第45話 絹の販路

【1】

 私はその夜カロリーヌと二人、シャピに向かう船の中にいた。

 船主たちとの話し合いという名目で各商会の代表と共にの船旅だ。

 ヨアンナやファナがそんな細々した実務を行うはずも無く、ジョン王子殿下は以ての外である。


 オズマはジャンヌ靴の製造販売対応が有る事とエマ対策という名目で王都に残し、パウロを連れて帰る。

 この件に関しては政治向けの案件に関心を示さないエマ姉は気にする必要が無いだろう。今日の件が耳に入ればオークションハウスの案件に食い込む事に血道を上げるだろうから。


 船の中には私とカロリーヌ、ライトスミス商会からグリンダ、オーブラック商会からはパウロという布陣だ。

 メイドにアドルフィーネとウルヴァ、そしてルイーズとミシェルがついている。


「今夜この船に乗って貰ったのは、絹取引についての相談が有るからなのよ」

「小耳に挟んだ限りでは、新しい織物とか伺いましたが」

 やはりグリンダの耳には入っている様だ。エマやファナの耳に入るのも時間の問題かもしれない。


「織物…というか新しい糸ね。原料も手に入らなければ技術的にもこの大陸での量産は無理でしょう。今はカロライナで王国海上貨物株式組合の倉庫に保管しているわ。現物を見ればあなたならこの先何が起こるかわかるでしょう」


「私も凄いものだと認めますわ。実際に市場に出すために幾らの価格を付ければ良いかすら分かりません。繊維市場が相当混乱するのでは無いでしょうか」

 カロリーヌも私の発言を肯定する。

「セイラ様の意図は理解致しました。最終判断は現物を見てからと致しますが、お考えになっている案を御説明下さい」

 さすがグリンダは呑み込みが早い。


「今回の白磁に加えて絹も同じ西方の海洋ルートでの輸入となると、その航路に国内はおろか周辺各国の商船団が殺到する事になるでしょう。そうなれば折角築きかけた西部航路が食い荒らされてしまう。その為にもしばらくは情報かく乱が必要だと考えたの」

「仰ることはよく理解できます。でも具体的にどうすれば良いか…」

 パウロが困惑したように言う。


「パウロ、ミシェル、あなた方ならどうするかセイラ様の答えを聞く前に考えてごらんなさい」

 いや、待ってグリンダ。ハードルを上げないで!

「はい、グリンダ様。しばらく絹を市場に出すのを控えてはどうでしょうか」

「それはいつまで?」

「えーと、西部航路を押さえられる…。そうですね、サンダーランド帝国に補給基地が出来る迄くらいでしょうか」


「待てよ、ミシェル。それはどれくらいかかる? 航路が確立するまでこの後二度か三度の航海が必要だよ。そでだけでも半年近くはかかる。そこから国同士の交渉をして始めるて支店を開設してそれから港の施設を整えて補給倉庫を設置して…。その期間絹を保管し続ける事は可能でしょうか?」


「まあ、否定から入るのもいけないけれどパウロの言う事も事実だわね。もしその期間輸入を止めれば絹の交易路を失う可能性が高いわね。かと言って倉庫に仕舞い続けても誰かに感付かれる可能性が高いのは否定できないわね」

「…」

「ミシェル、でもあなたの言った事は間違いでは無いのよ。それが可能ならば有効な手段なのだから」


「ばれずに市場から隠す手段があるんでしょうか?」

「それは難しいわね。だからしばらくは出どころを隠したいと思っているの」

「でも調べられれば早い段階で勘付かれるのではありませんか?」

「そうね。パウロの言う通りでしょう。だから出どころも偽装します。見当違いの交易路を探させます」


 具体的には私の計画はこうだ。

 まず絹糸や絹織物はシャピに入る前に別の港で中型船に積み替えてカロライナの港に移しそこからカンボゾーラ子爵領フィリペの街の倉庫に運ぶ。

 しばらくは出どころを隠して、王族や高位貴族たちに絹織物を献上する。

 評判が上がってきたところを見定めて、アヴァロン商事の南部との交易品に混ぜて市場に投入して行く。

 国内外の商人には南部交易路からの輸入品であるとミスリードを誘うのだ。


「やはりセイラ様ですね。僕たちとは視点が違う」

「情報でかく乱するんですね。不良在庫を抱える訳でも無く物はちゃんと売って市場も作る。すごいですセイラ様」

「力が無い者の奥の手は知恵だけなのよ。知恵は誰にも盗まれないのよ」

 わははは、もっと褒めて。


「セイラ様、これがセイラカフェメイドの教育方法なのですね。ベアトリスやイブリンにもしっかりと教育しなければ」

「あの二人ならば大丈夫ですわカロリーヌ様。二人ともしっかりしていらっしゃるもの」

「セイラ様、今のお話は一般論で御座いますね。現実問題としては大きな穴が御座いますものね」

 えっ? グリンダが冷や水を浴びせかけるような事を言いだした。


【2】

「大きな穴? それは一体」

 思わず疑問の言葉が、私の口をついて出た。


「実務をしばらく離れておられましたから勘が鈍られたようですね。今のお話一般論としては及第点で御座いましょう。私たちの方針としてはそれで行く事で問題は御座いませんが、これだけでは直ぐにイレギュラーが発生いたしますよ」

 グリンダは何に気付いているのだろう。


「ちょっと待って頂戴。イレギュラーがおこると確信が有るようだけれども」

「ええ、まず間違いなく」

「でも確信が有るなら、イレギュラーの予測もつくでしょう。その原因って何よ」

 その問いかけにグリンダでは無くアドルフィーネが答えた。

「私分かりましたわ。セイラ様も本当は判っているはずですよ。エマとファナ様ですわ」


「「「「あっ!」」」」

 思わず私たちの口から声が同時に上がった。

 幾ら隠してもエマ姉が嗅ぎ付けないはずはない。帳簿や河船の運航を調べればすぐに気づかれるだろう。

 なにより絹生地の献上を行えば、その途端にエマ姉が全てを引っさらって行くに決まっている。


 そうだ。

 気付かなかったわけでは無い。失念していた訳でも無いんだ。

 アドルフィーネの言う通り、考えたくなかったんだろう。

 エマ姉を外せばあの人は絶対にファナを抱き込んでロックフォール侯爵家を手駒に使うに決まっている。

 当然ヨアンナもゴルゴンゾーラ公爵家も黙っていないだろう。

 そうなれば私の手に負えなくなる。


「大筋の工作は私たちで行いましょう。でも表にはエマ姉に立って貰う事にしましょう。高位貴族たちへの献上はエマ姉に任せて市場を作ってもらう事にします」

 私が諦め気味に宣言するとカロリーヌが心配そうに答えた。

「でもエマさんが関わると要らぬ軋轢や敵を作りそうな気が致しますけれど」


「いえ間違いなく作るでしょうね。でもまあだいたい泣くのは教導派のそれも教皇派閥の貴族ですから宜しいのでは無いでしょうか」

 グリンダがシレッと言い放って今後の絹取引の方法は決定した。

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