第38話 北部商船(2)

【3】

 冬至祭も早々に私は北行きの川船の中に居た。

 私に送られてきた木箱の中身は白磁の茶碗だったのだ。

 私は別に古美術に造詣が有る訳でも無ければ目利きでもないが、それでも陶器と磁器きの区別はつくし、白磁に大倫の牡丹の花が彫られたその意匠も優れている事くらいは理解できる。


 なにより今この国に…ハウザー王国やハスラー聖公国そしてハッスル神聖国を含めた四ヶ国にバルバロス船長が仕入れてきた九個の磁器しか存在しないのだ。

 そしてこれを再現できる技術はこの国を含めた周辺国に無い。釉も窯も土も無い。

 まあ磁器は土では無く粉にした石から焼く上、焼成温度も陶器より高いので、そこに技術が至るまでかなりの時間もかかるだろう。


 そしてこの磁器をエサにして私をシャピ迄呼びつけたいバルバロス船長の隠し玉が気になるのだ。

 この白磁茶椀を見つけてきたその目が金になると踏んだのならば大いに期待が持てる。

 新規航路としてはこの白磁と黒鉛グラファイトの交易だけでもかなりの利益が見込める。



 北部商船の商船団が運んできた積み荷は年明け一番の競りにかける予定に成っている。年始の一大イベントなのだ。

 それを目当てにシャピに商人が集まりつつある。

「おおセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様、これから王都へ? いや、セイラ様なら直接シャピに向かわれるのでしょうな。ポワトー女伯爵カウンテス様とはお親しいのでしょう。なにか情報は無いですか、せめてヒントだけでも」

 今私が乗っている河船も南部や北西部の商人たちが幾人か乗り合わせている。


「銀や銅の製品をかなり持ち帰ったようですが、ミョウバンや岩塩が大量に手に入ったようですよ」

「おおそれならば、我々でも入札に参加できそうですな。今回の競りで北部商船の販路に食い込めれば今後も有利に運べそうですからな」

 業務用でも民生品としても使い道の多いミョウバンや岩塩それに銀や銅も採掘されている。

 これだけでも新航路としては大成功なのだ。


 アバロン商事としては黒鉛グラファイトを押さえられればそれ以上は望まない。

 白磁はアヴァロン商事が扱うには手に余る。

 さらにバルバロス船長の隠し玉がどんなハレーションをおこすかも問題なのだ。


【4】

「もしかしてこれもずっと西の砂漠の果てからの交易品なのかしら」

「ああ、そうだ。なんでも古くから西の向こうの国とは交易路はあったそうなんだが、近年さらに西の海の向こうにある国との航路が出来てそこから送られてくるようになったそうだ」

 私の質問にババロス船長が答える。


「でもこの皿の底に描かれたピンクのバラの意匠は美しいですわ。この本当に真っ白な地の色に映えて美しいわ」

 カロリーヌが白磁に大きな牡丹の描かれた絵付け皿を見てため息をついている。

 私(俺)個人としては楽焼きや古織部のような黒い歪な茶碗の方がそそられるのだが、元日本人の感性がそうさせるのだろうか。


「バルバロス船長。私に値付けを迫るなら一個に付き金貨百枚出しましょう。競りの初値は金貨百枚から。それを越えない物はすべてアヴァロン商事が買い取ります」

「「えっー! 金貨百枚!」」

「それは…皿一枚にあまりに額が上がり過ぎでは…。でもこの美しさやその技術が判らないのならば…、払っても欲しがるものは居るかも知れませんけれど」

 カロリーヌは狼狽しながらもその金額を否定はしない。


「嬢ちゃん、それで大丈夫なのか? そこまで評価して貰えてうれしいが、利益は出るのか?」

「はっきり言って、うちでは手に余る商品ですね。だからと言って初めに安値を付ければ値打ちの判らない連中に相場を荒らされます」

「まあ、言ってる事は解るが…、うちとしては願ったりだけどよう。勝算はあるのか」


「それは早急に手を打ちましょう。カロリーヌ様それでご相談が御座います。サンダーランド帝国以西の航路交易を管理する組合を設立しませんか? サンダーランド帝国の西部当たりの大きな港に支店を出して。もちろんサン・ピエール侯爵家やゴルゴンゾーラ公爵家とも共同で、まあ当然ロックフォール侯爵家が仕切ってくることは確実ですが王妃様も巻き込みましょう」

「やはりライトスミス商会が取り扱う事に? それだと王妃様が納得されないのでは? やはり王妃様の覚えの目出たいオーブラック商会の方が」

「いえ、ライトスミス商会でも分不相応です。ましてやオーブラック商会では呑み込まれて踏みつぶされてしまいますよ。私たちの関係する商会はどれも王族や高位貴族相手の取引の経験が無さ過ぎます」


「それなら一体どうするつもりだ? 王妃を巻き込むんだろう」

「もちろん高位貴族の皆様方に頑張って頂きましょう。ここはそういう事に慣れた方達におすがりするのが正解だと思います」

「それはもちろん構いませんが、私ごときでも可能でしょうか?」

「カロリーヌ様が前面に出てあの高位貴族令嬢たちを使い潰して欲しいわ」

「さすがにそれは…。何か考えがお有りなんでしょうセイラ様」

「それはこの後説明するとして、バルバロス船長の隠し玉を教えてよ」


「ああ、俺の隠し玉はこいつさ」

 そう言うとバルバロス船長は持って来た鞄の中から、包みを取り出してテーブルに置いた。

 私はその包みをゆっくりと開いて行く。

 そこには艶の有る白い布地が折りたたまれてはいっていた。私が思った通りの物だろう。


「あら、何かの生地ですのね」

 カロリーヌが包みの中の物を見てゆっくりと手を伸ばしてその生地をに触れた。

「まあなんて滑らかなのでしょう。それに…薄くてこんなに軽い」

 そう言ってカロリーヌはそれを指先でつまんで持ち上げる。


「そいつも同じ西の果てから船で運ばれて、砂漠を越えてもたらされたものだそうだ。何の糸で編まれているかもわからないそうだけれどよう。こいつは絹という布だそうだ」

「まあ、多分これでドレスを作ればそれだけで宮廷にセンセーションが起きますわ。なんて肌触りが良いのでしょう。最上級のリネンでもここ迄の肌触りは出せませんわね」


 ある程度予想を付いていた。

 白磁の茶碗が入手できたのなら絹も入手しただろうと当たりはつけていたのだ。

「バルバロス船長、これは全部生地で? それとも…」

「そう来ると思ったぜ。糸も布地も手に入る限り搔き集めて帰って来たぜ。俺としては今回の航海の目玉にしたいんだがな」


「その腰を折るような提案だけれど競売は待って貰えないかしら。出来ればアヴァロン商事で全て極秘で預からせて貰いたいのよ」

「一体どう言う訳だ? さっきの焼き物の話と関係が有るのか?」

「ええ、しばらくこの絹については出どころを隠したいの。今回の航路開発の成果だけれど、その目玉は磁器にして絹の輸入は極秘。もちろん競りはかけるし、その価格で売り上げは渡すわ」


「そいつも何か裏が有りそうだな。極秘と言う事は俺はもとより船員たちにも箝口令を引かなけりゃあいけねえ。口裏を合わせる為も有るが説明は欲しいな」

「私も協力者として目的を教えて欲しいです。協力を惜しむという訳でなく、うっかりと何か墓穴を掘る事を避けたいのです」


「当然よね。全部まとめて今から説明させて頂くわ」

 そしてここから北海貿易での新しい計画が動き始めたのだ。

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