第40話 北の港通りでは

【1】

 北部商船船団の帰国でシャピの港は沸いていた。

 内陸通運がもたらした鹿革の競り市で活況を呈し、街全体の景気も良い。さらに大きな儲けに繋がりそうな話題が続いているから街の商人たちの期待も半端なものでは無い。


 ところが一部にその波に乗れない者たちがいた。

 波に乗れないならまだ良い。そのお陰で割りを食っている者たちがいるのだ。

 もちろんシャピの旧商工会の連中…ではない。


 今までの様な利権は無いが、商船団が入港するたびに開かれる競り市は正式な登録さえすれば誰でも参加できる。

 全うに商売をしようと思うならば拒否はされないのだ。


 事実鹿革の競売ではモン・ドール侯爵家やハスラー聖公国の代理人として参加し、利益を上げた商会も幾つも有ったのだ。


 それならば割を食っている者達とは。

 今その者たちは北海の港湾都市の大きいが寂れた酒場の奥に居た。

 この酒場のある港通り事態も往時の面影も無く寂れていた。


 ラスカル王国は北にしか海が無い。

 海路で運ばれる大量の物資はこの街を潤し、北方貿易の拠点とまで言われたのだがこの数年で一挙に寂れてきた。

 この港から荷揚げされて運ばれて行く物は減っている訳では無いが、降ろされる荷が減っているのだ。


 帆船団は空荷ではやってこない。ただ荷下ろしが出来なければ新しく荷を積み込む事も出来ない。

 その為、この街で積み荷を捌こうとするが売れないのだ。

 かつて商船団が積んで来た商品は高値で売れて大きな利益が得られていたが、今では国内で同様の、いやそれ以上の品質のものが流通しだした為一気に値崩れが始まった。


 始めは買取品と抱き合わせで不良在庫を押し付けられる形で買い取らされていたが、港の商人たちも不利益を我慢するつもりは無く二回目は通用しなくなった。

 そこからは大幅な値崩れの始まりである。

 結局交易船は確実に売れる儲けの薄い民生品や日用品の原料を輸送し、この国の人気商品を買い上げて行くようになった。


 輸入品の利ザヤで潤っていたこの港は、瞬く間に商人が離れこの惨状である。

 そしてこの酒場の席に座っているものは更にそこから弾き出された者達だった。


【2】

「ハスラー聖公国の商船団はまだ良い。ハスラー聖公国の港に入るのにわしらの様に税金を取られる事は無い。だがな、わしらはその税金で儲けの大半を持って行かれるのだぞ」

「それでもこの港での儲けは全て懐に入るではないか」

「ふざけるな! そんな物で幾ら稼げるというんだ」

「我々もハスラー聖公国との今まで通りの取引を持ち掛けているのではないぞ。ノース連合王国に船を出して貰いたのだ。あの国との取引は今までもあったであろう」


「ああ、今流行りの鹿革か。あんな物一時の流行だぞ。今は高値だが直ぐに価格は落ち着く。仕入れも限られているし量も捌けないから今がピークだ。まあ、値が落ち着いてもリネン布程度の儲けは望めそうだがな」

「ああ、だからその航路に投資したい。仕入れてくれればよい値で買い取る」


「それは無理だ。わしらも手を拱いていた訳じゃない。ノース連合王国の南端、ギリアの港には何度も船を出した。あの港では鹿革は手に入らんのだ。あの港にこれといった産物など無い」

「なら、奴らはどこから鹿革を仕入れていると…」

「もっと北の首都ガレや最北端の港アヌラやダプラからだろう」


「なら、お前たちもそこに向かえば…」

「簡単に言ってくれるじゃないか、航路が分からないと行けないんだよ。海図が無ければ船を進める事は出来ない。特にアヌラやダプラの周辺海域は潮の流れも複雑で岩礁も多い地域だと聞いている。内陸通商の連中が海図を独占しているから直ぐに航路に参入なんて出来ねえ相談だな」


「ならばその航路開拓の費用を我々が貸してやる。そうだ! 商船団の拠点もこの街に移せば良い。我々から領主のに口をきいてやる。それならば鹿革の取引も可能であろう」

「航路を調べ海図を作る航海に三カ月。それから本格的に通商を始めるのに一月。その頃には鹿革市場は出来上がって、新規が参入する隙など無くなっていやすぜ。それで良いなら、その話に乗りましょう」


「市場はどうでも良い。金も出す。一月で何とかならんか? 商船連合にも外洋商船組合にも断られた。手段は問わん。拠点をこのに移せばここで我々モン・ドール侯爵家と領主のペスカトーレ侯爵家だけが取引する。シャピの卸値以上の料金を保証しよう。もう後が無いのだ帆船協会殿。そちらもこのまま細々とハスラー聖公国と商売を続けていても直ぐに立ち行かなくなるぞ。シャピがハスラーを捨てたのなら、アジアーゴもハスラーを捨てる。ハッスル神聖国に直接荷を下ろして新ルートを作ればいい。ハスラー製品は税金無しでペスカトーレ教皇猊下のお膝元で買い付けてアジアーゴで商えば良いのだよ」


 帆船協会の協会長はしばらく目をつぶり何か考えていた。

 口の中でブツブツと何かつぶやいていたが、意を決したように目を開いた。

「一つ約束して貰いたい。わしらの船がこの港に入港すれば一切の外部からの介入を拒否して保護して貰いたい。出来るかね」

「それ位容易い事だ。天下のモン・ドール教導騎士団長が約束してやる。ここはペスカトーレ枢機卿の治める港だ。聖教会の権威に賭けて守ってやる」


「よし、それならば一月か遅くても二月の間に鹿革の入手の算段をつけてやる。船団も三隻出そう」

「おお、それならば我らの話に乗ってくれるのだな」

「その代わり、全ての内容は書面にしてくれ。この先揉めるのは御免だし裏切られるような事にでもなれば元も子もない」

「聖教会と教導騎士団の名誉にかけてそんな事はせん!」


「そうだろうさ。それならばこれは保険だ。どこかの上級貴族に使い潰されて州内で出禁を喰らって潰れかけた商会が、逆恨みで暴れられて酷い目に遭ったんでな。念の為だ」

「小賢しい事を…」

「しっかり融資も頼むぜ。船員も今の船員じゃあ駄目だ。腕っぷしの強い腕の立つ野郎が沢山必要なんだ。人集めも頼む。素行は問わねえ」


「そんな奴らで良いのか?」

「ああ、年明けには全ての船団をシャピからアジアーゴに移す。人が集まればすぐに出発だ。交易用の商品はたしていらねえ。その代わり買付用の金貨をタップリと用意して貰いたい」

「交易品を積まぬのか?」

「そんな事をしている暇はねえだろう。鹿革を買い付けて帰って来るのが仕事なんだろう。内陸通商のやつらの鼻を明かして鹿革を持って帰れたなら、約束は忘れるなよ、教導騎士団長殿」

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