第69話 脱走組織(1)
【1】
数週間後にはアヴァロン商事やオーブラック商会からジョン王子の名で荷馬車を仕立てて困窮村落を回る窮民救済活動が始まった。
前回の王立学校の喜捨の際に多くの調査員を潜り込ませており、農村の困窮具合や地主や領主の搾取の状態は概ね把握できている。
窮民馬車は何度も各村々を回ってオートミールの炊き出しを行いその場で農民に配り食べさせた。
各村を三日に一度程度のサイクルで巡回してそれを繰り返すのだ。
もちろん地主や領主の搾取を防ぐ目的もあるが、それによってその土地の経済動向や領主たちの腐敗状況の調査をより確実なものにする事も考慮に入れている。
だから炊き出し以外にも小作人や困窮する自作農にはフスマを配っている。
家畜の餌にすらしないフスマも今の窮民にとっては貴重な栄養源になるからだ。
それに合わせて無用な挑発には乗らぬ様に村々にも指示を出して行く。
お陰で領主たちと窮民馬車隊の仲は険悪になっているがそんな事は今更の話である。
農民と領主の私兵が衝突しなければそれでいい。
領主の私兵が我々に突っかかって来るなら受けて立てるが、農民との諍いになると内政の干渉になる。
問題が発生するようなら窮民馬車隊が矢面に立つからと農村を静めて回る。
今のところ播種の時期でもあり領主もあまり無茶なことはできない。
農村も我々の活動で食料は足りている上に農繁期にかかるため政情は落ち着きを見せ始めている。
ただ例の過激派の内情は未だ掴めないのだ。
あちらから接触があるかとも思ったのだが、その兆候もない。
噂では獣人族の若者たちを中心に十代の若い男女が布告を読んだり張り紙や高札を立てたりしているそうだが人数はあまり多くなさそうだ。
清貧派の聖教会教室で学んだと言っているが、殆どが地元生まれの小作農の子供の用で脱走農民が他領の聖教会教室で学んで帰ってきているようだ。
土地勘があるものが多いようだが、一族、一村丸ごと消えた者たちの身内の様で関係者に接触できないので本当に足取りや詳細がつかめない。
だから情報も又聞きや噂話からの推測だ。
ただ清貧派で狂信的にジャンヌを信奉している集団であることは間違いないようだ。
そしてそれとは別にアントワネットにも動きがあった。
幾度も各地の領主に接触を図っている形跡があるのだ。
そして思い立ったようにどこか特定の村に現れてライ麦パンを農民に喜捨して行く。
それも本人自ら出向いてペスカトーレ侯爵家の家臣に配布させている。
そして一方的に同情の言葉と領地法や教会法に関して苦言を呈して行くのである。
そういった事をしていながら必ず領主館に滞在しているのだからその真意を測りかねる。
何よりも彼女が他州でやっている事を地元のダッレーヴォ州では一切していないのだ。
少なくともダッレーヴォ州は周辺のオーブラック州やアルハズ州と比べて特に豊かだとは言い難い。
周辺州よりもどちらかといえば締め付けも厳しく領民の困窮具合は見る影もないのだ。
それでもアルハズ州やオーブラック州の末端の領民の間ではアントワネット・シェブリは教導派の改革支持者である、清貧派のシンパであるという考えが定着しつつある。
自らの領地で領民を踏みにじっておいてその汚れた手で他州での人気取りの為の口先だけのアピール。
やはりあの女は信用ができない。
【2】
ダッレーヴォ州の州境の警備は他州から比べても厳しい。
特に多人数の人の移動は関所での取り締まりを強化させているので難しいはずなのだが、それでもコバエどもは湧いてくる。
アジアーゴでは水夫や港湾労働者が必要で奴隷代わりの獣人族や小作農を連れてくる必要があるからだ。
お陰でアントワネット・シェブリの機嫌はすこぶる悪い。
これまでは食い詰めた農民をアジアーゴに回して使役させていたが、播種の時期になってはそうも行かない。
港での使役労働者は一年中必要なのだ。
まして北海航路も春になって帆船の行き来も活発になり始める。
冬の間の港湾作業で落水したり凍えて凍死した作業員の補充が必要なのだから他領からの労働力の補充は必要だ。
かつて先々代の王が就任するまで農奴制があり奴隷労働者が不足する事は無かった。それが愚かな王が農奴制を廃止しそれを国是と定めてしまった。
どうにか先々代王から王権を奪った弟の先代王はその代わりに救貧院を設立し辛うじてその代替えを得る事が出来たが、それもジョン王子たちの一派に潰されてしまったのだ。
その為こうやって細々と小作人を駆り集め監視の下で港湾労働をさせているが、僅かなりとも賃金を払わねばいけない。
飯と寝床を与えているのにこれでは無用な出費が重なるばかりだ。
それでも入って来るのが農奴代わりの作業員だけならばまだましだ。
その中に州内に入るなり姿をくらまし領民を煽って回る不届き者が入り込んで来るのだ。
更には労働者を唆し集団脱走を企てる者がいる。
領境、州境の警備は厳しくして集団での移動を目論む者には厳罰で臨んでいるが、手口は巧妙でシッポを掴む事が出来ない。
アントワネットとしては他州で慈悲深い改革派のリーダーと目されている上ジョバンニ・ペスカトーレ大司祭の事も有り、表立って捕縛や処刑の先頭に立つ事は今は憚られる。
捕縛や処刑はこれまでも先頭に立って対応していた教導騎士や領兵たちに任せて、聖教会の若手の下級修道士の口を通して”アントワネット様は旧来の家臣団や聖職者に手足を縛られて思うように動けない”と噂を流させている。
お陰で今のところ流入してくる脱走組織の間にアントワネットやジョバンニ・ペスカトーレを糾弾する声は効かれていない。
期待半分疑心半分で静観している様なのだ。
しかしこれではまだ足りない。今の状況では燕麦やライ麦の収穫時期になる夏至の頃まで今の状況が続く可能性が高い。
清貧派はジョン王子とヨアンナ・ゴルゴンゾーラの婚礼を契機に一気に勢力を広げて王太子就任を国王に働きかける気だろう。
それまでに清貧派の力を削ぐためには夏至まで待つ事は出来ないのだ。
そんな矢先である。
ペスカトーレ侯爵領内で領境を越えようとした農民の集団が捕縛されたとの急報が入った。
未明に領境の森を越えようとして巡邏中の領兵に見つかったのだ。
アントワネットは早馬でアントワネットが到着するまで刑罰の執行を中止し待機する旨を伝えて直ぐに馬車の載り込んだ。
捕縛された人数は八人、アントワネットの馬車が見えたなら高齢の者から順次一人ずつ三人まで首を落とすように命じて有る。
そしてアントワネットが到着する頃には朝日の射す街道脇に一列にならばされ自分の掘った穴の前に座らされた八人の人影が、右から順に領兵に首を落とされ始めていた。
タイミングを図って三人目の首が落ちた直後にアントワネットが馬車から飛び降りた。
「お止めなさい! もうそれ以上は止めるのです」
アントワネットの顔を見てホッとした顔の領兵は何か口を開きかけたがそれを押しとどめてアントワネットが言葉を続けた。
「分かりますよ。罰しないと領兵隊長からの咎めがあるのでしょうが、今は領主代行である私の顔を立てて納めてちょうだい。罪を問うならこのアントワネット・シェブリがそう申したと言いなさい。私から弁明をさせて貰います。他の五人は無罪放免とは行きませんから港湾労働の使役について貰いましょう。さあ早々に対応を致しなさい」
アントワネットのそう言われて領兵たちは、集まっている隣村の農民たちに遺体の処理を命じると捕縛した五人を連れ立ち去った。
アントワネットはそれに先んじて馬車で領兵の詰め所に乗り込むと領兵隊長を呼び指示を出す。
「先ほど捕縛した五人の脱走農民はアジアーゴで使役に付けます。監視を付けて頃合いを見計らって脱走させなさい。特に人属の青年二人の動向をよく注意して、脱走した後は出来れば州境を越えさせてちょうだい」
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