第43話 オークション(3)

【5】

 競売人が白磁色絵付け大皿の競売開始を告げた。

 白磁の大皿の表面をぐるりと取り巻くように枝を伸ばした梅の木が満開の花を皿の全面に咲き誇らせている。

 華やかで美しい構図だ。

「クッソウ、金貨二百枚!」

 いきなりペスカトーレ枢機卿が大台を宣言する。


 アヴァロン商事もゴルゴンゾーラ卿もオーヴェルニュ商会も動かない。

「二百二十!」

「二百二十五!」

「二百四十!」

 ペスカトーレ枢機卿が舌なめずりをすると嬉しそうに口を開く。

「三百!」


 競売人が砂時計をひっくり返し時間を図る。

 しばらくは場内に沈黙が続く。

 ペスカトーレ枢機卿が勝利を確信したのか満面の笑みを浮かべたその時、ゴルゴンゾーラ卿がおもむろに口を開いた。

「四百!」


 場内に驚愕の声が響き渡る。

 ペスカトーレ枢機卿は一気に顔色を失う。


「五百!」

 間髪を入れずオーヴェルニュ商会価格を一気に引き上げる。

 バン!

 ゴルゴンゾーラ卿テーブルを拳で叩くとオーヴェルニュ商会の代表を睨んだ。

「最後は全力で行かせて貰うからな!」


 オークションハンマーが響き競売人のコールがされる。

「オーヴェルニュ商会、金貨五百枚で落札!」


「それでは本日最後のオークションになります。取っ手付きの大壺で御座います。取っ手は金色、前面に羽を開いた孔雀が、裏には羽を閉じた孔雀の姿と壺一面に咲き誇る花が描かれている華やかな逸品で御座います。本日の最後となりますが金貨百枚からスタートさせて頂きます」


「金貨二百枚…いや三百枚だ!」

 ペスカトーレ枢機卿一気に金額を引き上げてきた。

「金貨五百枚。初めはこの辺りが妥当であろうな」

 ゴルゴンゾーラ卿落ち着いた様子で競売価格を提示する。

 ゴルゴンゾーラ公爵家としても競り落としたいと言っていたのだから当然の価格だろう。公爵様がこの意匠をかなり気に入っているのだ。


 盤口折肩の龍耳瓶で、取っ手すなわち龍耳に金彩が施されている。

 耳に龍の意匠を使うと言う事は皇帝かそれに準じるものが使う為に作らせたのだろう。

 たぶん今回の磁器はサンダーランドの皇帝に献上する為か売る為に持ち込まれた逸品だと思われるのだ。

 それを軍事以外に興味のないサンダーランド帝室がバルバロス船長に売り払ったと言う事か。


「五百五十」

 オーヴェルニュ商会が更に価格を上げるが先程の様に一気には行かない。

 さすがに金貨五百枚を超えるときついのだろう。先程からかなり資金を使っているのだから。


「五百八十」

 ゴルゴンゾーラ卿もそれを見越したか、無理攻めはしないようだ。

「…六百」

「六百二十」

「六百三十」

「六百五十」

 ゴルゴンゾーラ卿のコールでオーヴェルニュ商会は黙り込んだ。


 しばらく考えてオーヴェルニュ商会代表が両手を上げる。

 砂時計がそれ以上のコールが無いまま落ち切った。

「磁器絵付き大壺は金貨六百五十枚でゴルゴンゾーラ卿が落札致しました。これにて本日のオークションは終了いたします」


【6】

「馬鹿げておる。こんなオークション馬鹿げておるぞ。壺一つに金貨六百五十枚、皿ごときに金貨五百枚。とんだ茶番であったわ」

 ペスカトーレ枢機卿一行が乱暴に席を立つ。


「未だ王妃殿下のご挨拶が終わっておりませんぞ」

 カロリーヌの後ろ盾として参加していたサン・ピエール侯爵眉を顰める。

「ハッスル神聖国のご来賓が見えておられるので先に退散させていた出来ます。失礼致します」

 そう言って軽く頭を下げるとペスカトーレ枢機卿の一行はさっさと出て行った。


 オーヴェルニュ商会の代表が立ち上がりゴルゴンゾーラ卿の側に歩いてくる。

 右手を出して握手を求めてきたのだ。

 ゴルゴンゾーラ卿はその手を握り二人が握手する。


「ゴルゴンゾーラ卿、最後の壺は非常に良い買い物を成されましたな。私の目利きで僭越では御座いますが、好事家ならば金貨千枚でも出したでしょう。ダンベール聖大公ならばきっとそれ以上でお求めになるでしょう」

