第41話 オークション(1)

【1】

 シャピでの昨年の最終の競りは北部商船のもたらしたサンダーランド帝国からの積み荷であった。

 銀や銅そしてピューターの民生品は素朴ながらも品質は良く、ご祝儀相場も相まって思わぬ高値が付いた。

 私としては少々損失が出ても相場を盛り上げる為に、高値で買い付けても良いと思っていたが杞憂に終わった。


 岩塩やミョウバンそして石灰は価格は安いが利益率が高いので良い商売になりそうだ。西部や南部の商会から大口の予約が入っている。

 これだけの交易品でも今回の航海は大成功だ。

 その上黒鉛グラファイトの輸入の目途までたった。潤滑油に混ぜる事も製鉄に添加しても鋳型に使う事も出来る。

 何よりこれで鉛筆の芯が作れる。はじめはグラファイトをそのまま使用するとして、大急ぎで陶器工房に手を回して芯の硬度や焼成の研究をさせなければ。


 個人的に木炭鉛筆は脆くて折れやすいく使い難いのでどうにかしたかったのだ。

 グラファイトに粘土を混ぜて焼成する事で鉛筆の芯が出来る。後はそれで特許を押さえて市場を席巻してやる。


 そんな民生品の普及による儲けとは関係なく、競り市は新年の王都でのオークションの話題で持ちきりだった。

 王妃殿下主催で参加できるメンバーも限定されている。

 最低価格が金貨百枚から始まる高額オークションで、参加者も上級貴族と信用の有る大手商会に限定されているのだから、その品目にも期待が高まると言うものだ。

 集まった商人たちも一番の関心事は年明けの王都のオークションなのだ。


 おかげで使用用途も判らないグラファイトは注目もされずに今年最終の競り市は終了した。

 私(俺)としてはそんな物より今後の需要を生む民生品の原料こそが最大の目玉だと思っている。

 富裕層から金を絞り上げる為以外に高額の美術品など興味がない。特に出来上がったものは雇用も生まなければ領地の発展にも寄与しないからだ。


 ただしこれから仕掛ける大きな計画の行方が、このオークションで決定づけられる。

 このオークションにはハスラー聖公国やハッスル神聖国の代理人も参加するだろう。かなりの目利きが国外より終結する事になる。

 そうなればラスカル王国程度で動いている商会では太刀打ちできない豪商がやって来るだろうと思う。

 大損をしない様にアヴァロン商会やライトスミス商会の関連商会には忠告しているが煽られて暴走しないか心配だ。


【2】

 オークションの当日、私は当然隠し部屋に入って一部始終を覗いている。

 一番にやって来て全ての差配を始めたのはオーブラック商会の商会員やメイドを引き連れたカロリーヌ・ポワトー。本当に律儀で働き者だ。


 ”ガタン!!”

 いきなり隠し部屋の扉が開いてファナが入って来た。

「優雅にお茶なんて飲んで良い身分なのだわ。今日はシッカリと私の代わりを務めるのだわ」

 そう言って直ぐに出て行くと会場に入らず廊下の向こうに消えた。


 それと合わせるかのようにハバリー亭のサーヴァントとメイドが入って来た。

 カロリーヌと彼女の連れてきたサーヴァントやメイドが運び込んだ八個の箱の中を確認すると正面に据えられたテーブルにディスプレーして行く。

 そしてテーブルの周りには柵を巡らしロープも張る。

 その展示物一つ一つにメイドかサーヴァントが商品ガイドも兼ねて警備につく。


 その頃になると鑑定人を連れた北部の大手商会の代理人や上級貴族が現れた。王妃派の東部貴族より少しでも先んじようとしているのだろう。

 少し遅れてハスラー聖公国の大手商人を伴なって現れた東部の商会員や貴族と、睨み合いと嫌みの応酬が繰り広げられ始めた。


 そしてファナ・ロックフォールが兄のファン・ロックフォール卿と入室してくると、後に続いてグリンダとライトスミス商会の面々も入って来た。

 ファナは揉めている北部と東部の貴族を睥睨するとフンと鼻を鳴らして椅子に腰かけた。

 ここに至ってまだ高位貴族はロックフォール侯爵家しか来ていない。


 しばらくの時間をおいて、モン・ドール侯爵とペスカトーレ枢機卿が連れ立って入って来たが、何人か聖職者と思しき見慣れない男たちとその随員を伴なって現れた。

「あの男たちは何者かしら?」

「グリンダメイド長様の調査によると、ハッスル聖公国の大司祭だそうです。教皇庁の大聖堂で使用している什器や装飾品の管理を担当しているそうで、連れているのはその買い付けを担当する商人だそうです」

 ウルヴァが調査結果を記した紙束を見ながら説明してくれる。


 その後にヨアンナ・ゴルゴンゾーラが兄のヨハネス・ゴルゴンゾーラ卿にエスコートされ大量の獣人属メイドを引き連れて、わざわざペスカトーレ枢機卿の一行の前を横切って奥の席に着席する。

 その後に続いてマイケルがアヴァロン商会の商会員を引き連れてゴルゴンゾーラ公爵家のすぐ後ろに控える。


 ファナはもちろんの事、ヨアンナも早くからハバリー亭に待機していた事を私は知っている。

 朝からヨアンナやマイケルやその兄のミゲルやらと打ち合わせをしていたからだ。

 それなのに会場入りがこんなに遅れたのは、ペスカトーレ枢機卿の一行を待っていたからだろう。

 何故かって? 当然教導派の筆頭枢機卿を煽って虚仮にする為に決まっている。


 これでほぼ役者が出そろった。後は本日の主役を待つだけだ。

 正装の騎士が二人入場してくると正面の大扉の前に並んで立った。

 その二人が儀仗を大きく振り上げて床を打ち鳴らす。

「王妃殿下並びに王子殿下のご来場である!」


 その声と共に王妃殿下が周りを随員に囲まれて入場してくる。その後ろにはジョン王子殿下が付き従っている。

 にこやかに入場してくる王妃殿下が獣人属メイドを大量に従えて起立して臣下の礼を取るヨアンナに眉を顰めて不快気な一瞥をくれる。

 後ろに従うジョン王子は肩をすくめて疲れたように笑うと王妃の後に続いた。

 この先王室の嫁姑関係は揉めそうだ。


 王妃殿下は上座の貴賓席に座ると何も言わずに随員にカロリーヌが献上した皿を持って来させた。

 意匠を凝らした香木の箱に入れられた白磁の絵付け大皿は部屋の中心に設えられたチェストの上にビロードの敷物を敷かれ箱に立てかけられた状態で提示された。


「この度、わたくしに献上された絵付け白磁大皿じゃ。昨年サンダーランド帝国の遥か西の海の彼方からもたらされて物である。その成果をいち早くわたくしに献上してくれたカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスに改めて礼を申す」

 それを受けたカロリーヌが王妃殿下に向かい深々と頭を下げる。


「さらにかの国より八個の磁器と申す焼き物がもたらされておる。全て王家が買い上げても良いのだが、この美しさを独占する事も忍びない。買い上げて下賜するのも公平ではない。さすれば皆の公平を図るためにこうしてわたくしの名でオークションを開く事に決めた。競り落とされずともその眼で今回の航海で持ち帰った品々をその眼に焼き付けて帰る事は出来よう。皆楽しんでたもれ」


 その宣言によってオークションが開催される。

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