第44話 西部交易
【1】
「ファナ・ロックフォール、よくもやってくれたかしら。このゴルゴンゾーラ公爵家を虚仮にするとは大した度胸なのかしら」
「あら、私はそんなつもりは無いのだわ。折角主催戴いた王妃殿下に少しでも報いられるようにと思っただけなのだわ」
ファナはヨアンナの苦情を歯牙にもかけず受け流した。
ロックフォール侯爵家にしてやられたことには腹が立つが、私の計画に美術品市場の取り込みは入っていない。
だからといって笑って見過ごすつもりもないのでゴルゴンゾーラ公爵家を煽ってこの手札は有効に使わせてもらおう。
やられた分見返りは要求できるはずだ。
「ファン様、思い切ったことをなされましたね。一言私どもにもご相談いただければ…」
グリンダが横目でファン・ロックフォール卿を睨む。
「許せグリンダ。高度に政治向きの事情もあったのだ。それにエマ・シュナイダーに漏れると事がややこしくなりそうでな」
「終わったことはとやかく申しませんが、ご相談がなかったことは少々情けのうございます」
「グリンダとやらそう申してやるな。その代わりにわたくしが其方らの提案を聞いてやると言っておるのだ。ジョアン・フォン・ゴルゴンゾーラ公爵閣下より何やら提案があるのであろう」
オークションが終わったあと、今後の施策に周りを引っ張り込むために私が提案して集めてもらったメンバーがハバリー亭の貴賓室に集まっている。
王室からは王妃殿下とジョン殿下。
北部貴族としてカロリーヌ・ポワトー
オーブラック商会は昨年の救貧院廃止以来王妃殿下の覚えがめでたいのだ。
南部貴族としてロックフォール侯爵家の二人と御用商人のグリンダが、そしてこの集まりの提案者としてジョン王子殿下の婚約者であるヨアンナと兄のヨハネス・ゴルゴンゾーラ卿。
その御用商人の代表として私、セイラ・カンボゾーラである。
一見、地域や教義はバラバラな反教皇派・反国王派の集まりに見えて、その実ライトスミス商会の息のかかった者に王妃と第二王子が絡め取られているという構図だろう。
いやー、我が商会も立派になったものだ。
「王妃殿下、私の提案というよりアヴァロン商会の我が従妹、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢からの提案なので彼女に説明させて欲しいのです。国策に関わる事でもあるので関係する人間も極力絞っておるので」
「相分かった。セイラ・カンボゾーラ。直答を許す。さあ申し述べよ」
「本日のオークションご成功、心からお慶び申し上げます」
「心にもない事を申さずとも良い。さっさと本題に入るじゃ」
「それでは畏れながら申し上げます。王妃殿下は本日の様なオークションがこれからも開催出来ると思われて、オークションハウスのご提案を成されたと心得ます」
「もちろん、これから先も輸入は続くのであろう」
「はい、それはもちろんで御座います。ハウザー王国のさらに南方バオリやザカリーの国々の段通などもそこに並ぶかもしれませんね」
「おお、それもそうじゃ。ハスラー聖公国からの工芸品も並ぶであろうな」
「しかし白磁のルートは我がラスカル王国が、いえ此処に居る私たちだけが押さえております。しかし今日のオークションの結果は直ぐに知れ渡る。そうなれば私たちの航路に割り込もうとする輩が現れるでしょう」
「其方の申す事はもっともだが、何か手立ては有るのか?」
「王妃殿下と私ども三商会・三貴族家で資金を出して組合を設立いたしましょう。この組合に参画する船団は王妃殿下が鑑札を支給し、我々が積み荷の保証をする事でラスカル王国以西の航路を押さえてしまいましょう」
所謂ロイズ保険組合と東インド会社のラスカル王国版を始めようと言う事だ。
国から鑑札を貰い、積み荷の保証を受けた船主は徒手空拳で出航する船主よりは少ない資金で航路に出られるうえ、海図を持った水先案内人を組合から派遣し航海の安全性を向上させるのだ。
「それにサンダーランド帝国と協定を結び、あの国の西端の港に私たちの組合の支店を置いて西方航路開拓の拠点に致します。ラスカル王国以西に補給基地を持つ事でさらに交易路の独占が可能になります」
「それは国策事業になるぞ、セイラ・カンボゾーラ。一朝一夕では片付かん。特に水先案内人の育成は一朝一夕では成せないのだぞ」
「ジョン殿下、それは承知しております。ですから先に既成事実を作ってしまいましょう。王妃殿下の肝いりで組合を設立し、それに法の整備を加えて参ります。先に動いた者が一歩先んじる事が出来るのです」
「面白い。その話直ぐに進めよ。出資金は任せるが、代表には我が息子を据える事。それから組合自体の実務は其方が仕切れ、国王一派にはつけ入らすな。ロックフォール侯爵家よりは信用出来そうなのでな」
「これはご無体な申され方ですな。我がロックフォール侯爵家、王妃殿下に忠誠を尽くしておりますぞ」
「利が有る内はと言う事であろう。それに比べてこのセイラ・カンボゾーラと申す娘は教皇嫌いでは一本筋が通っておる様だからな。王家に忠誠は無くとも教皇に利する事は一切無いと思えば信用に値する」
「セイラ・カンボゾーラ、日頃の悪行も思わぬところで利するものだなあ。まあ俺はお飾りであろうが上手くやってくれ」
「それが判っていらっしゃるなら、これから私の掌でシッカリと踊って下さいまし」
「面白い小娘じゃな。どうだ、我が息子の側妃になるつもりは無いか? ヨアンナの従姉ならその資格は充分にあるぞ」
「母上、それは願い下げだ。縁起でもない!」
「滅相も無い。この先の一生を棒に振りたくは御座いません。謹んでご辞退申し上げます」
「ハハハ、ジョンの申す通り不埒な不作法者だな。まあ周辺国相手にも暴れて貰わなければいかんからな。わたくしとジョンの足元を固めて貰おう、次期国王と皇太后としてのな」
そう言うと王妃殿下は席を立った。
「ジョンは残しておく。後は任せた。明日にでも報告を持ってまいれ。しかし今年の王立学校は何とも凄まじいな。ジョンよ、呑み込まれんように腹を据えてかかるのだぞ」
そう告げて部屋を去って行く。
「と言う事で、ジョン殿下。私の手駒として頑張って頂戴ね」
ジョン王子殿下は憎々し気に私を睨みつけると口を開いた。
「母上の命でなければ其の方と共闘など以ての外なのだがな。それでまずは何をするのだ」
「幸いにして我が国には海は北海しかないわ。西に位置するシャピの港のカロリーヌ派の商船団に投資して、更に西部航路の開拓をお願いしましょう。アヴァロン商事は帆布を提供できるし、ライトスミス木工所が商船の改良に対応している。さらに大型船の新規就航を促してサンダーランド帝国以西の航路開拓を進めて行きましょう」
今その凄まじい王立学校生たちが集まって世界を変える計画を練り始めている。
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