第13話 同級生(1)
【1】
「本当にもう。聞いてないわよそんな事。何より領内は大丈夫なの? メイド長が抜けてメイドはちゃんと廻っているの?」
「もちろんゴッダードとメリージャとクオーネの各精鋭を呼び集めて配置しております。それにカンボゾーラ子爵城下でもセイラカフェで地元生え抜きの人員育成も始めております。ぬかりは御座いません」
まあアドルフィーネがそう言うなら間違いはないのだろう。
「ナデタに続いてあなたまで。もうこれ以上のサプライズはごめんだわ」
「それはどうでしょうか…」
「まさかヨアンナが誰か連れて来るとか」
「いえ、それは有りませんが。あの方も少し問題が有りますね。フォアを甘やかし過ぎです。あれではほかのメイドに示しが尽きません」
「そのヨアンナにも挨拶に行かなければいけないし、リール州で挨拶に行かなければいけない人って誰かいるかしら」
「アントワネット・シェブリ伯爵令嬢が一年上にご在籍です。レ・クリュ男爵とモルビエ子爵のご令嬢も同級生にいらっしゃいますね。特にシェブリ伯爵令嬢はお父上や祖父の大司祭様にとても良く似たご性格をしておられるようですわ」
ナデタがそう教えてくれる。
「ナデタ。あなたなんでここに居るの? クロエ様をほったらかして」
「クロエ様はお出かけです。今頃は近衛騎士団のルカ様の部隊の訓練を見に行かれております」
「へー。大人しそうな感じだったけれど結構活発なのね。兄妹仲が良いのは結構な事だわ」
「それだけなら良いんですがねぇ…」
ナデタがホッと溜息をついた。
翌日そのレ・クリュ男爵とモルビエ子爵のご令嬢が入寮したとチェルシーが連絡に来てくれた。
先手必勝だ。ウルヴァを使いに出して、これから挨拶に向かう旨連絡を入れる。
そしてアドルフィーネを従えてモルビエ子爵令嬢の部屋に向かう。
「モルビエ子爵令嬢様初めまして。カンボゾーラ子爵家長女セイラ・カンボゾーラと申します。お初にお目にかかります。新参者で御座いますがどうぞ良しなにお願い致します」
獣人属のメイドを連れた私に対してどういうリアクションをとるか、表情を伺いながら挨拶をする。
不快気な顔をするのかと思っていたが、当惑気に視線を落とすと立ち上がりカーテシーを返してきた。
「こちらこそワザワザご挨拶に預かり光栄で御座います。お噂はかねがね聞いております。ご一家揃って大変なご活躍だと伺っております。領地も隣同士ですし仲良く致しましょう」
「もし宜しければ、レ・クリュ男爵令嬢様もご紹介して頂けないでしょうか。私の部屋でささやかながらお茶会でも開きたいと思っておりますの。お友達も紹介していただければ嬉しいですわ」
「その御招待喜んでお受けいたします」
「それでは本日の午後、私の部屋でお待ちしております」
レ・クリュ男爵令嬢宛てに招待状を送り、水だしコーヒーの準備をさせる。生クリームもたっぷり作り、砂糖では無くガムシロップを作って用意させた。
パウンドケーキとクッキーにはアーモンドプードルを入れて焼いてある。
ハウザー王国との貿易の優位性をアピールしたい。
そうこうするうち廊下から賑やかな話声が聞こえてきた。
話しの内容は判らないがアドルフィーネの耳が廊下に向かってピンと立っている。
扉の前で話し声が止まり、ドアをノックする音とモルビエ子爵令嬢の声が聞こえた。
「ご招待にあずかり参上いたしました」
アドルフィーネが客を招き入れる。
モルビエ子爵令嬢の後ろに三人の少女が控えている。モルビエ子爵令嬢のすぐ後ろに控えているのはレ・クリュ男爵家令嬢だ。後の二人はモルビエ子爵令嬢の取り巻きだろうか。
「ご招待にあずかり参上いたしました。レ・クリュ男爵家のマリオン・レ・クリュと申します。セイラ・カンボゾーラ様これからも宜しくお願い致します」
パープルのオサゲ髪にソバカスの有る陽気そうな娘だ。
「こちらのお二人をご紹介いたしますわ。西部カレー州のミモレット子爵家令嬢と宮廷貴族のコンテ男爵令嬢です。ご招待にあずかりお声かけさせていただきました」
モルビエ子爵令嬢が連れてきた二人を紹介する。
「初めまして、皆さま。私はカンボゾーラ子爵家の長女セイラ・カンボゾーラと申します。これからもお見知りおきください。何しろ新参者なので勝手がわかりません。色々とご指導いただければ助かります」
