頂きたいのです」
そう言って悪戯っぽく舌を出した。
「王女殿下にお喜び頂けるのでしたら、それに清貧派に福音派の教義を強制するなど愚かな事でした。喜んでご相伴に預からせて頂きます」
人属の少女の言葉に他の人属からも安堵と喜びの声が上がった。
「当然ですわ。私たちも王女殿下のお気持ちが良く解りますもの。教義や身分やと言われて今まで私も食べた事はありませんでしたし。ハウザー王国で出来たお菓子なのですから、大人たちはもっと誇るべきですわ」
獣人属の少女もそう言うと蜂蜜をホットケーキにかけ始めた。
「でも御部屋もとても可愛らしい飾りつけですね」
「ええ、私たちが持ち寄って飾りつけをしたんっす…ですわ」
「まあ、皆様が? 王女殿下も?」
「王女殿下も私たちもみんなで飾りましたの。今までメイドやサーヴァントにさせるのが当然と思っていましたけれど、皆様が喜んで下され顔を見ると、させるよりする方がずっと楽しくて嬉しくなれる事が分りましたわ」
ルクレッアが嬉しそうに両手を握り微笑んだ。
「そうですわ。奉仕活動に出て信徒の方々から感謝の言葉をかけていただくと嬉しくなりますわ」
ルクレッアに賛同した人属の少女が口を挟むと獣人属の少女が不満そうに言葉を続ける。
「でも聖導女様や司祭様になるとその気持をお忘れになる方も多いのですわ」
「わかるわ。王都の聖堂でも修道女様以外は奉仕の場に現れる方はいらっしゃらないもの」
人属も獣人属も関係なく一斉に上層部への不満が飛び出してきたようだ。
「そう言う物ですわ。それだけは人属も獣人属も違いなくみなおなじですもの」
「でも場所によっては聖導女様や司祭様が参加される地域もあるようですよ」
「それは清貧派の司祭様や聖導師様がいらっしゃる聖教会だからですわ」
「そうなんす…ですわ。それはラスカル王国も同じで、で、です。教導派の聖教会は奉仕すらしないっ…です」
「ええシモネッタの申す通りですわ。私はブリー州のゴッダードの街でその事を知りました。清貧派の聖教会は司祭長様も奉仕や炊き出しや聖教会教室やそれはもう忙しくしておられましたが、とても楽しそうに暮らしていらっしゃいました。忙しけれど喜んでくれる人の顔が見れることほど嬉しい事は無いと仰って」
アマトリーチェが何か吹っ切れた様に笑顔を見せる。
「私思いました。聖教会の教義に縛られた高位貴族で、体面や慣習やと周りを気にして、血の繋がった身内すら信用できない様な暮らしより、贅沢は出来なくても清貧派の聖職者の様に平民と汗を流して自由に暮らしている方が楽しくて幸せではないかと。ねえ、ですから皆様もここでは清貧派の信徒として教義や身分に縛られずに自由に楽しんで頂きたいのです」
ゴッダードに着いた頃のルクレッアからは想像できない様な言葉が発せられる。
「王女の身でこの様な事を言うのは問題があると思いますが、聞いて下さい。教導派のラスカル王国の王室から、ハウザー王国の神学校に留学してくる意味を考えてみてください。私たち四人は実家から不要だと切り捨てられたのと同じなのです。初めてゴッダードに着いた時は泣いてばかりおりました。でもメイドのシャルロットに励まされ、メリージャについてからは聖教会教室や工房に行ってお手伝いをしたり、セイラカフェにも行ってお食事やお茶を楽しんだり。王室のような贅沢は有りませんがその代わり自由がある事を知りました。私を捨てた王家に頼らずとも清貧派の信徒として質素でも自由に暮らせた方が幸せになれると実感いたしました。ですからここに居る間は清貧派の一留学生として自由にふるまわせて頂きますわ」
エレノア王女の長い演説が終わった。
「私もエレノア王女殿下の真似をさせて頂きますわ。私の実家は公爵家で、実母に兄が一人弟が三人居て長女の私は跡継ぎ争いに邪魔になると言われて神学校に送られました。ここに居る獣人属の生徒は皆私と同じような境遇です。ねえ、私たちも実家にとやかく言われる筋合いはないですわよね。私も清貧派の信徒として自由に暮らします。このまま聖職者になるにしても、実家の公爵家の顔色をうかがう必要など御座いませんわよね」
公爵令嬢だという獣人属の少女が宣言すると、周りの獣人属少女たちから賛同の声が上がる。
「それは私たちも同じですわ。聖職者になる事が義務付けられたような実家に縛られ、福音派の教義に縛られて、司祭にまで上がるのは人属でも四子爵家かその縁者の男子だけ。枢機卿家の私でも精々聖導女か良くて司祭止まり。なら私たちも清貧派としてふるまう事に何の躊躇う事が有るでしょうか」
先程の人属の少女も同じような悩みを抱えて実家に不満を募らせていたようだ
それだけ告げるとホットケーキにナイフを立てて食べ始めた。
「蜂蜜を吸って甘くてとても美味しい! これを味わえるだけでも清貧派の聖職者になるべきですわね」
その言葉に部屋中から賛同の笑いが起こる。
「然り、然り。家格が高くても美味しいものも食べられないあんな家、私の方から願い下げですわ」
それからは種族や身分に関係なく和気藹々と会食が進み、食事会が終わりに近づいた頃、テレーズ修道女が立ち上がり全員に向かって話し出した。
「今日お集りの皆様、もし宜しければ月に数回こうして集って勉強会を致しませんか? 私はラスカル王国でも最新の治癒魔術を学んでおります。自慢ではありませんが、ラスカル王国にいらっしゃる闇と光の二人の聖女様より手ほどき受けてそれなりの技量も持っております。最新の治癒魔法を習得する事は、将来皆様の邪魔にはならないだろうと思います。堅苦しく考えずこうしてお茶を飲みながらでも構いません。如何でしょうか」
「修道女様、私は是非参加させていた出来ますわ。特にこの様なお菓子が頂けるなら存外の喜びですもの」
獣人属の公爵令嬢が悪戯そうに笑って参加を表明する。
それに続いて人属の少女も参加を表明し、次々にそれに同調する声が上がる。
結局全員参加で年明けから清貧派治癒術教室が立ち上がった。
ハウザー王国の神学校内に清貧派のラスカル王女の派閥が誕生したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます