閑話17 福音派総主教(3)

 ★★★★

 聖餐会が終了しジョージ王子帰ったが福音派の三人は聖教会に残っていた。

「思った以上に強かなガキどもですな」

「ああ、どこまで意図を理解しておったかはわからんが少なくともエレノア王女は理解しておったのであろう。あの応対は場慣れしたものを感じるしな。まあラスカル王国の王女なのだからそれなりの教育もされているのでバカでは務まらんという事だな」

プラットヴァレー公爵たちも留学生への見方を変えたようだ。


「それに比べジョージ殿下は少々危機感が足りんな。エヴァン王子は不在、ジェイムズ王子は成年式前で当事者はいなくとも派閥は陰で動いておるというのに。しばらくはあのシモネッタとかいう娘を介して様子をうかがうか」


「プラットヴァレー公爵殿、ご存じでしょう。あのテレーズとか言う聖導女が神学校の生徒をまとめ上げた事を。多分あ奴のせいで御座いましょう。我が姪もあの女に絡み取られて、今では福音派の教義にも懐疑的になっておる」

 多分テレーズとかいう聖導女の力は大きいのだろう。

 わずかの間に女子神学校の生徒を篭絡し、市民の人気も高い。

 福音派聖教会としては手駒に出来るならば今すぐにでも欲しい逸材でもある。


「私はテレーズ聖導女を説得にかかりましょう。やはり留学生の要はあの聖導女でしょうから。テレーズ聖導女が折れるかどうかだが、折れるなら司祭の地位も専属の聖教会も治癒術師としての講師の座も約束するのですがな」


「そこまでの者なのかあの聖導女は」

「ええ、ですから困るのです。拒否されれば生きていられる事さえ邪魔になる存在…と申しておきましょうか」

 テレーズは聖女ジャンヌを神の如く信奉おり、そう簡単に取り込めるような女でもないことは確かだ。


「何よりも一番の問題は農奴に対する考えの違いだろうな。その点は清貧派よりも教導派の方が未だ御しやすい。この件についてはこちらから折れることはできんからな。そんな事をすれば国内の貴族の大半の支持を失う」


 そう、農奴制を認めぬならば存在自体がエヴァン王子派の追い風になってしまう危険な女だ。

 多分そうなれば農奴容認派の貴族の手にかかり命を落とす事になるだろうがただ殺すのは惜しい存在ではある。どうにか手の内に欲しい事は変わらない。


「それにルクレッアと申す教皇の孫も要注意ですぞ。アマトリーチェとか申す枢機卿の娘共々教導派には怨みがある様じゃが、それ以上に清貧派への執着は強そうじゃからな。なにより助けた農奴の子を解放しようと必死になっておる。あれはどうにかせねば禍根を残すぞ」


「ラスカル王国は反主流派の姫を厄介払いで送りつけて来たのだろうと思っており申したが、そうでは無い様ですな。清貧派である事から国王や教皇からは疎まれたのであろうが、強硬なラスカル王国系清貧派の後ろ盾を持っているようですな。それなりの教育もされておるようだ」

 留学生も護衛も王室や実家から捨てられたと恨んでいるものと思っていたが、後ろ盾となっている清貧派聖教会への信仰心や王女に対する忠誠心は強い者が選りすぐられているようだ。