そう言って四人を招き入れるとテーブルへと促した。
部屋に入るなりマリオンが感嘆の声を上げた。
「まあ、素敵。どうして? 寮の家具は皆備え付けなのに、特別に誂えたの?」
「フフフ、それには秘密が有るの。あとでお教えするわ。まずお座りになってお茶を召し上がれ」
マリオン以外の三人も興味津々の表情で部屋の家具をキョロキョロと見まわしている。
「まだまだ暑い日が続いているので少し趣向を変えてみたのです」
テーブルの真ん中にガラスのポットとドリッパーが乗っており、フランネルのフィルターにアブサンファウンテンを模した給水機から水が一滴ずつ垂れてコーヒーがドリップされてゆく。
「これは…コーヒーですの? この変わった道具は一体…錬金術師の機械のようですわね」
コンテ男爵令嬢がしげしげとポットを見つめている。
「コーヒーですか…。香りは良いのですけれど、わたくしあの苦さはどうも。南方の方が好むお味なのでしょうが、ハスラー産の茶葉の方が好みに合いますの」
カレー州と言えば中央街道が北部と西部に分かれる分岐点にある州だ。西部でも教導派の影響の強い地域だった。
御多分に漏れずこの令嬢もハスラー聖公国やハッスル神聖国を神聖視する手合いなのだろう。
そう言えばジャンヌが拉致されたのもカレー州だったような記憶が有る。
「まあそう仰らずに新しい飲み方をお試しくださいな。アドルフィーネ、皆さんにお注ぎして。ウルヴァはホイップクリームとガムシロップの準備を」
全員のピューターのグラスにコーヒーが注がれてゆく。
「お好みに合わせてこのガムシロップとホイップクリームをタップリと入れて下さい。甘くて飲みやすくなりますわよ」
そう言って私が皆にやり方を示して見せる。
「うわー! 甘くて美味しい! これならいくらでも飲めるわ。夏の暑い時ならきっと最高ね」
マリオンが嬉しそうに歓声を上げる。
「こちらのパウンドケーキも食べてみて。生クリームをたっぷり塗って口に入れるとケーキの甘さと混ざって普通に食べるより美味しいくなるわ」
私の勧めにマリオンが切ったパウンドケーキの上に生クリームを乗せて口に運ぶ。
「本当だ。それにこのパウンドケーキ、味も香りも普通のケーキとは違ってコクが有って香ばしい香りがするのね」
「これはハウザー王国から取り寄せた新しい食材なの。アヴァロン州のクオーネで今とても人気の品よ」
「人気かどうかはともかく、ハウザー産の物は気品に欠けますわ。ハッスル神聖国の物は伝統的と気品が有って、お茶の席ではそちらの方が向いているのではなくって」
ミモレット子爵令嬢がコーヒーを一口飲んで
ハッスル神聖国のお菓子といえば、ガレットやタルト、それにワインに漬けたフルーツを入れたシュトレーンのようなケーキだ。
どれも蜂蜜や砂糖と一緒に香辛料をふんだんに入れる。
「それでしたらこちらは如何かしら。ガレットをアレンジしたものですわ」
それならと私はアーモンドクッキーを勧める。
「あら、宮廷で食す物よりサックリしているはねえ。砕いたナッツが入っているのね。このナッツの香りかしら」
「ええ、砂糖もバターも増やしてコクのある味にしているのですよ」
「でもこの薄さはどうかしら、宮廷で出すには貧乏くさいんじゃ無いかしら」
コンテ男爵令嬢も嫌みな意見を述べる。
その割にはバリバリとクッキーを口にほり込んでいるのだが。
その間モルビエ子爵令嬢は目を伏せてウィンナーコーヒーを飲んでいる。
どうもついてきた二人はモルビエ子爵令嬢の取り巻きでは無く、モルビエ子爵令嬢が取り巻きのようだ。
多分ミモレット子爵令嬢がジャ〇アンでコンテ男爵令嬢はス〇夫的な立ち位置なんだろうか。
言動から推察すると少なくともこの二人はガチガチの教導派で間違い無いだろう。
レ・クリュ男爵家令嬢はこの派閥には属していない様で、他の三人とはヨソヨソしい感じがする。
マリオンは現男爵の孫にあたるとアドルフィーネが言っていた。先ずはマリオン・レ・クリュ男爵家令嬢から取り込んで行こうかしら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます