第39話 王宮工作

【1】

 冬至祭を四日ほど過ぎた頃、カロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスの姿は王宮に在った。

 シャピの港に西部航路を開拓しサンダーランド帝国より帰って来た船団の話題は王宮にも聞こえていたが、その成果の品を王妃殿下に献上したいと申し出が有ったのだ。


 さすがに王妃殿下との直接の謁見は緊張する。女伯爵カウンテスと言っても爵位を受けてまだ一年にも満たない十六の少女である。

 まして単独の謁見は今回が初めてである。居並ぶ上級貴族の前で震えそうになる足に力を込めて一歩づつ歩いて行く。


 王妃殿下の前で膝を折り首を垂れるカロリーヌに、周りから好奇心と期待と侮蔑の入り混じった視線が注がれる。

 サンダーランド帝国からの交易物に対する好奇心と興味で見つめる者。今後の交易に対する期待と利益を見定めようとする者。

 そして教導派貴族に多い、ハッスル神聖国とハスラー聖公国以西や以南に文化など無く、野蛮な国であると言う先入観から来る嘲りの視線だ。


「この度はラスカル王国の威信を示すべく、シャピの港より西方航路の調査に向かった船団が帰って参りました。その成果を先ず王妃殿下にお知らせいたしたく参内いたしました。献上品としてお納めいたしたく何卒お許しをお願い申し上げます」

 詰まらずに口上を述べる事が出来た。


「それは良い心がけです。取引品目によってはラスカル王国の威信を内外に示す事にもつながります。さあその品をこれに」

 カロリーヌの両脇に平伏していたメイドのベアトリスが平たい木箱を捧げて王妃殿下の前まで進み出る。

 並んで進み出たメイドのイブリンが箱の蓋を取ると中包みの鹿革を広げた。


 そこからは王妃殿下の側近の仕事である。

 ベアトリスの手から箱を受け取ると中を確認すると”ほう”と驚きの声を上げたが、直ぐに表情を戻しそのまま王妃殿下の前まで捧げ持って行く。

 予想外の王妃殿下側近のリアクションに興味をひかれた周りの貴族が、その木箱を凝視している。


「おお、これは。何とも美しい」

 大妃殿下は感嘆の声を上げると、両手を伸ばして箱に手を入れると皿を取り出して目の高さまで持ち上げた。

「存外に薄くて軽いな。硬そうだがガラス? では無いようだな。やはり焼き物なのだろうが、手触りも色つやもまるでガラスのようだな。それにこの白さはなんと透き通るようではないか。この花の絵も美しいがバラの花なのか?」


「いえ、バラに似ておりますが、遥か西国のもっと西の国に咲く牡丹と申す花だそうでございます」

「と申すのならば、この皿もサンダーランド帝国の物では無く更に西の国の物だという事か?」

「そのように聞いております。サンダーランド帝国のさらに西の彼方にある砂漠を越えて、そのさらに西より船で送られてきたと聞き及びまして御座います」


「そうであろうな。サンダーランド帝国などにここまでの物を作れる技術など有る訳も無し、ハスラー聖公国を凌ぐ物であるならまだ知らぬ未知の国からというのは頷ける」

 王妃殿下はそう言うと側近に謁見室の真ん中にローテーブルを運ばせてその上に白磁の皿を箱ごと置かせた。


「皆の者、閲覧を許す。ただし触れるでないぞ。それからカロリーヌ・ポワトー、もそっと近う寄れ」

 カロリーヌは王妃殿下の扇で招き寄せられた。


「もう少し、その西国の話を聞かせてたもう。この焼き物はこれからも手に入るのか? この度は九個の入荷と聞いたが」

「はい、聞くところでは船荷で海を渡った後、陸路でそれも砂漠を抜けて運ばれるそうで、多くは手に入らないとか。ただ、サンダーランド帝国の皇帝は皿より武具に興味が有るようで、私どもが高値で引き取った事で商人からは大変喜ばれたと聞き及んでおります」


「さもありなん。西の戦しか知らぬサンダーランド帝国などにこの美しさは理解できまい。それで仕入れた他の焼き物はいかがいたすのだ」

「この焼き物、何でも磁器と申すものだそうですが、この度は九個仕入れる事が出来ました。ところが、この度の航海の出資者でもあるアヴァロン商事のセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様がすべて買い取りたいと申されて、一つに付き金貨百枚を提示されているのです。船団の船長は破格の値段に乗り気なのですが、今は私が押し留めているところなのです。これだけの逸品です値打ちを知らない方々に買い叩かれるくらいならと、せめて価値の分かる王妃殿下に献上致した次第なのです」

 金貨百枚という言葉を聞いて居並ぶ貴族たちから一斉に驚きの声が上がったが、王妃殿下はそれを気にすることなくカロリーヌを褒め称えた。


「おお、よくぞ気づいた。ハスラー聖大公の血を引くわたくしのもとに献上したのは大正解であったぞ。この国でわたくし以上の目利きはおらんのだから。それで其方はいかがいたすつもりなのだ?」

「王族にお納めするのが一番かとは思いますが、出資者や船団員も居りますのでその様な訳にも参らず…。出来れば王妃殿下のお膝元、王都で上級貴族や大手商会に限定してオークションを開ければと考えております」


「フム。それは良い考えかも知れぬな。しかしその子爵令嬢はオークションから外される事になるぞ。文句は出んのか?」

「その代わりに出資者としてアヴァロン商事に参加していただきます。アヴァロン商事の代表代行をヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢様にお願い致したいと思っております。ヨアンナ様ならジョン王子殿下の妃になられるお方ですし」

「ああ、まあそうではあるな。色々よ問題もあるけれどあの家ならば良いであろうよ」

「それに母の実家であるサン・ピエール侯爵家が力になってくれると申して下さいましたのでお頼みして、またハバリー亭の大広間をお借りしようかと」


「これ、女伯爵カウンテスよ。そこまで考えておるならばなぜわたくしに頼らぬ。わたくしの力を見くびっておるのか? そのオークションの主催わたくしが引き受けてやろう」

 王妃はそう言うとおもむろに立ち上がりセンスを広げると高らかに宣言した。

「年明けの最初の競りはシャピでは無く王都のハバリー亭でわたくしの名を冠して執り行うぞ! 出品はその皿と共に西の果てよりもたらされたあと八品の磁器と申す焼きものだ。なんでもセイラ・カンボゾーラと申す子爵家の小娘が金貨百枚の値を付けて狙っておるそうだ。上級貴族が揃って、値打ちの判らぬ小娘に後れを取る訳には行かぬぞ。欲するものは心して参加されよ」


「カンボゾーラ子爵家のあの小娘ですか。我ら南部の高位貴族家としては北部子爵家の小娘に舐められる訳には参りませぬな。我がロックフォール侯爵家が悔し泣きさせてやりましょう」

「ならばサン・ピエール侯爵家は可愛い孫娘の為に一肌脱がせて頂くと致しますかな」

 その二人の侯爵に煽られて同席した貴族たちが参加への意向を表明し始めた。


 しばらくそれを遠めに眺めていた青年がゆっくりと人だかりの前に進み出てきた。

「舐められたものですな。カンボゾーラ子爵家は我がゴルゴンゾーラ公爵家の分家筋。父が見逃しても長男たる私が舐められる訳には行かぬのですよ。カンボゾーラ子爵家のバックにはゴルゴンゾーラ公爵家がついている事をお忘れなきように願いますよ」


 そう言うと踵を返し王妃殿下の前で恭しく一礼すると共に宣言する。

「王妃殿下。当日はこのジョアン・ゴルゴンゾーラが妹のヨアンナとともに参加致しますので宜しくお願い致します」


 この席に呼ばれていない国王派の貴族はともかく、意図していた高位貴族は違和感なくオークションに参加する事となった。

 これで役者は出そろったようだ。カロリーヌは涼しい顔をしながらも、背中は汗でびっしょりと濡れているのが分かる。内心で安堵のため息を漏らすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る