第42話 オークション(2)

【3】

 オークション開始の木槌オークションハンマーが打ち鳴らされた。

 室内の喧騒が一瞬で静まり全員の視線が正面のオークションテーブルに注がれる。


 オークションの一品目は私のところに送られてきた白磁の茶碗だった。

 小振りで絵付けも無く僅かに彫りで牡丹の文様がほどこされているだけのシンプルな物だ。

 私的にはそのシンプルさと白磁の美しさで一押しなのだが、茶碗自体がこの国ではあまり使うことの無い食器だ。

 小振り、単色、茶碗という事でバルバロス船長も一番価値が低いと判断して私に送り付けて来たのだろうが、他の品より私の琴線に一番響いたのだ。


 一個目がこれだという事は他の者の判断もバルバロス船長と同じという事だろう。

「…の如く、白一色ですが、薄彫りで華の彫刻がほどこされております。まずは、初値がどなたに…」

「金貨百枚!」

 マイケルの声が響く。


 部屋中にどよめきが響き渡った。

「やはり噂は本当か」

「アヴァロン商事は全てに金貨百枚付けたと言っていたな」

「他の品にも同様の値を付けるのか?」

「当然だろう、あんな小振りの飾り気のないボールに百枚を出したのだぞ」


 解って無いなあ。あの飾り気のなさが良いんじゃないか。(注:これは個人の感想です)

「百十枚」

 ハスラー聖公国から来た商人が値を上げてきた。

「百二十枚」

 マイケルが更に値を上げる。


「百三十」

 ハスラー商人のコールを受けたマイケルは、一気に畳みかける。

「金貨百六十枚」


「…百七十五」

 暫く考えて逡巡したのちハスラー商人が口を開いた。

 ここで決める!

 マイケルがにやりと笑って値を告げる。

「金貨二百枚」

 ハスラー商人が溜息と共に手を振った。


 オークションハンマーが打ち鳴らされる。

「決定いたしました。金貨二百枚でアヴァロン商事が落札いたしました」

 会場内が興奮とざわめきの坩堝と化した。


 二つ目も三つ目も金貨二百枚を超える値段が付いた。

 アヴァロン商事はどれも百五十を超えたあたりで入札を降りる。ライトスミス商会もそれは同じだ。


 先ほどのハスラー商人はというとやはり同じように二百枚を超えたあたりで二個目を競り落としたが、三個目は二百枚を超えたあたりで入札を降りてしまった。

 これは結局南部商人が競り落とした。

 四個目は壺、五個目は中皿がどちらも金貨二百枚の後半で競り落とされて行く。

 東部や南部の商人や貴族たちが次々に値を吊り上げて北部貴族やハッスル神聖国の聖職者たちは太刀打ちできない。

 結局壺も中皿も東部商人が競り落とす事となった。


【4】

「茶番だ! こんなもの出来レースに決まっておる!」

 そう叫んで立ちあがったのはペスカトーレ枢機卿であった。

 肥えた体躯のトドのような男だが、思っていたよりも若い。父ちゃんとあまり年は変わらない様に見える。

 そう言えばジャンヌのお母さんの聖女ジョアンナと同い年だったな。聖女ジョアンナは教皇の無理難題で使い潰された挙句、ジャンヌを生んで直ぐに死んで教皇の息子の枢機卿は怠惰と暴食でブクブクと肥え太ってここにいる。


 そんな事を思うと無性に腹が立って来る。

 聖女ジョアンナはお母様の三年先輩だったと思うのでこの男は、父ちゃんとほぼ同い年だと言う事か。

 どうせ学生時代からジョバンニ・ペスカトーレの様に好き勝手して贅沢に溺れていたのだろう。


 そんな肉の塊が叫んでいる。

「こんな皿やボールに何が金貨二百枚だ! ただの食器ではないか。なあそうであろう。壺にしたところでただ水を入れるだけの日用品ではないか!」

 その言葉に場内の一部、主に北部貴族たちからそれに賛同する様な声が上がった。


「ほら、アヴァロン商会は初めの質素な小さいボールに二百枚の金貨を投じてからはどの競りでも二百枚以上出してはおらんではないか。初めに競り合ったハスラー商人も地味な絵の付いた皿とボールの競りに入ったがそれ以降は参加しておらん。どうせ王妃殿下の息のかかった商人なのだろう」