「奴らも警戒はしておるだろうがやり方は色々と有る。要はこの王都から出さぬ方策を講じればよいのだ。軟禁は控えるとしても国情の問題などいくらでも理由付けはできる」

 ハウザー王国の北部から西部にかけて勢力を持つプラットヴァレー公爵家であれば州境を抑えることはたやすい。

 北部のサンペドロ辺境伯の勢力範囲に逃げ込まさなければ、あとはラスカル王室との交渉次第だろう。


 ラスカル王国も後継のジョン王子は清貧派シンパで国王と不仲だと聞いている。エレノア王女はジョン王子派なのだろう。

 教導派も不仲なジョン王子の勢力を削ぐために送りりだしたと言う事だ。

 とは言えあの留学生たちは幼いながらも頭の回る者たちのようだ。舐めてかかれば足を掬われるかも知れない。

 ジョージ王子の行状を考えると安閑とはしておれないとテンプルトン総主教は溜息をついた。


 ★★★★★

「いったいどういったお話だったのでしょうか? 秋を過ぎてもこの国に残れとか、私達を返したくない事は判りましたが何故なのでしょう」

 エレノア王女は困惑したようにテレーズたちに聞いてきた。

 やはりエレノア王女はハウザー側の真の意図迄は理解していなかったようだ。


「ジョージ王子はエレノア様を奥方にしたいと考えているっすよ。周りの貴族もそのつもりっすよ、きっと」

 真っ先に意図を察していたシモネッタはやはりたいしたものだ。

「えっ! いやですけど、そんな事。あの王子殿下は絶対にいやですけど」

 エレノアはそう言うと狼狽してその後が上手く話せなくなった。


「エレノア様は堂々と話してたっすからてっきり気づいていたと思ってたのに…。少しびっくりしたっす」

「それは、シャルロットがセリフを教えてくれたからで…。それにあの方リチャード兄上によく似ていらしたので御しやすかったのですよ」


 その言葉にテレーズは吹き出しかけたが、その後ろでケインがたまらずに笑い出した。

「そうでした。リチャード殿下と言動がよく似ていらっしゃいましたな。二年間同じ騎士団寮でご一緒しておりましたから王女殿下の仰る事はよく解ります」

「でしょう。偉そうな所も身勝手な話しぶりも…単純にシモネッタのお菓子の話で直ぐに機嫌が変わるような単純な所も」

「私はあまり面識が無かったのでわかりかねますが、エレノア様の堂々とした受け答えは侮れないという印象をあちらに与えたようですよ」

 後ろからケインの”ずるいぞテレーズ”と言う愚痴が聞こえたが聞こえぬ振りで話を続ける。


「今日はどうにか乗り切れましたし、メイド達のアドバイスで美味く立ち回れたと思います。エレノア様もルクレッア様もアマトリーチェ様も」

「でもシモネッタが口火を切ってくれなければ私はミアベッラの指示通り話を進められたかどうか」


「シモネッタ様はそれも見越して話しておいででしたよ。あの短時間で幾らベルナルダでもあそこまでの指示は出せませんもの。お菓子の話はシモネッタ様の思い付きですか?」

「前からご機嫌伺いの献上品の事でウルスラと相談してたからタイミングが良かっただけっす」

「多分今日のこの席で、一番舐めてはいけないシモネッタ様をあの方達は見誤りましたね」

 シャルロットが言うのをウルスラが大きく頷いて肯定する。


「それは一体どういう事ですの?」

「シモネッタ様が世間知らずの下級貴族だと勝手に思い込んで侮って来ると思うのですよ。ですからみんなメイドたちと良く相談してうまく立ち回って頂く事になると思います。シモネッタ様はウルスラと出来る限り一緒に行動してください。ウルスラはパルミジャーノでナデテお姉様の下で鍛えられておりますからこういった仕事には打って付けで御座いますよ」

 シャルロットがテキパキと指示を出す。


 テレーズはカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスの事件の時を思い出した。

 未だ十四才だとは言えこの娘もセイラカフェの古参トップメイドなのだとつくづくと実感する。


「ケイン様! 一番に狙われるのはテレーズ様なのですからね。そこは肝に命じて命を賭してもテレーズ様をお守りください。エレノア王女殿下には王族の身分と言う盾も御座いますが、テレーズ様は平民のご身分ですから一番に命を狙われやすいのですよ」

 シャルロットの鋭い言葉が飛ぶ。


「そんな事…。心得ている! 俺は二年前に彼女に救われてからこの命は彼女の為に捧げると決めた。改めていう事ではないぞ。皆知っている事だ」

「そうですなぁ。俺も卒業舞踏会の折に全員の前で膝をついてそう宣言するのを聞きましたから」

「「「「うわぁー!」」」」

「それは事実なのですか}

「もっと詳しく教えてくださいまし」

「マルケル!」

「ご自分で今仰ったのでしょう。俺のせいにするのは如何なものかと」

「クッ…」


 笑い声に包まれる中テレーズはシャルロットの言った言葉を反芻してみる。

 メイド達のように武術の腕がある訳でもなく、聖職者として命を盾にする事しか出来ない。

 まずはテレーズの懐柔にかかって来るだろうが、それが叶わなければ実力行使に来ることは必定と思った方がいい。

 そう思うとケインが側にいる事による安心感が沸き上がって来る。


 当面はケインと二人であの総主教と公爵を相手にせねばならないだろう。

 継承争いの政争に巻き込まれているのだからそう簡単には解放してくれないだろう。これからは命がけの戦いになる事を覚悟しなければならない。

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