閑話10 教導派の憂鬱(3)

 ★

「カロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスが王妃に北海航路で手に入れた商品を献上したそうですわ。北部貴族でありながらこのわたくしをさて置いて」

 国王の寵妃であるマリエッタ夫人はカロリーヌが王妃に献上物を差し出した事にいたく不満のようだ。

「そう申すな。送られたのは高々皿だそうではないか、のうモン・ドール卿。それよりは鹿革を手に入れることが先決であろう」

「ええ、この暮れには兄上に請われて多額の出資をしたのですからしっかり目的を果たして頂かないと」


 モン・ドール侯爵はカロリーヌ・ポワトーが王妃に謁見した翌日に国王から呼び出しを受けた。

 遠回しにカロリーヌ・ポワトーの謁見を察知できなかった事へのイヤミを言う為だろう。

 モン・ドール侯爵家はその頃、鹿革に入手に全精力を向けていたのだから。

「鹿革も今回の皿も皆ポワトー伯爵家絡みだな。あのカロリーヌ・ポワトーという娘は一体何なのだ?」

 国王の問いに候爵も言葉に詰まる。

「後ろに何者かがついている様で、シャピを牛耳っているオーブラック商会がどうも北西部のアヴァロン商事と繋がっている様で…。あの港を、あの商会をどうにかすれば…」

 まさか切り捨てたあの商会をカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスが取り込むなど思いもよらなかった。

 ましてあの状態から瞬く間に持ち直すなど。州内の取引から締め出せば泡沫の如く消え去ると思っていたのに。


「モン・ドール卿は、リチャードの後ろ盾でもあるのだからその事を忘れないでもらいたいものだな」

「それは心得ております。リチャード王子殿下即位の為にはペスカトーレ教皇のご支持も必要だろうと思いこの様に鹿革の入手に奔走しておる次第ですから」

「王妃はハスラー聖公国の後ろ盾を背景にジョン王子殿下の地盤を固めつつあるようだ。このところゴルゴンゾーラ公爵家も積極的に動き始めておるようだしな。北西部がジョン王子の側につけば厄介な事になるのだから」


「ならば尚更でございます。正妃候補として国内の有力令嬢を考えておったのですが…」

「まあ、卒業式の事は残念ではあったな。そう言えばリチャードと其方の娘は同級生では無かったか」

 モン・ドール侯爵としてはあんな暗愚な凡人に娘を嫁がせる気にならない。

 そもそも、他人事のように言うが卒業式にはあれだけお膳立てしたにも関わらずリチャード殿下の愚かな行動で全て水泡に喫したのだ。


「私としては南部貴族の支持を取り付ける為に、我が娘とロックフォール侯爵家のファン卿との婚姻を考えておるのです。ファン卿も父君のロックフォール侯爵に似て目端の利く実力者だそうですから」

 そうなのだ。

 ロックフォール候爵家との関係を修復するためにどれだけ骨を折ったか。それをこの国王もジャン王子もどこまで理解しているのだろう。


「この度は交換留学でハウザー王国と繋がりも出来ましたし、リチャード即位の一助になりましょう。エレノアがかの地で教導派の教義を広めてくれれば、帰国後はペスカトーレ侯爵家に嫁がせてもよいと考えているのですよ」

 妹ながら愚かしい事だ。

 ハウザー王国で獣人属を否定し下級貴族を蔑視する教導派の教義が受け入れられるはずが無いではないか。

 ましてや福音派の神学校帰りの娘をあのペスカトーレ侯爵家が受け入れるはずも無い。捨て石にしておいて成果だけ要求するとは、姪のエレノアも気の毒なものだ。


「何より兄上、王妃に献上された皿以上の物を入手できません事? このままではわたくしが、ひいては国王陛下が蔑ろにされているように感じる者も出てくるでしょう。それはリチャード即位にマイナスとなりますわ」

「分かりました、人を送り競売会に参加出来るように手配致しましょう」


 ★★

 冬至祭の直ぐ後にカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスが王妃殿下に謁見したとの情報が駆け巡った。

 それも王妃殿下に近いと言われる東部貴族や宮廷官僚、そして第二王子の婚約者であるゴルゴンゾーラ公爵家と北西部貴族や一部の高位貴族に限定された謁見だった。


 ペスカトーレ枢機卿は同じ教導派派閥内での抜け駆けの様なこの行為に腹を立てていた。

 仕掛けたのは裏切り者のカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスだが、裏で糸を引いているのはゴルゴンゾーラ公爵家だろう。

 孫のカロリーヌの後ろ盾である中間派のサン・ピエール侯爵家も一枚噛んでいるに違いない。

 教皇派の地盤である北部で叛旗を翻すカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスは目障りでたまらない。


 謁見に参加した同じ教導派の貴族から聴取した話を聞く限りでは、驚く程に高価な献上物がもたらされたらしい。

 東部でも教皇派の協力者は多くいるが下級貴族ばかり、本当に高価な物かどうか判断がつかないのだ。

 ただアヴァロン商事は金貨百枚の値を付け、王妃殿下はそれに対して否定をしなかったという。


 さらに年明けには王都で残りの八個のがオークションにかけられるという。

 今回謁見に参加した貴族たちは参加するのだろうが、王妃殿下が黙って主催だけに留まっている様な事が有るだろうか。

 当然母国のハスラー聖公国から目利きの商人たちそ招集する事は間違いない。

 そしてハスラー商人たちが買い取ったその磁器はどこに行くのかと言えば、高額でラスカルオ王宮やハッスル神聖国の教皇庁の貴族や大司祭たち売り付けられて行く。


 我が国の、この北部の港に陸揚げされた商品が、又ハスラー聖公国の商人によって吸い上げられて行くのだ。

 このペスカトーレ侯爵家のお膝元である北海の港でである。

 この利権をみすみす逃す手はない。

 教皇庁の力を借りてでも利権を押さえてしまいたいものだが、如何せん時間が無さ過ぎる。


 この際は目利きの教皇庁枢機卿か大司祭とハッスル神聖国の商人を招集しオークションに送り込む必要がある。


 ★★★

 ペスカトーレ枢機卿の推測通りマリエル・ダンベール・ド・ラップランド王妃はハスラー聖公国に渡りをつけていた。

「そのセイラ・カンボゾーラとか申す娘の商売勘は卓越した物が有りますな。何より金貨百枚の値を付けたその度胸に感服致します」


 王都に在住しているハスラー商人の商館長と数人の美術商を王宮に呼び寄せて、献上品の目利きをさせているのだ。

「これは単なる焼き物では御座いません。っと言うよりもどうやって焼いたのか、どんな土を使っているのかさっぱり解らないので御座います。それにこの釉や絵付けに使われている物。通常の釉薬とは成分も違うようですが、どうもそれだけでは無いようですな。多分、多分で御座いますが我々の作る陶器より数段高い温度で焼かれているのでは無いでしょうか」


「ならば、ハスラーの工房でも再現できるのではないのか?」

「いえ、今以上の温度で焼けば陶器は割れてしまうのです。それに耐える粘土か釉薬か何か特別な技法か。それが分からなければ焼く事さえ難しいでしょうな」

「それほどの物か?」

「ええ、ですから金貨百枚は妥当…、いえまだまだ安い価格でしょう。北部三国に存在しない物なのですから」


「私は商館長として一目でこれに金貨百枚を投資しようとしたその娘の商才に戦慄いたしますな。一つ金貨百枚、九つで九百枚を躊躇なく払うと言ったその度胸が凄まじい」

「それならば、その娘をとどめたカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスに褒美をやらねばならないな。この皿もお前たちの鑑定ではいくらの値を付ける?」

「さあ、それはこれからのオークションの結果次第で御座いましょうな。今回の献上の話が話題に上がれば金貨二百枚? 歴史的価値がついてさらに上に行くかもしれませんぞ。もしその気が御有りでしたならぜひ我が商会にお声をおかけ頂きたく存じます」


「もとより当然の事ではあるが、其方の商会以外にもハウザー聖公国からも優秀な者を呼んで欲しい。このオークションでハウザー聖公国の威信を示し市場を牛耳なければならんのでな」

「仰せのままに、王妃殿下」

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