「ならば、何故降りられた。今回は資金が足りなかったのかな」

「いやいや、資金ならまだ十分に用意しておりましたが、そもそも私の趣味では無いのですよ。私個人としては一番初めに出た無地の白いボールが一番のお気に入りでしたが、初商品に馬鹿高い価格を提示してオークションを潰すのも躊躇われたものでね。アヴァロン商事様は初めからあれに焦点を合わせておられたようですな」


「あの茶碗…あのボールは茶碗と申す物らしいのですが、商会主のお嬢様がご執心でしたので」

「ほう、そのお嬢様も中々の目利きのようだ」

「あの娘は若いくせに枯れた物が好みの変わり者かしら。私個人としてはあの木の花の意匠の大皿が良かったのだけれどお兄様がヘタレてしまったかしら」

「おい、随分な口の利き方だな。俺はあの大壺に全力を掛けたかったのだ」


「そうそう、あの大壺の取っ手はドラゴンの意匠だそうかしら。遥か西国では金のドラゴンは皇帝の象徴で、多分サンダーランドの帝室への献上物では無いかしら」

「おお、左様なのですか。それならばあの素晴らしさも頷ける。私の目に狂いはなかった様だ。しかし、ご令嬢も良くご存じですな」

「私の場合は商人からの聞きかじりかしら。真偽は定かでは無いかしら」

「いえいえ、あの大壺を見る限り間違いは無いでしょう。もし、ダンベール聖大公にお売りになるなら私が口利きを致しますぞ」


「残念ながらゴルゴンゾーラ公爵家はその気は無いのでな。あの壺は我が家が持つにふさわしいものだと思っているからな」

「それを伺って安心いたしました。美術品を投機の対象としか思わぬ俗物に譲ったとなれば後悔するところでしたが、このオークションは正解でしたな」


「お残りの方々、邪魔な者達が退散したのでちょうど良い。わたくしから皆に告げる事が有る」

 ペスカトーレ枢機卿の一行の退去でザワザワとしていた室内が、一瞬で静かになった。

「この磁器と申す焼き物はこれから先も西方航路が続く限りこの国に入って来るであろう。今回のオークションでさらにこの磁器を欲するものも増えると思われる」

 王妃殿下はそう言って室内を睥睨する。


「そこでだ。ハバリー亭と共同してこの敷地にオークションハウスを建てる。王家の管理で競売人も国の資格を有する者を付けて、王家、貴族、商人の三者を代表として据える。王家は我が息子ジョン・ラップランドを商人はダンベール・オーヴェルニュ商会の代表を迎え入れる」


 やられた! 王妃殿下は貴賓層向けの高額美術品の市場を抑え込みに来たのだ。

 個別の取引なら好きにしろ、ただし競りにかけて儲けを得ようとするならば王妃殿下を通せという事だ。


 今日のオークションだって競り値の一パーセントは手数料として王妃殿下が吸い上げている。

 今日一日で金貨二十五枚以上の儲けが出ているのだ。


 それに競売人を国家資格にするだと。

 そう言えばフラミンゴ宰相や財務大臣も来場者に居る。

 官僚共も一枚かんでいるのだろう。ジョン王子のバックには官僚貴族が控えているという事だろう。


「そして貴族代表としてファン・ロックフォール卿を据える事としよう。管理手数料は施設の維持費も含めて競り値の三パーセントと致そう」

 王妃殿下がそう告げるとファナの兄のファン・ロックフォール卿が立ち上がりにこやかに頭を下げる。


 ファナ・ロックフォール! やってくれたわね! ハスラー聖公国と組んでオークション市場を押さえたな。

 交易ルートは抑えたが、販売ルートはファナとハスラー商人の連合に抑えられたという事だ。

 まあ、綿花市場のように好き勝手されないだけでも良しとしよう。

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