閑話16 福音派総主教(2)
★★★
「王子殿下、お戯れが過ぎます。まだ未成年であられるエレノア殿下がその様な判断は出来かねます。お父君の国王陛下のご判断が無ければならぬ事で御座いますから」
咄嗟にケインが口を挟んだ。
「でっ出過ぎた真似を致しましたが、戯れ言で済まぬ話になる可能性も御座いましたので。もっ…もしも御不快で御座いましたなら…じぶ…自分が彼の者の代わりにの出過ぎた行いを看過したいう事で…処罰をお受けいたします。この随員の中では伯爵家の長子である自分が一番上。王子殿下に置かれては騎子爵の首よりはご納得が行くと思われますので」
マルケル・マリナーラ伯爵令息が震えながらも間髪を入れず言葉を続けた。
余りに切羽詰まったマルケルの言葉に一同は呑まれてしまった。
「ハハハ、冗談の解らぬ堅物がおったようだな。少々興が削がれたが、其方の忠誠は理解した。上位貴族の長子ならもう少し冗談を解するくらいの修業が必要だな。精進いたせ」
ブルブルと震えが止まらないマルケルの両肩を、メイドのアマトリーチェとミアベッラが支えた。
マルケルは頷くとまたエレナ王女の後ろに直立して立った。
「王子殿下のお申しでは本日の戯れ言としてお忘れくださいまし。さもなければ私の大切な忠臣が命を落とす事になります」
「ああ、エレノア殿。其方の臣下を思う気持ちは受け止めた。とはいうものの教導派を国教の如く仰ぐラスカル王国では、其方のこの地での行いが歪められる事も有るのでは無いか? その時は躊躇なく俺を頼ってくれれば悪い様にはせんと心得てくれ。今日の事は戯れ言ではあるが、俺の本心から出た言葉でもあるという事をな」
「あり難きお言葉を賜り、心に留めさせていただきます。これよりは本当に身分を排した学生のお茶会として過ごさせて頂きます。どうか殿下、私共の持参いたしましたドーナツやホットケーキをご賞味くださいませ」
エレノア王女が一旦話を締め括ると茶菓を指し示しながら言った。
それに合わせて給仕の四人のメイドが一斉に留学生の下でお茶と茶菓の準備にかかる。
当然耳元でこれからの指示を出しているのだがハウザー王国側には気付かれていないようだ。
「あっ…あー、えー、皆さま方。こちらのホットケーキもカスタードクリームを挟んだ物もハウザー王国で生まれた物っすです。カスタードクリームのホットケーキは私とメイドが工夫して考えた物でこの王都でしか食べられないものっすです」
シモネッタがたどたどしい敬語でそれでも胸を張って話す。
その様子に一気に場が和み皆がカスタード入りのパンケーキどら焼きを手に取って食べ始める。
「この王都でしか食べられぬものを真っ先に庶民が口にしているとは口惜しいのう。すぐにでも王宮に献上いたしたいものだな。そのセイラカフェとかに献上させる事は出来るのか?」
「もちろんで御座いますわ。このシモネッタとメイドに材料も吟味させて最高級の物を作らせて献上致します」
「そうっすよ。王子殿下のお墨付きがいただければきっとハウザー王都の名物になるっす。そうだ! 王子殿下にお名前を付けて頂ければきっと殿下の名と共に近隣の国でも評判になるっすよ。ねえベルナルダもそう思うっすよね」
「シモネッタ様、お言葉がまた…」
「ああ、ご無礼を仕り申し上げましたです…殿下」
「良い良い、身分の話は無しと申したぞ。しかしその命名に関しては良い提案だ。王室への献上も含めておれが考えてやろう」
「ああお優しい王子殿下で良かったっす。エレノア様もここでなら国母になる事も出来るんすね」
シモネッタの発言にテレーズはギョッとしてエレノアたちを見た。
シャルロットが目配せしている所を見ると、彼女たちの仕込みのようだ。
「シモネッタ、そういう訳には行かないのよ。きっとラスカル国王陛下も私のお爺様のペスカトーレ・クラウディウス一世教皇猊下も正夫人で国母で無ければ婚姻は許さないでしょうが、福音派教義では側妃も含め四人まで認められている上継承権も全員に与えれれるの。だから婚姻は無理だわ」
ルクレッアがシモネッタに釘を刺す。
「でも私たちは清貧派っす」
「それでもラスカル王国の清貧派ですもの。まして婚姻を決めるのは国王陛下で、清貧派であろうともラスカル王国の王法に従わなければいけないわ。棄教する覚悟がないなら軽々しくそんな事を言ってはいけないわ」
アマトリーチェもルクレッアの発言に被せてダメ押しをする。
「そうっすね。どう考えても無理っすよね。私でもほこりは有るから絶対棄教なんかできないっす」
ジョージ王子は留学生たちの世間話と言う風に聞き流している様だが、テンプルトン子爵やプラッドヴァレー侯爵たちは苦々しそうに聞いていた。
三人が何処までこの状況を理解して言っているのかは図りあぐねているが、その内容の及ぼす影響は理解している様である。
たかが十三歳の留学生と年若い準貴族ばかりの随員だと侮っていたのだろう。
随員のリーダー格と目されているテレーズをプラットヴァレー公爵とジョージアムーン侯爵が押さえこんでジョージ王子にテンプルトン総主教がアドバイスしながら畳み掛けて行くつもりだったのだろう。
四人のメイドを空気だと思って扱った事が一番の敗因だろうが、マルケル・マリナーラ伯爵令息の咄嗟の対応はテレーズやメイド達も予測していなかった大きな一助だった。
騎子爵であるケインだけなら本当に斬首とまではいわないが謹慎処分にされていた可能性は高い。
第一王子派としては警備の要であり、頭も切れるケインを排除するだけでもかなりの成果だと言えただろう。
しかし伯爵家の跡継ぎで元枢機卿の孫あるマルケルがあそこまで言えば咎め立てする事も難しい。
そしてメイド達のシモネッタを使った場の切り替えである。
そもそも頭も切れて場の空気も読める上、演技上手なシモネッタである。こういう雰囲気の切り替えと話の誘導は得意なのだ。
そしてルクレッアが自分の身分を逆手に取った威圧的な婚姻の否定。
実家を見限り教導派と一番に決別したアマトリーチェがラスカル王国の清貧派である事をことさら強調する。
テンプルトン総主教としては一番嫌な展開だ。
この場でペスカトーレ・クラウディウス一世の名前など聞く事すら虫唾が走るだろう。
北方の三国に隠然として君臨するペスカトーレ教皇に対して対等の総主教の立場でありながら上位貴族に気を使っている自分の立場を比べると歯噛みしたくなるほど腹立たしい話だ。
「シモネッタとやら。其方の菓子、俺が自ら購入して国王陛下に献上しよう。名もつけてやる。お墨付きもやる代わりにカスタードクリーム以外のアイディア考えて創作者に俺の名前も入れろ」
「それは良いすね。私のような小娘やメイドの名前より殿下のお名前の方が箔が付くっす。生クリームや他にも色々挟む物のアイディアは有るっすから、献上品はハウザー王室より王子殿下の個人紋を焼き印で入れる方が見栄えが良いすよ。それに金粉も振り掛けて豪華にするっす」
「おお、良いぞ良いぞ。出来たなら一番に俺の所に持ってこさせろ。テンプルトン子爵に渡せば俺の所に届く。献上についてはおって沙汰する」
ジョージ王子はそんなテンプルトン総主教の事など気付く事も無く、シモネッタに請われた菓子の命名と献上でご機嫌な様子であった。
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