「ペスカトーレ枢機卿殿! 王妃殿下に失礼であろう!」

 王妃殿下の陪臣がまなじりを決して怒りの声を上げる。

 王妃殿下は鷹揚に広げた扇子でその陪臣を押し留めた。

「物の価値を解さぬものは捨て置けばよい。好事家が己の判断で値を付ければ良いのだ」

 王j妃殿下が余裕のセリフを吐く。


「なあ、大司祭殿。教皇庁の目利きとしてお聞き致す。たかだか什器や壺ごときに金貨百枚の値打ちなど有る物でしょうかな? それも金や銀では無くただの焼き物の什器に」

「そうで御座いますなあ。枢機卿殿の申される通り什器や壺ごときに払っても金貨十枚か二十枚。そもそもアヴァロン商事の金貨百枚宣言など価格を吊り上げるエサで御座ろう。もうこれ以上出せる予算など無いのでは御座いませんか?」

 競売価格の引き下げを企む教皇派が競り値を潰しにかかってきたようだ。


「ほれみろ。教皇庁の司祭様もこのように仰っておる。先程のハスラー商人も何も言わぬところを見ると図星であろう。語るに落ちるとはこのことだ」

 名指しされたハスラー商人は冷笑を浮かべてペスカトーレ枢機卿を見ている。

 私としてもこのハスラー商人の意図は判らない。

 初めて見る男だし、王妃殿下やハスラー聖公国関係者と話し合ったことも無い。


 白磁の茶碗についてもここ迄価格が上がるとは思っていなかったので予想外だったのは我々も同じなのだ。

 今回のオークションは金貨百五十から二百の間と踏んでいたのでこの結果は我々にも予想外だ。

 もしかすると王妃殿下が独自で動いているのかもしれない。想定はしていたが実際に動く可能性は低いと思っていた。

 私としては高値がついて嬉しい限りなのだが。


 ペスカトーレ枢機卿たちの発言の影響か六個目の花瓶の競りが始まったが、競り値は金貨三十枚から始まった。

 丸い白磁の正面に柳にツバメが描かれている。

 アヴァロン商事としては当然落としにかかる。ところがマイケルが口を開く前にヨハネス・ゴルゴンゾーラ卿が値を告げた。

「百五十!」

 どよめきが走る。


「物の値打ちが判らぬものに、競り落とす資格など無いのだよ」

 そう言い放つそばから件のハスラー商人が口を開く。

「二百!」

「ゴルゴンゾーラ卿の仰る通りで御座いますな。ここからは本気で行かせていただきましょう」


「物の価値の解る方がいるのは嬉しい限りだが、この場では会いたくなかったぞ。二百三十」

「私は本気と申し上げました。金貨三百枚」

 それを聞いてゴルゴンゾーラ卿が天を仰ぐ。

「本当にあなたとはここで会いたくは無かった。オークションの場で無ければ楽しく語らえたかもしれぬのにな」


「決定いたしました。落札額は金貨三百枚でハスラー聖公国ダンベール・オーヴェルニュ商会が落札されました」

 オークションハンマーが打ち鳴らされる。

「アドルフィーネ、あなたダンベール・オーヴェルニュ商会って聞いた事ある?」

「いえ、聞いた事は御座いません。繊維関係の商会ではありませんね。ただダンベールは、ハスラー聖大公の家名ですから、大公家お抱えの商会ではないでしょうか」

「やはり目利きなんでしょうね。この後は色絵付けの大皿と大壺が控えているから更に高値が付くんじゃないかしら」


「ただの花瓶ではないか! バカげておる。そんな物に金貨三百枚など!」

 またペスカトーレ枢機卿が捲くし立てた。

 教皇庁の大司祭も苦虫を噛み潰したような顔でゴルゴンゾーラ卿とオーヴェルニュ商会の代表を睨みつけている。


 それを無視するかのようにオーヴェルニュ商会の代表は話を続けた。

「これから世間受けしそうな大物が控えておりますからな。少しでも値を押さえたいのでしょうが、ここは推してまいりましょう」

 何やら波乱含みの展開が来そうな気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る